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暁の王国  作者: 観月
33/33

それからの物語・番外編

 激しい雨が窓ガラスを叩くように降りつけていた。

 バリン、と、光を伴って雷鳴がとどろく。

 昼から夕方のように暗い日だったが今ではすっかり日も落ち、時折光る雷光が部屋の奥へと差し込んでくる。

 屋敷の中はバタバタと侍女たちが走り回っている。

 館の主は外出しており、今この館には女子どもと使用人しかいないのだ。

 子ども部屋の戸が乱暴にあけられた。

「ああ、こちらにいらっしゃいましたか。ルーファスぼっちゃま、申し訳ございませんが、アリエッタお嬢様をお願いいたしますね」

 入ってきた侍女は子ども部屋の中にひょろっとした色白で母親譲りの輝く金の髪の今年十三になった少年を見つけると言った。

 ルーファスの隣には彼にしがみつくように彼の腰ほどまでの、小さな、もう少しで六歳になるアリエッタが纏わりついている。

 二人は窓のそばに立ち、荒れ狂う外の様子を一緒に見ていたのだった。

「だいじょうぶよ! マーガレット!」

 ルーファスよりも先にアリエッタが答える。

 マーガレットは微笑んでみせると部屋を出て行こうとした。そこへまた、アリエッタが声をかけた。

「マーガレット! あ、お、お、お母様は、死なない?」

 びっくりしたようにマーガレットがアリエッタに近づいた。ルーファスが足にしがみつく少女の頭をぐりぐりと撫でた。少女の柔らかな肩で切りそろえられた栗色の髪がさらさらと揺れた。

「まあ、大丈夫ですよ。アリエッタ様のお母様は死んだりしません。それどころか、もうすぐアリエッタお嬢様には弟か妹がお生まれになるんですよ!」

 こぼれそうな目と半開きになった口元がかわいらしいアリエッタに、マーガレットはそういうと、ルーファスに(お願いします)というように目配せをして部屋を出て行った。

 マーガレットが部屋を出ていくとアリエッタの前にルーファスがひざまずいた。そうするとちょうど視線がぶつかる。

「アリエッタはアレン母様の心配をしていたの?」

 ルーファスはアリエッタの頬を両手で挟んでその眼を覗いた。

「うん、だって、お母様お昼も食べないでものすごく痛がっているんだもの。あんなに痛かったら死んじゃわない?」

 ぴかり、と外が光って少年と少女の姿が影となって浮かぶ。

「だいじょうぶだよ。ぼくは君が生まれた時のことも覚えているよ。その時はアレン母様は夕方からおなかが痛み出してね?ぼくは君が生まれるまで待っていようと思ったのだけれど、いつのまにか寝てしまったんだ。その時はちょうど僕の父様と君のお父様もおいでになったから、ぼくは一緒に待っていたぼくの父様の膝で寝てしまったらしいんだけどね」

「らしいって?」

「うん、起きたらベットの中だったんだ。アレン母様のところへ行ったら、きみは小さなベットの中ですやすやと寝ていたよ」

 遠くでゴロゴロと雷鳴がなっていた。

「では今日は、ルーファスがアリエッタと一緒にいてね?」

「うん、絵本を読む?」

「ええ、ええ、わたしはなかなか眠れそうにないわ。たくさん読んで下さる?」

 ルーファスは笑顔になると、かわいらしいアリエッタの頭頂部に手をのせて親指を撫でるように滑らせた。


 子ども二人で簡単な食事をとる。

 この屋敷はルーファスの住む屋敷で、アリエッタの住む家はまた別にあるのだけれども、アリエッタの母、アレンの出産が近くなると、娘のアリエッタともどもルーファスの住むギルガロン邸に身を寄せていたのだ。アリエッタの父は、仕事で家を空けることが多く、もともとそういう時はギルガロン邸にいることが多かったから、ルーファスとアリエッタは兄妹のように育った。いや、本当の兄妹ではない分ふつうのきょうだいよりも仲が良かったかもしれない。

 そうして、夜はアリエッタのベットに二人一緒に潜り込んだ。

 アリエッタのとなりで、ルーファスは選んできたアリエッタの好きそうな絵本を読んでいるのだが、アリエッタは興奮しているのか、絵本に集中できないらしく、彼は小さな妹を寝かしつけるのを断念して、話し相手をすることにしていた。

