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暁の王国  作者: 観月
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エピローグ・明日へ -1-

 リヴィエリの町は、沸いていた。

 湖の里における戦いよりもうすぐ2年が経とうとしている。

 昨晩リヴィエリの町にももたらされた、ザーナヴェルト王と王妃エレンディルとの間に待望の男のお子がお生まれになったとの一報に町はお祭り騒ぎとなっていたのだ。

 一報が届くや否や、夜空には王太子誕生を告げる大輪の花火が何発も打ち上げられ、町の人々にもくまなくその喜びを伝えた。また、翌日からは町の郊外に出店の屋台が並び、お祭りムード一色であった。

そして今、一つの大きな野外テントに人々は押しかけている。

そのテントの中にはステージが設けられており、王子誕生を祝うための出し物が繰り広げられていた。

「今日はなんたって、王子誕生を祝って、ヴィオレッタの歌が聞けるのでしょう!?」

「ええ、とても楽しみにしていたのよ」

 人々がささやき合っていた。

「ゴブレットの館の秘密の歌姫ね?」

「ええ、素晴らしい歌声なんだと噂なのに、なかなか聞くことができないのよね」

 春から初夏へと変えていく、さわやかな風が会場内に吹き込んだ。

 ステージには一人の少女が姿を現した。会場のざわつきが静まり、空気が張り詰める。

 少女は耳の上の髪を編みこみにして、後ろは長く垂らした、ハーフアップ。くすんだ金髪が優しげに揺れる。花のように広がる淡い紫のドレスをまといステージ中央に歩を進めると、優雅に各席に向かってお辞儀をした。

 割れんばかりの拍手。

 少女の後ろにはゴブレットの館の女たちが楽器を手に並びおごそかに演奏を始める。

 少女は手を広げ空に向かって歌いだした。

 一曲目は静かに、神への祈りを現す歌。

 ブレのない透明な歌声が会場内に響く。

 その歌声に目頭を押さえるものもいる。どこかもの悲しさもたたえた歌声。会場全体がしびれたように静まり、少女にひきつけられている。

 やがて、その歌声が、まるでキラキラと光る粒子となって空へ消えて行くのを見つめるように少女が空を見つめて、しん、と、会場が音のない空間になる。

 その途端、鳴り出す太鼓の音。

 今度はリズミカルな、喜びの歌。


 ……会場の一番奥に、一人の少年が腕を組んで舞台の様子を眺めていた。

 舞台の上の歌姫、ヴィオレッタが歌い始めるとまぶしいように目を細め、口元には柔らかな笑みが浮かんだ。

 一曲聞き終えると、彼はそっと会場を後にした。

 少年はあたりの出店を見ながら野外テントの裏手に回っていく。途中、演奏が終わったらしい。大きな歓声と拍手が聞こえた。舞台の裏には馬が一頭繋がれている。また、祭りの会場を通らずとも大きな野外テントにつながる楽屋用のテントに出入りできるようにすぐ裏の会場の出入り口へと楽屋裏のスペースから繋がっていた。

 少年はテントの裏に並んで建てられた、楽屋代わりのテントの中に顔を出す。すると、楽屋の中にいた一人の老女、ゴブレットの館の女主人オリーブが彼に気付いた。

「おや、今終わったところだよ。ちょっと待っておいで」

 少年に笑顔を向ける。

「ちょっと、私の荷物がないの! プリムローズ姉さん知らない? あの中に着替えが入っているのよ!」

 先ほどまで舞台に立って、観客の視線を釘づけにしていた歌姫ヴィオレッタが仕切り代わりのカーテンをはねのけて顔を出した。

「ああ、それならもう船に運んでもらった。残念ながら、着替えも一緒に……。みんなもう乗船して、お前待ちだ。馬を用意してあるから……」

 少年が笑顔でヴィオレッタに話しかける。少年を見つけるとヴィオレッタの表情が和らいだ。


「ライト! アレン!」

 歌姫ヴィオレッタと、彼女の傍らに立つ少年が声の方に振り向いた。

 見事なまでに輝く金の髪をサイドだけ少し残して結い上げ、淡いピンクの細身のドレスに身を包んだプリムローズが二人の視線の先にいた。

「アレン、とうとう行くのね。元気になって良かったわ。ライト、アレンを頼んだわね。私ももうそばにいることはできないし、アレンを癒してやれるのはあんただけなのよ?」

「大丈夫よ、プリムローズ。心配ばかりかけてごめんなさい。ほんの少しの間よ、ひと月もしたら戻ってくるわ」

 アレン、と声をかけられたヴィオレッタは笑顔を見せたが、目と鼻の頭が少し赤みを帯び、涙をこらえているのがわかった。

「ん、最近はアレンの状態もかなりいいみたいだからな」

 と、ライトが言うと、

「プリムローズ。心配ばかりかけて、ごめんね」

 アレンがなおも言った。

「でも、プリムも、いつまでもギルガロン様を待たせるのはどうかと思うわよ?」

「……な!」

 プリムローズがぱっと赤くなる。

「ギルガロン様、奥様とは離縁されたのでしょう?」

「……わかってるわ」

 プリムローズはアレンから視線を逸らせた。

「奥様が駆け落ちなさったからね。なんとなく、拗ねてるだけよ。だからといって、ほいほいプロポーズを受けるのは、面白くないというか……」

 プリムローズは視線を戻すと言った

「はいはい、行った行った! アレン、約束するわ。あんたたちが帰ってくるまでにはアルスにちゃんと返事するから!」

 アレンは楽屋用のテントの前に繋がれていた馬に乗りながら微笑んだ。

「いい知らせを待っているわ。姉さん、行ってきます。母さん、みんな、行ってきます! お土産買ってくるからね!」

 アレンの後ろにライトが乗る。

「きをつけてね!」

「いってらっしゃーい」

 数人の女たちが楽屋の中から現れて、手を振る。

 ライトが馬を出す。アレンはライトの体のかげから身を乗り出して振り替えると、見送る仲間に手を振った。


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