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暁の王国  作者: 観月
28/33

ダブルクロス -3-

 その視線の先には銀に輝く甲冑を身に着け、やはり銀に輝く髪を後ろに縛り背中にたらした美貌の男が立っていた。男はくつくつと笑った。

「失礼。いや、ミリアム殿はやはり剣を手にしていた方が数段お美しい。初めてこの里へいらしたときは覇気のないただの小さな少女かと思いましたが。

 それにしても、どこかでわたしはしくじりましたか? あなたには私の正体がわかっておられるようだ」

 ミリアムに緊張が走った。ライトの名を出すことはできない。

「別に……想像しただけだ。この里には裏切り者がいるようだと思ったし、しかも子ネズミではないとすれば、もしかしてと、かねてより思っていたのだ」

「なるほど、そういうことでもよろしいでしょう」

 口角がきゅっと上がるが目は笑ってはいない。ミリアムに一歩近づく。

「近づくな!」

 ミリアムの背はもうすでに壁だ。追い詰められ、ミリアムは雄叫びをあげると一直線にベレアースを突いた。

 魔道士の一人がミリアムの剣を跳ね上げる。

 あ、っと思うより早くミリアムの体から力が抜けていく。

 魔力を向けられているのだ。

 それでも彼女を抑え込もうとする兵士に最後の抵抗をする。

 叫びながら、めちゃくちゃに暴れてみたものの、数分後には後ろ手に手をねじあげられ、白の王の前に跪かされていた。

 白の王はミリアムに近づくと、彼女の兜を脱がせた。

「無茶をされるから、傷つけてしまったではありませんか……」

 ベレアースがミリアムの頬にできた擦り傷を手でなぞった。ミリアムの背がゾクリと粟立った。

「本当はこんな風に捕獲するつもりはなかったのですが、またひょこひょこと前線へ行かれて、討死でもされたら困るので、先に確保させていただきました。ああ、こんなに傷だらけのあなたを見たら、ライト殿下はなんと思われるか……」

 ライトの名が出たとたんミリアムの心臓はどくと音を立てた。

「ああ、あなたたちは面識があるのでしたね。それにしてもあなたは人の上に立つには素直すぎる。ライト殿下の名が出たとたんそんな表情をなさるとは?」

 はっとしたミリアムはベレアースから視線を外そうとするが両脇から兵士に押さえつけられているのでわずかに顔をそむけるしかできなかった。

「憎んではいないのですか? 彼はあなたを裏切ったのでしょう?」

 ベレアースはミリアムのおとがいに指を当てると上を向かせてその瞳を覗き込もうとする。

 ミリアムは奥歯をかみしめると、瞳だけは必死に視線を外す。屈辱と怒りで息が荒くなった。

「この城には、たくさんの隠された通路があります。山に張り付くように作られた城。隠された扉から山中に張り巡らされたトンネルに入るのです。このことは代々この里の長にのみ受け継がれる秘密だとか。今では、わたしと里の長のアーテルティウムのみが知る秘密です。そうそう、黒の軍にも筒抜けですがね。その通路は黒の軍が落とした西の塔にも続いております。さあ、ライト様のもとへこの者達がご案内しましょう」

ミリアムは身をよじった。頭を振る。ベレアースの手が外れる。

「ううう」

 低く唸ると四肢に力を込めた。激しく抵抗はしているのに押さえつけられる力はびくともせず、無理やり立ち上がらされる。足をじたばたさせてもがいた。

「放せ! おまえなんか……!」

「仕方ありませんね、そんなに暴れては連れて行きづらいでしょう?」

 ベレアースはミリアムの頬を両手で包み込むと、その唇に己の唇を重ねた。

「!?」

 ミリアムが声にならない悲鳴を上げたが、ベレアースに息を吹き込まれると次の瞬間意識が遠のき、その場に頽れた。


 黒の軍が占拠した西の塔の中。

 ライトはアンジェを伴って前線へ出て行っていた。後を守っているのはアディーレ村掃討作戦からライトにつき従っているグラーヴェである。

 この作戦の第一の目的は暁の王女、白鳥の乙女と言われるミリアム・ガーランドの生きたままの捕獲だ。この西の塔と城は秘密の通路でつながっているのだという。山の民の里の内通者からの報告とのことで、グラーヴェにもそのことは知らされていた。この塔は5層になっていて、隠された通路につながる秘密の扉は3階部分と最上階にある。この塔の最上階は昔この里に生まれた、狂気の長の娘を幽閉するために造られた牢獄となっているのだそうだ。