「それでね、おじい様がきたらね、帰るときにアリエッタも今度は連れて行ってもらえるんですって。おじい様のお家には牛や鶏がいてね、お花もたくさん咲いているのですって」

「ああ、それはすてきですね」

「いってみたい? ねえ、ルーファスも一緒に行かない?」

「そうですね。ミラース様とお父様とお母様が行ってもいいと言ったらね?」

 ルーファスの答えにアリエッタはますます興奮してしまったらしい。呼吸がはやくなっている。口をパクパクさせると、

「本当? わたし、みんなにお願いするわ。約束よ?」

 アリエッタは小さな小指を布団の中からルーファスに差し出した。

 ルーファスは指切りをしながら、小さく苦笑する。アリエッタは、黙ってしおらしくしていれば、大人しそうな冷たい印象するすらする顔立ちなのだが、いったんしゃべりだすと、とんでもなかったことを思い知る。思考はあっちへ転がりこっちへ転がり、話す内容が尽きることはないらしい。

「ねえ、でもルーファス、わたしとてもじゃないけれど、赤ちゃんを産むことは出来なそうだわ」

 またもや、話は転がりだしたらしい。

「私は痛がりだから、あんなに痛くなったら死んじゃうわきっと!」

 アリエッタは困った! という顔をしている。ルーファスは吹き出したくなって、我慢する。

「それでもいいかしら? ルーファスは私が赤ちゃんを産まなくてもずっと一緒にいてくれるかしら?」

 無邪気に言うアリエッタのことばにルーファスはさすがに軽く衝撃を受ける。

「ちょっと待って下さい、アリエッタ? 誰が誰の子供を産むんです?」

「私が。ルーファスの」

 一音一音区切るように、きっぱりと宣言されてしまった。

「その前に、結婚しないといけないでしょう?」

 ルーファスはそういいながら、自分でも無意味なことを言ってるような気がした。

「そうね。ルーファス、ちょっとだけ待っててね?」

「えーっと……。何を待つのかな?」

「わたしきっと、プルムローズ母様みたいに背が高くてきれいになって見せるわ。だから、わたしを置いて行ってはダメよ?」

 いろいろと混乱してくる。だいたい、プリムローズ母様は、ルーファスの母様だからアリエッタがプリムローズに似るということはないのだが……。逆に、ルーファスは母によく似ていると言われる。外見は母、中身は父に似ていると。

「置いて行ったりはしませんよ」

 とりあえず、そう答えてみる。

「そう? じゃあ、今度のお祭りには一緒に連れて行ってくれる?」

 アリエッタの答えを聞いて、ルーファスは、ああ、そうか。と思う。

 先日の夏祭りの際にルーファスは友達と出かけた。別にアリエッタと約束していたわけではないのだが、例年のように一緒に連れて行ってもらえると思っていたアリエッタは大泣きをして、大変なことになった、と母親たちが言っていた。その時はライト父様がリヴィエリにいらしたから、父と一緒に祭りに行くことで納得したらしいが、へそを曲げたアリエッタにしばらくは当のルーファスも口をきいてもらえなかった。アリエッタが口をきかないというのは、かなり大変なことだったと思う。

