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暁の王国  作者: 観月
26/33

ダブルクロス -1-

 七の月。

 緑が色を濃くしていく季節に黒の王の本格的な侵攻は始まった。

 暁の王家側につく者は、湖の里へほぼ集結しつつあった。

 湖の里の城は背後(北側)の切り立った山に張り付くように建っている。城の周りには村があり、一般の民が住んでいる。その村ごと囲む形で巨大な城壁が取り囲み、さらに自然の堀ともいえる小さな湖がその城壁の前に広がる。湖と、昔から呼ばれてはいるが、規模的には沼、というほどのものだ。ただ深い緑色のそれは、敵の侵入を防ぐには十分な大きさである。

 その湖には大きな橋が架けられており、城側は、跳ね橋となっていて、緊急時には即座に跳ね上がる仕組みとなっていた。難攻不落、と言われる里である。

 黒の軍は対岸に現れると、何百というゴンドラを湖に浮かべた。

 湖から、船での城壁へ向かう。城壁からは、雨あられと暁の軍が矢を射かける。

 この、黒の軍の作戦にはリヴィエリの町の全面的な協力があった。

「山の民と、魔道士は全力で障壁を張れ」

 ライトの怒号が飛んだ。

 舟の漕ぎ手は人間、しかも兵士ではない者がほとんどだ。一つの船に、漕ぎ手とそれを守る兵士が数名。

 だが、これは黒の軍の陽動であった。

 城壁攻略のための本隊はすでに城の中にある。

 城の中にいる白の王ベレアース、そして、彼の配下の白の魔道士隊である。

 彼らは、毒だ。

 湖の里の中を流れる毒だ。

 湖の里は、そうとは知らず、毒を体内に取り込み、守り、育ててきたのだ。

 城壁の2階部分、跳ね橋を操作するための室内と、城門前では、静かに戦闘が始まっていた。仲間だと思っていたものがいきなり襲いかかってきたのだ。

 ひとたまりもなく、ものの数分のうちにその場にいた者は殺害され、後には白の魔道兵のみが立っている。彼らは事が終わると、黒の軍の象徴と言われる黒い甲冑を身に着けた。

 そして、跳ね橋を下ろしていく。残りの者は階下に残り、戦闘の準備をした。

 跳ね橋が下りてしまえば、なだれ込んできた黒の兵に紛れて湖の里へなだれ込む。


 だが、それより早く、この場に駆け付けた者がいた。

 城壁の上で指揮を執っていたはずのバルドロが異変に気づき、兵を引き連れて駆け下りてくる。

 黒の甲冑に身を包んだ兵とバルドロ率いる暁の王家側の軍が対峙した途端電気の走るような緊張が支配した。

「なぜ、城壁内に黒の兵隊が入り込んでいるのだ?」

 沈黙の後のざわめき。

 それを合図に黒の軍がものも言わずに切りかかる。

 暁の軍から雄叫びが上がる。

 その時跳ね橋が完全におろされ、対岸からは黒の軍の騎馬隊がかけてくる姿が見えた。

 バルドロが叫ぶ。

「食い止めろ! 城壁に上った兵を城の中へ撤退させるのだ」

 異変を察知した暁の軍からも騎馬隊がはせ参じる。

 先陣を切って走りこんできたのはグライスであった。

「ここは私たちが引き受けます。バルドロ様は兵士たちの誘導を!」

 グライスは手にした槍を構えて完全に降りた跳ね橋の上を駆け抜けて行った。


「私も行きます!」

 城の中では白金の甲冑に身を固めたミリアムが剣を手に取っていた。

「自ら出陣なさるとおっしゃられますか!」

 湖の里の長アーテルティウムがミリアムの腕をつかんだ。

「アーテルティウム殿、もし私が生き残ったところで、この里が黒の兵に攻略されてしまえば私に明日はないのです。逆にもし私が散ったとて、多くの兵は死なずに済むかもしれない!」

 アーテルティウムの後ろから歩いてきたベレアースがミリアムの前に立った。

「ミリアム殿、あなたはドレスを着ているより剣を手にされた方が生き生きしていらっしゃる」

 そういって、ミリアムの目を覗き込んだ。

 ミリアムは一瞬、かっと、熱くなった。

 だが、一呼吸置くと言った。

「ベレアース殿、無理をするつもりはございません。城外で戦っている兵士を城へ撤退させてまいります」

 そういうと、ベレアースから逃れるように去っていった。

 その後ろ姿をベレアースは薄い笑顔で見送った。


「バルドロ様!」

 バルドロは、山の民の兵士を城の中に誘導しながら、こちらに駆けてくるミリアムを見た。

 ミリアムは馬を寄せると小声でささやいた。

「この戦、負けます」

 うつむきながら、ぎゅっと、手綱を握った手に力が入っている。

「ミリアム様、そのように弱気な!」

 バルドロは叱責する。

「いえ、違うのです。敵は外だけではありません。内にも潜んでおります」

 周りに聞かれるのをはばかりながら声を落としたミリアムに、バルドロは城壁内で見た黒の兵士たちのことを思い出し慄然とした。

「わたしも、それを疑わないわけではないが、ミリアム様は確信をお持ちなのか? いったいなぜ」

「白の魔道士、ベレアース。彼は黒の王と通じていると……」

 あまりの衝撃に、バルドロの動きが止まる。

(まさか!?)

 十七年前の戦いにおいても、噂はあったのだ。城内に内から湧き出るように現れた黒魔道兵がいたと。それがまさか白の魔道士の手のものだったとは?

「ミリアム様、いったいその情報はどこから。それになぜ今になって……!」

 気を取り直すと聞いた。

 ミリアムは視線を落とす。

 だが、意を決したように答える。

「ライト。ライト・ザーナヴェルト・リヴァイス。かれがベレアースには気をつけろと」

 バルドロの手がピクリと揺れた。

「私とて、最初は確信を持ってなどいなかったのです。それに、話したとして、誰が信じるでしょう? ベレアースはもう何年もこの里で信頼を得ている。昨日今日やってきたばかりの私の意見など! ライトを直接知らなければ、こんなばかげた話、わたしだって信じられるものではないのですから。どうしたらよいのか、私自身わからないのです」

「ミリアム様、いろいろ聞きたいことはございますが、わたしには、あれ程に冷酷なことをやってのける彼を信頼する気にはなれないのですよ。とにかく今は城内に! その話が事実ならば、城内とて危険ということになりますが」

「すみません。でも、心に留めておいていただきたいの!」

 そういうと、馬の腹をけりミリアムは城へ向けて駆けて行った。

 バルドロは天を仰いだ。

 今の話からすると、王女はライトの素性をある程度は承知していたのではないか。では何故、彼女はそれを今まで秘めていたのか。この答えははっきりとはしないまでも想像することはできる。では、なぜライトが暁の王家のミリアムに白の魔道王について知らせたか? そこがバルドロには解せなかった。

「闇の中にいるようだ……」

 つぶやくと彼もまた駆け出した。


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