魔道士狩り -3-
洞窟の入り口から入る光が色を変えてゆく。ひんやりとした風がそよぐ。
アレンはふっと、目を覚ました。
自分がどこにいるのか、見当がつかなかった。
ぼんやりと首をめぐらしていく。
隣に黒髪の少年が横たわっていた。眠っているようで穏やかな寝息が聞こえる。……この少年は、見たことがある。
とっさに、アレンの脳裏に先ほどの一連の光景が走った。
「わあっ!」
飛び起きる。
「わあっ!」
隣の少年、ライトもびっくりしたように飛び起きる。よほどびっくりしたのか、立ち上がってアレンを見下ろしていた。
「ばっ、なんだよ、驚かせやがって!」
目を見開いてライトが言った。
アレンは目を見開いてライトを見つめていた。
「ああ」
アレンの唇からつぶやきが漏れた。
まだ、目はライトを見ている。
「だ、だから、なんなんだよ?」
ライトがアレンの様子に戸惑いながら声をかけた。
アレンは、右手を挙げると、ライトの背後、洞窟の入り口を指差した。
「ごめん。きみが、燃えているみたいに見えたから……」
「は!?」
ライトが背後を振り返ると空が茜色に燃えていた。山々も赤く染まっている。太陽が稜線に消えようとしていた。
ライトは視線をアレンに戻すとにやりと笑った。
「君も真っ赤な顔をしている」
アレンはしばらく呆けたように夕焼けを見ていたが、はっと我に返った。
「あ、君、あの、えっと、さっきは助けてくれてありがとう。父とはぐれてしまって……もうだめかと思った。ぼくは、アレン。アレン・バランシェット」
「アレン、ライトだ」
ライトはアレンに手を差し出す。アレンも軽く握って握手をした。
「気が付いたばかりで悪いが聞きたいことがある。君は自分が魔道士だと自覚しているのか?」
「父からは、そう聞いているけれど、生まれてすぐ封印されたから、もう力はないって言われていたよ」
「では、その封印を君に施したのは、君の父さん?」
「いいや。実の母だと聞いている。僕は黒き蛇の魔道士たちが一部の山の民や、彼らに与する魔道士たちと結託して暁の王家に反乱を起こす数日前に生まれたそうだ。城に黒き魔道士たちが入り込んだとき母が僕に封印を施し、人間の兵士の夫婦に僕を託した。それから彼らは王都を離れ、僕の親代わりになって育ててくれた」
「なるほど。……って、お前、俺より年上かよ!?」
ライトは、そこが肝心! とばかりに声を荒げた。
「え? ぼく、十七だけど?」
「……俺は十六だ。俺が生まれたのは黒の反乱がおこった一年後だ」
がっくりと、そういいながらも、ライトはアレンの生い立ちを頭に入れた。
この暁の大地、または暁の王国と呼ばれる国は、その昔4人の魔道士の兄弟によって開かれた。
それ以前は人間たちが血で血を洗う戦乱の世。親が子を子が親を、弟が兄を手にかけては、瞬く間にまた、隣国に侵される。その戦乱の地に生をうけたのが、神の子孫、とも山の守り神、と言われる山の民と人間の間に生まれた、魔道の力を持つ4人の兄弟。彼らによって、戦乱の世は終わりを告げた。
長兄の真の姿は鷲。この国では太陽の象徴とされている。彼がすべてを統べる暁の王となった。次兄は蒼き狼。三男は白い虎。末は黒き蛇。彼らの後を継ぐ者は、同じ真の姿を持つものと決められた。人間と獣の二つの姿を持って生まれたものは、魔道士として、幼いころから城へ迎えられ、人々の上に立つものとしての教育を受ける。長じれば、属性によって四つの王家、いずれかの魔道士隊に組み入れられ、この国に平和をもたらせてきた。魔道士が人々を支配する国。それがつい十七年前までの暁の国だった。
反乱を起こしたのは黒き蛇の魔道士、当時の黒の王、ザーナヴェルト・リヴァイス。彼は静かに、一部の山の民、そして魔道士たちの中にも仲間を増やしていき、ある日突如として牙をむいた。瞬く間だった。一夜にして、他の三つのつの魔道士隊と王家は滅ぼされたのだ。いや、ただ一人、当時王都を出て山の民の里に逗留していた白の王のみが生き延びていた。彼の逗留していた里はいまも、わずかに残った黒の王家に反対するもののよりどころとなってはいる。
黒の王は、その後、自分に与しなかった魔道士達を執拗に狩った。
少なくともアレンの母は魔道士であったのであろう。おそらく父も。 生まれたばかりの子に封印を施し、人間の兵士に託す。託された兵士の夫婦は、アレンを自分の子供と偽り守り育てた。それはおそらく、アレンが城の中で生まれた子であり、かなり高い身分の者の子供だったということではないか?
「まあ、お前が自分を魔道士とわかってるんなら話が早い。その封印は解けかかっている。このままだと、さっきみたいな輩にすぐ見つかるってわけだ」
アレンは思わず額に手を当て言った。
「そうか。封印が薄れてきているのは知ってはいたんだけれど……」
「とりあえずここはアンジェが結界を張っていったが、アンジェの魔力じゃそう長く持つもんじゃない。この先のことを考えると、俺がお前の肌に直接防護壁を作ろうと思うが、お前はそれを受け入れるか?」
「それは、どうやってやるのだ?」
アレンは興味を持ったように身を乗り出した。
「立ってみろよ」
二人は立って向かい合った
まず、ライトがアレンの額に手を軽く触れた。精神を集中するように目を閉じる。
「こ! こそばゆい」
ライトの指先からぴりぴりとした刺激を感じて、アレンがたじろいだ。
「これを体全体にくまなく!」
「えええ~~!! 無理!!」
「死にたくないなら我慢だ!安心しろ、服を脱げとまでは言わないでいてやろう。」
にこやかにライトが言った。
しばらく後、アレンのぎゃー、とか、わー、とか、そこだけは無理!などとわめく声が洞窟の中にこだました。
洞窟の裂け目から差し込む光が紫色に色を変えていっていた。