「ええ、わかりました。一緒に行きましょう。それに僕はべつに赤ちゃんは欲しくないし、今のままのアリエッタが好きなんですよ」

 そう聞くと、アリエッタはびっくりしたような顔をして、次には手に持っていた大きなクマのぬいぐるみを幸せそうな笑顔で抱きしめた。

「で、アリエッタ、せっかく持ってきたのだから、どれか本を読みませんか? この『お月様お休みなさい』なんて、どうです?」

 アリエッタはこっくりとうなずいて、絵本に目を移す。

 ルーファスは彼女に美しい絵が見えるように絵本を持ち上げてやる。

 読んでやっていると、アリエッタの目は次第にしばしばとゆっくりと瞬きをしだす。眠りそうになると、一瞬き! っと目を開くのだが、またもや瞼が落ち始める。

 ルーファスがその様子を横目で見ながらさらに読み進めていく。

 しばらくするとすぐ隣の彼女の口元からすー、すー、と、規則的な寝息が漏れる。

 ルーファスはそっと布団の中から抜け出す。

「おやすみ、アリエッタ」

 彼はアリエッタの額にお休みのキスをして部屋を出て行った。



 夕べの嵐がうそのように、朝日が明るく輝いて、木々に残った透明な雫をキラキラと輝かせていた。

 アリエッタはいつもより早く目が覚めたので、なんとか自分でクローゼットから洋服を選び出すと、着替えてリビングへ駆け込んだ。

 そこにはもうすでにプリムローズ母様が座っていらっしゃる。その隣にルーファスも立っている。

「まあ、アリエッタ、今日は早いのね!」

 プリムローズが笑顔を向けた。

「プリムお母様、ルーファス、おはようございます!」

 あいさつを交わす。

「ちょうどよかったわ。これからルーファスとアレンのお見舞いと、赤ちゃんを見に行くところだったの」

 プリムローズが言った。

「あかちゃん!産まれたのね? 弟? 妹?」

「いもうとよ」

 そう聞くと、アリエッタの顔がぱっと輝いた。

「いもうと! では、一緒にお人形さんで遊べるわね?……プリムローズ母様、ちょっと待っていただいてもいいかしら? 妹は女の子だから、お花は好きかしら? お庭からとってきてもいい?」

「アリエッタ、あなたの妹は、まだ赤ちゃんだから、お人形で遊ぶのはもう少し先ね。お花はきっと、お母様がよろこぶと思うわよ?」

「ではアリエッタ、ぼくと一緒にお花を取りに行きましょう」

 ルーファスがアリエッタに手を差し出すと、彼女はニコニコと手をつないで屋敷の前の庭へと出て行った。


 アリエッタとルーファスが庭の間を歩いて行くと、なんとそこへアリエッタの父が馬に乗って帰ってきた。

「お父様! お帰りは今日のお昼ではなくって!?」

 アリエッタが声をあげると、馬から降りたライトは彼女を高く抱き上げた。

「うん、嵐が収まったから、一人で先に帰ってきたよ」

 抱き上げられたアリエッタが、父に頬ずりをする。

「お帰りなさい父様、これからお花を摘んで、お母様のお見舞いに行くの。お父様も一緒に行くでしょう?」

「もちろんだよ。ではお花を摘んでおいで?」

 ライトがアリエッタを下ろす。駆け出すアリエッタを目を細めて見守る。

「お帰りなさい、ライト」

 ルーファスが近づいた。

 ルーファスは最近彼のことを、「ライト」と、名前で呼んでいる。ライト自身がそう呼ばれることを好むからだった。

「ルーファス、おはよう」

「女の子だそうですよ」

「……え!?」

「ゆうべ、生まれたそうです。ぼくたちはまだ会ってないんですけど、アリエッタが花を持っていきたいというので……。アリエッタは僕が連れて行きますから、先に、会いに行かれてはどうです?」

 ルーファスがそういうと、ライトはあわてたように館を振り返る。

「わかった! ありがとう! アリエッタを頼んだよ」

 片手をあげると、館に向かってかけだした。

 しばらくすると、アリエッタが片手にビロードのような可憐なアメジストセージの花を握って姿を現した。

「あら? お父様は?」

「待ちきれなかったようですよ」

「そうですか、仕方ないですねぇ」

「それよりアリエッタ、いいものを見つけましたよ」

 ルーファスが西の空を指差す。

 きれいな半円の虹が出ていた。

「わあ!」

 感動した様子で、虹を見上げるアリエッタに、ルーファスが花と鋏を受け取り、手を差し出すと、それにつかまって歩き出す。

「ねえ、ルーファス! わたしきっと今日のことは忘れないわ!」

 そうしている間も、彼女の唇は次々と新しい言葉を紡ぎだす。

「きのう、ルーファスが私が生まれた日のことを教えてくれたでしょう?だから私も今度は妹が大きくなったら教えてあげるのよ。ルーファスと一緒に雷が光るところを見たことでしょう、お母様がとても頑張ったことでしょう、絵本を読んでもらって寝てしまったことでしょう、そして、わたしの最初のプレゼントのお花。虹はきっと、神様からのプレゼントね!」

 ルーファスがつないだ自分の手の中に納まった、暖かな小さな手を返事の代わりにきゅっ、と握り振り返ると、アリエッタはうれしそうに彼を見上げた。


お子様二人がとてもかわいらしくて、書いていて楽しいお話でした。

今までは自分の脳内で楽しんでいただけの小説を文にするのはなかなか大変なところもありましたが、何とか最後までこぎつけました。

ここまでお付き合いしていただき、ありがとうございます(*^_^*)


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