エピローグ・明日へ -3-
舟が王都に入ると、アンジェとライト、アレンの三人はみなと別れて東を目指した。
バランシェット村。アレンが育った村を目指していた。
アレンの養父ミラースはアレンを湖の里へ送り届けると、人であり、年齢も行った自分が足かせとなるのを嫌って、この村へと帰ってきていたのだ。バルドロが幾度かミラースのもとを訪れて、アレンの無事を伝えていた。
アレンの育った家は村の中心からは少し離れた場所にある。農場を営んでいる。
荒れ地の中からぽっかりとあらわれたその農場にたどりつくとライトは声をあげた。
「おい、なんだこれ」
「おいって言わないで」
アレンはライトに注意する。
「いや、俺、お前の家って、もっとつつましいのかと思ってたけど?」
「お前って言わないで」
またもや注意される。
「たしかに」
アンジェがどちらの意見に同意したのかもわからないことを口にする。
この農場は人を使ってかなり手広く営まれているようで、奥に見える家も、平屋ながらなかなか立派に見えた。
「おとーさーん!」
アレンは、姿を現したミラースに命いっぱい手を振った。
ライトとアンジェは顔を見合わせると、ふ、とどちらからともなく笑いあった。 こんなにはしゃいだアレンを見ることは少ない。
ミラースは娘の背中に手を回さないように注意深く娘を抱きしめると、三人を迎え入れてくれた。
ミラースに案内されて室内へと入る。
そこには思いがけない客人が三人を待っていた。
バルドロとグライスの二である。
グライスは、最後の闘いの後、行方の分からなくなっていた一人だった。
グライスはアレンの姿を見ると片膝をついて頭を垂れた。
「ミリアム様、お久しゅうございます」
呆然としたアレンの瞳からぽろぽろと涙が落ちた。
「グライス、生きていたのね」
腰をかがめるとグライスの首に腕を回して泣いた。
「はい。ただ、妹にはついに会うことはできませんでした。今でもどこかで生きていてくれればとは思うのですが……」
「ブランカ……」
金髪の美しい少女を思い出し、アレンは泣いた。
その日の晩。
アレンの部屋から、グライスが姿を現した。
「終わりました」
アレンとグライスを除く面々はリビングで飲み物を片手に談笑していた。
だいぶ、夜も更けてきている。
グライスは食事の後、アレンの傷の具合を見ていた。
グライスは生粋の山の民である。人間の中に紛れている山の民はまれだ。深い森や山の、山の民の里にこもっているものがほとんどなのだった。彼らは、魔道士よりも強い魔力を持つものが多い。特にグライスは、かつての王女の近くに使えるほどのものだった。
グライスは、アレンの傷跡を見ると、完璧になおすことは無理でも、かなり痛みを抑えることはできるのではないかと言った。
その、治療が終わったということだ。
「アレンの様子は? どうなの?」
アンジェが聞いた。
「今は、まったく痛みがないそうです。ライトさんを呼んでいましたよ」
グライスは横目でライトを見た。グライスがライトを見るとき、多少冷たい目つきになる。長年の敵だと思うと、どうも心から打ち解けることはできないようだった。
ライトは立ち上がると
「ありがとう」
といって、軽くグライスの肩に手を置いた。
そして、アレンの部屋の方へと消えて行った。
ライトがアレンの部屋へ入るとそこにアレンはいなかった。
部屋の外のウッドデッキへ出る掃出し窓が開いている。
「アレン?」
ライトが窓から顔を出すとアレンは星明りの中から振り返った。
「痛みは?」
「うん、今は全然ないの。グライスは、また痛むかもしれないけど、それはライトにとってもらえば大丈夫だって」
「ほんとう?」
ライトはアレンのそばによって背中に手を回した。
「うん、平気」
手にもう少し力を入れる。
「だいじょうぶだよ」
ライトは腕を離すと「信じられない」と、つぶやいた。
「ライト、散歩しよう」
アレンがライトの腕をひく。
「は?」
アレンの部屋の前には庭が広がる。
(ああ、ゴブレットの館の裏庭に似ている)
「ライトと、こんな風に夜の散歩をしたことないでしょう?」
「あ、これ」
ライトが歩みを止める。目線の先に淡い紫色のバラが咲いていた。
ステージの上で朗々と歌うアレンを思い出した。あの時のドレスのような花だ。
「ブルームーン。いい匂いがするよ」
アレンにそういわれてバラに顔を寄せた。
「ライト、わたしは、ずっとすごく不安なんだ」
「なにが?」
香りを吸い込みながらライトが尋ねた。
「だって……」
「わたしは、あなたを不幸にはしなかった?」
「ときどき不安でしょうがなくなるんだ」
ライトはそんなアレンの様子に、バラに手を寄せながら言った。
「例えば、アレンが今幸せだと、俺に言ったとする。でも、俺にはその言葉は本当か嘘かはわからない。言葉だけを見ようとすると、分からなくなると思うんだ。アレン、目を開けて回りを見てみろよ? アレンの目はどこを向いてる? 自分の目に映ったもの、自分が聞いたもの、自分が感じたもの以外になにがある? 何がアレンを不安にさせている? 俺は不幸そうに見えるのか?……ああ、もう少しうまく言えるといいんだけど」
