嵐の前に -2-
完全なる敗北。そして殺戮。
戦いが終わった時、風吹く里の民は傷つき、女子どもを中心に半数以下しか生きてはいなかった。
ひとところに集められた風吹く民の周りを黒の軍がぐるりと取り囲む。その中から二人の人物が歩みだした。
一人は、人間部隊とともに戦っていた美しい黒い甲冑に身を包んだ魔道士と思われる男。。もう一人は、彼の背後に控える双刀使いの人間兵士。人間兵士はすでに兜を取っており、なんと、長い赤毛の女であった。赤毛を後ろで一つに束ねている。女ではあるようだが、並みの男といってもよいほどの体格だ。
黒の甲冑の魔道士が、兜を脱ぐ。
その面差しは、未だ少年のものであった。細い頬、黒い髪に黒い瞳。その瞳は何の感情もあらわさず、ただ、集められた里のものを見下ろしている。そして、口を開いた。
「我が名は、ライト・ザーナヴェルト・リヴァイス」
山の民の間に衝撃が走り、震えた子どもたちを母親が抱きしめる。
「お前たちの間では黒い悪魔と呼ばれているようだな」
山の上から、この場に何ともそぐわない初夏の風が吹き、どこからか、鳥の声が聞こえた。
「戦いは終わった。お前たちは自由だ。湖の里へ行くがいい。そして伝えろ。近々俺があいさつへ行くゆえ、歓待の準備をして待っていろと」
黒い悪魔は、激するでもなく、淡々と生き残った者たちにそう告げると踵を返した。
瞳に盛り上がる涙と戦いながら話し終えると、マリウスは疲れたように腰を下ろした。喉がからからに乾いていることに気づき、水差しを手に取る。コップに注ぐとごくりと喉に流し込んだ。
それが合図のようにあちらこちらからささやきが漏れざわめく。ハヤブサのバルドロが蒼い顔で身じろぎをした。
ガタン!
ひときわ高い音が響き、皆がそちらを振り返った。
ミリアムが立ち上がっていた。座っていた椅子がその拍子に後ろへ倒れそうになり、控えていたブランカがそっと手を添える。その顔から色を無くし、呆然としたような瞳が揺れる。
「ごめんなさい。申し訳ありませんが、少し時間を下さい」
精いっぱい、それだけを言うと、会議の間に続く自分の書斎へ姿を消した。
続きの間の小さな書斎。机の上にはバラの花が飾られている。少し青みがかったような淡い紫のそれが、部屋の中に良いにおいを漂わせている。
ミリアムはその机の上に手をつく。
(彼だ!)
『俺は明日出陣する。君のもとへ行くのはもう少し先になるけれど、そう遠い未来ではない。俺はあの里を滅ぼすために君の前に現れるよ』
夢のような逢瀬の中で彼が語った言葉がミリアムの頭の中に響いた。
ミリアムは震える手を机の上でぎゅっと握りしめた。
書斎のドアがノックされ、ミリアムが呼吸を整えて返事をすると、ドアからバルドロが現れた。
「ミリアム様……」
バルドロはドアからするりとミリアムの書斎へ滑り込むと、後ろ手に閉める。
「あの少年ですな。彼はおそらく、黒の王と、あなたのお父上に嫁ぐはずだった霧の谷のエレンディル様の間の子でありましょう。そう考えれば、アンジェがいつもそば近くにつき従っているのもうなずけます。アンジェは暁の王国最後の瞬間、エレンディル様の侍女兼護衛を務めておりましたから。……心中、お察しいたします。わたしも、今は事実を飲み込むのがやっとです」
バルドロが、沈痛な面持ちでミリアムを見つめていた。
ミリアムの頬は自分でも気づかぬ間にぬれていた。
「いいえ、バルドロ様、……いいえ……」
自分がそのことを知っていたなどと言えようか。彼が黒の王家のものだと、もうすでに知っていたのだ、今日この事態を引き起こした一端は自分にもあるのではないか!
水分が瞳から流れ出てしまったのか、喉の奥がからからに乾いて言葉にならない。
ミリアムは、ちがう! と伝えたかった。
(私はやはり、皆のもとに不幸を届けるのかもしれない。だって、私は彼がここへやってくることを恐ろしいとは思っていないんだもの。震えるほど怖いけれど、もう一度会ってみたい。彼の声を聴いてみたい。怖いのは彼じゃない。そう考える自分自身だ)
ミリアムはバルドロに背をむいけると、背を震わせて、咽び泣いた。
今回短めになってしまいました。早めに次をアップしたいと思います。