 黒の軍の司令部はその3階部分におかれた。今はグラーヴェと数人の警護の者だけが部屋の中にいる。最上階は、そのままミリアム・ガーランドを取り押さえた際の牢獄となる。


 トン・トト・トン・トト

 隠し扉から定期的なノック音が聞こえる。

 グラーヴェははっとした。

 城の中にいる黒の軍の息のかかった間者がこの通路を通ってこちら側に来た際の合図と知らされていたリズム。

 グラーヴェ自身、暁の軍側に紛れ込んだ間者に会ったことはない。

 少しばかりの緊張が走る。

 扉の前に立っていた警護のものもはっとした。そして、教えられた順番とおりに石壁を押してゆくと最後に大きく壁が動きぽっかりと穴が開いたようになる。

 そこから、数人の銀色の甲冑を身にまとった兵士が三名現れた。黒の軍の甲冑は黒で統一されていたから、彼らは暁の軍の側の出で立ちということになる。

 初めて見る間者。

 2番目にこの部屋に入った者が、何やら肩に担いでいた。

 肩に担いだものを床にごろりと置く。

 くすんだ肩のあたりまでの金髪の少女。

「この少女は!……まさか」

「ミリアム・ガーランドです」

「!」

「わけあって、こちらで捕獲いたしました。今、城の中で戦闘中の兵士を引き上げてください。この中に仔細が記されております。これを、ライト様にお渡し頂きたい」

 先頭にいた兵士がグラーヴェに封をされた手紙を渡す。

「私どもの指揮官からです」

 みると、その封筒は封蝋で閉じられておりそこには円を描く蛇の印璽がある。

「わかった」

 グラーヴェはそういうと入口に立つ兵士に声をかけた。

「キャメロット! 伝令を出せ。黒の軍はいったん退く。ライト様にはミリアム・ガーランド確保の知らせを」

「はっ!」

 キャメロットは敬礼をすると部屋を出て行った。


 ライトはアンジェを従え、西の塔に帰還した。

 グラーヴェと対峙したその表情からは何の感情も読み取れない。暁の軍に入っている間者からの手紙に目を通すと、それを燃やして今は使われていない暖炉の中に放り込んだ。そして、白の魔道士ベレアースと湖の里の長アーテルティウムあてに和睦交渉の条件をしたため、使いの者に持たせるよう指示した。

 

 和睦案はこうだ。

 白の魔道士の王ベレアース、湖の里の長アーテルティウムをはじめとした、それぞれの里の長、ハヤブサのバルドロ。以上の者が黒の軍側に下ること。そして湖の里の城の無条件の明け渡し。黒の軍はそれと引き換えに戦闘を中止する。期日は明日の日の出。もしこれが受け入れられなければ、日の出と共に総攻撃に出る。どちらに転んでも、暁の軍は崩壊し、ミリアム・ガーランドは返らない。犠牲が多いか少ないかの差しかない。

 これを使いの者に暁の軍側に届けるよう指示をすると、グラーヴェに言った。

「ミリアムは?」

「最上階に、見張りは室内に1名、戸口に1名、階段上と下にそれぞれ1名配置しております」

「階下の1名を除いて下がらせてくれ、俺とアンジェが直接話をしたい」

「かしこまりました」

 ライトは消えるグラーヴェを見やりながらぐっと指を握りこんだ。


 見張りの消えた塔の最上階にライトは上がった。背後にはアンジェがつく。彼女は湖の里に入ってからというもの、ライトの影のように付き従っている。

「私はここで」

 アンジェが階段を上りきったところで言った。

 自分はここで見張りに立とうということだ。

 ライトはちらりと振り向きうなずくと、ミリアムが捕えられている部屋の小さな のぞき窓の付いた粗末な木戸をあけた。

 室内では傷つき気を失っている少女が縛に囚われ床に転がる。

 ライトは足早に彼女に近づくと、手にした剣で彼女の縛をといた。そして、彼女を掻き抱きその冷たくなった頬に自分の頬を押し付けると

「ごめん」

 と、つぶやいた。

 ライトの腕の中で少女は身じろいだ。うっすらと目が開くとぼんやりとした焦点があっていく。何かを思い出したようにはっとすると身をよじった。

「……いや……!」

 ライトの体を押しのけようとする。

「アレン」

 彼女をその手に抱いている男は腕の力を緩めると、懐かしい名前で彼女を呼んだ。

 少女の瞳が目の前の少年を捕えた。

「ライト?」

 少年はうなずく。

 とたん、アレン(ミリアム)はライトに手を伸ばした。 ぎゅっと、その首にしがみつく。そして、お互いを確かめて、ふいにアレンからライトにキスをした。その唇を放すと、

「ベレアースにキスされた! 男にキスされるなら、君がよかった!」

 と、アレンは怒ったように言った。

 ライトは少しだけ驚いたように目を見はったが、笑顔と見れるような表情を作って見せた。

「アレン、今の君の発言は……俺としてはいろいろ複雑だが、それだと、女の子とキスをするのは……」

「あ、ごめん、したことある」

 アレンの答えにライトはわざと、うなだれたようなポーズをとる。

「かなり破壊力のある告白だ……」

 だが、うつむいた彼は笑っている。いつものように小刻みに肩を揺らして顔をあげる。

 アレンも、何とか笑顔を作ろうとするが、それが泣き笑いのような表情になる。

 今度はライトがアレンを引き寄せてアレンの唇をふさいだ。優しくそっと口づけるとそのまま腕の中に抱きしめる。

「あきらめるなよ。生きてくれ」


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