ライトは自分自身でも混乱したように頭をかきむしった。
「ううん。ライト、考えてみる」
「……ああ」
ライトは、そんなアレンを見て苦笑いを浮かべた。
二人は、予定通りひと月ほどをバランシェット村で過ごし、帰途へ着いた。バルドロとグライスはしばらく逗留したのちに、もうすでにバランシェット村を離れていたし、アンジェも、もともとは二人と行動を共にする予定であったが、アレンの体調がことのほかよかったために、予定を早めてリヴィエリへと帰って行っていた。
バランシェット村で過ごした日々は楽しいものではあったが、王都のタタール川沿いの船着き場に到着すると、ライトもアレンも、ホッとするとともになぜかうきうきするような心地さえした。
二人はギルガロン所有の船を見つけると、それに近づいて行った。
船の上から二人を見つけたものが声をかける。
「アレン! ライト! おかえり~!」
甲板から身を乗り出すその姿に二人は驚いた。
「プリムローズ!!」
「この船で帰ってくる予定だって言うから、迎えに来ちゃった!」
大きく手を振る。
すると、プリムローズの後ろからひょいとアルスベルト・ギルガロン本人も顔を出す。こちらはちょっと気恥ずかしそうに控えめに手を振ってみせる。
ゴブレットの館の女たちはリヴィエリの町から出ることは禁止されているはずだ。
「今いくわー!」
と、プリムローズが姿を消す。
アレンも、船に乗り込もうと歩みだす。そのアレンの服をちょいちょいと、ライトがひいた。
アレンは「なに?」と振り向く。
「例えばこういう時、俺は幸せだと思う。俺たちが今日帰ることを知っていて、こうやって迎えに来てくれたってことはまぎれもない事実だろ?」
アレンの中で一瞬、時間が止まった。息をのんで、驚くような表情を見せたあとに、顔が、くしゃりと崩れた。
「ごめんなさい、わたし……」
涙があとからあとからあふれて止まらなくなってしまった。
なんだかわからなかったけれど、何か、ピントが合ったような気がアレンはした。
こんなふうに自分を好きでいてくれて、大切にしてくれる人たちのことが目に入らなくなっていたのだろうか。
アレンは泣いた。
船を下りてきたプリムローズが驚く。
「ちょっとライト! 何泣かせてるのよ!」
怒ったプリムローズにアレンがしがみつく。
「わわ! アレン!?」
プリムローズは真っ赤な顔をしてポンポンとアレンの肩を叩いていたが、そっとアレンの耳元でささやいた。
「おかえり?」
アレンはごしごしと目元をぬぐうと、笑顔を作った。
「ただいま」
船の上からまた声がかかる、どうやら今度はイースが二人を見つけたらしい。
「よお、おかえり! ああーまたカップルが増えやがった。あ、しまったつい本音が」
ライトが船に乗り込みながら言う
「お、ただいま。お前だって、リヴィエリでは彼女と仲良くやってるんだろ?」
「だからー、今はつらいんじゃん?」
「うるさい、俺がどれだけこいつにお預け食わされていると思う?」
「……え!?」
まわりにいたもの視線がライトと、その後ろのアレンに集まる。
「え……て、おまえらまだ?」
イースの声にアレンの顔が極限まで赤くなる。
何もないと言われて赤くなるのも変な話だ。
「ないわー、アレン、それないわー」
プリムローズが困ったような顔で首を振る。
「も、もう、知らないから、ライトなんて知らないから……!」
アレンが真っ赤な顔で声を押し出した。
「いいよ。アレンも元気になったみたいだし?欲しいモンは自分で手に入れるから」
ライトはこともなげに言う。
「まあ、そんなところでしょうねえ」
アンジェがやってきた。
ギルガロンも顔を出す。
ギルガロンの顔を見ると、アレンが気を取り直して彼に尋ねた。なにしろ、グルガロンはたいていアレンの味方だった。
「ただいま! ギルガロン様。ねえ、プリムローズがこの船に乗ってるってことは……もしかして?」
ギルガロンがアレンに笑顔を見せた。
「うん、ようやくプリムにプロポーズのOKをもらえたんだよ。彼女は今、ゴブレットの館を出て、うちに住んでるんだ」
「えええー」
「ほんとう?」
船の上では会えなかったひと月分を埋めるように話に花が咲く。
そして、船はリヴィエリへと向けて出港する。
明日からの彼らの生きていく場所へ向かって……。
〈Fin.〉
本編は終了です。
最後に番外編というか、次世代篇が一つ。
物語の後半は、長編を書ききることが初めてだったため、大変難産でした。
その分、最後の番外編はとても楽しく書くことが出来ました。
あと、一話だけです。
ここまでお付き合いいただいた方、よろしければ、最後の番外編までお読みいただければ嬉しい限りです。




