嵐の前に -1-
その日、風吹く里からの湖の里へ合流するためにやってきた山の民は、予定より二日も遅れたうえに、皆が傷つき、壊滅的な状況であった。
「いったい何があったのだ!」
「とりあえず手当を」
「ミリアム様には報告をしたか?」
湖の里は、一気にざわつき、緊張に包まれた。
ミリアム(アレン)は風吹く里の民の到着の報に、走るように城の中を歩いていた。後ろには山の民のきょうだい、兄のグライスと妹ブランカが共をしている。
到着した里のものはとりあえず城の入ってすぐの広間にて、傷の手当てを受けていた。
ミリアムが、皆の前に姿を現す。
「皆様、よくおいで下さいました。私はミリアム・ガーラントと申します」
手当てを受けていた者たちが立ち上がろうとする。風吹く里、小さな里だとはいえ、人数が少なすぎる。いったい何名のものが命を落としたのであろう?
「いいえ、どうぞそのまま。皆様にはゆっくりして頂きたいのですが、こちらとしても早く状況を把握したい。どなたか代表としてお話をしていただける方はおりましょうか?」
ミリアムは手のひらをあげて立ち上がろうとするものを制しながら言った。
それでも腰を上げたものの中から、一人の少年がミリアムの前に歩み出た。
「ミリアム様、私は風吹く里の長の息子マリウスと申します。父は、今回黒の魔道士による奇襲にあい、戦死いたしました。私がお話させていただいてもよろしいでしょうか?」
ミリアムは少年の顔を見つめた。
まだ子供らしさの残る顔立ちだったが、引き結んだ口元と目には意志の強さがある。
「マリウス殿、ありがとう。では手当てを受けてから、わたくしの書斎の続きにある会議の間にいらしてください。湖の里の長アーテルティウム様、白の王ベレアース様も、会議の間に入っておられます。ここにいるブランカに案内させます。ブランカ、彼をお願い」
ミリアムは後ろに控えたブランカに目配せをした。
「かしこまりました。」
ブランカがミリアムの後ろから少年の横へ移動した。
「グライス、それぞれの里の代表の方にも会議の間に集まってもらうように連絡を頼みます。私もすぐに行きます」
ミリアムは踵を返すと、人目を惹かずにはおれない漆黒のドレスをたなびかせて広間を出ていく。カッ、カッ……。彼女の靴音が広間に響き、遠のいて行った。
「王女様は、どうしてあんなに真っ黒なお召し物を?」
マリウスは思わず呟いてから「あ、申し訳ありません」と、隣にいるブランカに頭を下げた。
「いえ、お気になさらず。王女殿下が申されますには、亡くなった王家の方への喪に服しているのだそうです」
ブランカは寂しげにそう答えた。
マリウスがブランカに伴われて、会議の間へ通されると、そこにはすでに主だった面々が顔をそろえていた。湖の里の長アーテルティウム、ハヤブサのバルドロ、それにこの湖の里へ身を寄せている、暁の王家復興を望む山の民の里の長たち。そして、一番上座にはミリアム・ガーラントと、白の魔道士王ベレアース。
ミリアムは今は黒いブラウスと黒い細身のパンツを編上げのブーツの中へ入れた、ボーイッシュな格好に着替えていた。
「風吹く里の長の子、マリウス殿。湖の里はあなたたちを歓迎します。よくぞおいで下さいました」
ミリアムが立ち上がって話した。
「本来ならば、ゆっくりと休息を取って頂きたいところですが、わたくしたちも一刻も早く状況を把握したいのです。申し訳ありませんが黒の魔道兵に襲われた詳細をお話願えますか?」
「はい」
マリウスはそう返事をしたものの年配の里を代表する面々を見て多少緊張する。
視線をさまよわせる彼に、ミリアムの隣に腰を下ろした、白のベレアースが優しげなまなざしで、うなずいて見せた。
マリウスは語りだした。
風吹く里の者たちが里を後にしてから2日目、一つの峠を越えようとしていた。
列の先頭には里の長をはじめ、主だったものと、兵士。その後ろに荷物をひいた牛車が続き、女子ども。最後尾にも守りを固めるために兵士が続く。
右手には山。左手は谷。道を挟んで急な斜面に木々が何本も生え道をそれれば、昼でも暗く、鬱蒼としている。
峠越えの最後のカーブを曲がった先にその一団はいた。
黒の王の魔道兵。
待ち構えていた彼らは、手にした剣を振るい、里の一行に襲いかかった。
とっさの攻撃に列が乱れる。異変を感じ取った牛たちがパニックを起こし、何頭かが斜面を転がり落ちる。
だが、風吹く里の兵隊たちも反応は早かった。すぐに体勢を立て直し、魔道兵に対峙する。
例外はあるにはあるが、平均して考えれば、魔力も勘の鋭さも魔道士よりも、山の民の方が勝っている。山の民の部隊は魔道兵の部隊を圧倒しつつあった。魔道兵の部隊はじりじりと後退していた。
勝てる。
そう思った時、背後から、鬨の声があがった。
ひそかに山中に展開していた別動隊が背後から襲いかかったのだ。
後方を守っていた兵士が攻撃を受ける。
「人間!?」
背後から襲いかかった部隊は人間兵を中心とした部隊のようだった。
「障壁を張れ」
固まって震える女性や子供にも兵士が声をかける。
「相手は人間だ、戦いながらも魔法を繰り出せるようなものはいないはず」
土埃の中、剣の音が響く。
その中でひときわ目につく者が二人。
豪奢な飾り彫りの、黒い甲冑に身を包んだ細身の兵士。そして、そのわきを守るように戦う、恐ろしく強い双刀使いの兵士。
人間兵の中ではその細身の兵士のみが魔道士であり、指揮官のようであった。
しばらく切り合いが続いていたが、そのうち風吹く里の兵士たちにじわじわと焦りが広がっていく。
「なぜだ、なぜこちらの障壁が破られていく!?」
そう。女子どもも力を合わせて張っている魔法障壁が次第に破られ、なぜか、人間の部隊の障壁が厚みを増していくのだ。
「山中だ! 山中に、黒の軍側の山の民の魔法支援部隊がいる!」
「なんだと!?」
気づいたときは遅かった。
すでに風吹く里の民は黒の王軍の仕掛けた罠の中にすっぽりとはまりこんでいたのだ。