夢~月の光 -2-
ミリアム=アレンは不意に手を伸ばすと、ライトの頬をつまんだ。
「いってええ!」
ライトが声をあげてアレンの体の上に突っ伏した。
「痛いってことは夢じゃないのかしら?」
アレン=ミリアムはつぶやく。
「頼むから、自分で試して……。俺は痛いから、少なくとも俺は夢じゃないから」
「ライト、脱力されると、お、もい。ぼくも、重くて身がはみ出しそう」
「ああ、ごめん」
ライトが身を起こし、アレンも続いた。
「ミリアム、まだ、自分のことはぼくとか言っているのか?」
ライトがミリアムに背を向けて言う。
ミリアム=アレンは手を伸ばしてライトの頬を両手で挟むと顔を自分の方へ向けさせた。
「ライト!」
「な?」
目の前の少女の目にはうるうるとした涙が盛り上がっている。
「違う!」
「なにが?」
ライトは彼女の瞳からしずくが零れ落ちないように静かに聞いた。
「アレン」
「……アレン」
「そう」
そう呼んでくれということらしい。
アレンはライトの頬から手を放すと、ライトの背に自分の背を預けた。
「いまではね、ちゃんとドレスも来て、自分のこともわたしと言って、立ち居振る舞いもそれなりにやってるんだよ。でもね、みんなの望むミリアム・ガーラントは本当のぼくとは違うみたいなんだ」
「本当の君?」
「うん。ぼくは黒鳥だからさ」
「ああ、封印は解けたんだな。空を飛ぶもの、暁の王家の人間らしいじゃないか」
「でも、不吉な鳥だよ? ふこうを運ぶんだって。だからぼくの本性はごく少数のものしか知らない。表向きは白鳥の乙女とか、言われてるよ」
「ばかなことを」
声音こそ静かではあったが、ライトの背中から、アレンに、彼の怒りが伝わった。
「ぼくはでももう、偽ってでもあそこにしか生きていく場所はないんだ」
アレンは静かにライトの背中から怒気が消えるのを待つと、そっと彼の左手を取った。そしてライトの左中指にはめられていた指輪の輪郭をそっと自分の人差し指でなぞる。円を描く蛇の文様。アレンの手にも同じ型の指輪がある。ただし、描かれたのは羽を広げた鷲の文様。この指輪をはめることを許されたのは、四つの王家の者のみだ。
「驚かないのか?……気づいていたのか?」
ライトが肩越しにアレンを見る。
「うん。君がぼくを水の中から助けてくれた時にみたよ」
「ああ、すぐ外したんだけど」
唇に少し笑みをのせてライトが言った。
からだをアレンに向け、正面から彼女の顔を見る。
「なぜおれのことを誰にも言わなかったんだ?」
アレンはライトの顔を見た。
「わからないんだ。君のことを誰とも共有したくなかったのかもしれない。誰かに言ったら自分の気持ちが消えてしまいそうな……なんて言ったらいいかわからない。ぼくは、ずっと普通の男の子として育てられたから、王家とか、魔道士とかそういうことも自分の中ではほかのみんなより希薄な気はする」
アレンは不器用に、だが、偽りなく自分の気持ちをライトに伝えようとした。
「ライト、君は湖の里へやってくるの?」
ライトはうつむきそうになるアレンの手を取って、その顔を覗き込んだ。
「アレン、俺は明日出陣する。君のもとへ行くのはもう少し先になるけれど、そう遠い未来ではない。俺はあの里を滅ぼすために君の前に現れるよ。今流れは完全に黒の側にある。君たちは滅びるだろう。アレン、君が王女として生きる限り、先はない」
「君が、来て」
アレンはライトの瞳を見つめたまま言った。
「君がぼくの前に来て」
そう言ったアレンの肩があまりにはかなげだったのでライトは思わず彼女の肩を抱いた。
アレンのせっかく乾いた瞳からまた、しずくが落ち、彼女はライトの首にしがみついた。
「アレン、俺が行く。白のベレアースに気をつけろ。あいつはこちらと通じている。」
アレンはライトの胸の中で小さく息をのんだ。
「どうして?」
「俺が行く。そして、きっと君をたすける」
二人は冷たい城の中でそっと体を寄せ合った。
月が、しずかに銀色の光を投げかける。
別々の二つの城の中で、少年と少女がふと目を覚ました。
開け放たれたままの窓の外に丸い月を見上げる。
魔法の時間は終わりをつげ、白くさびしげな光が遠く離れた二人を包んでいた。
Claude Achille Debussy「Rêverie」「clair de lune」
折り返し地点を過ぎ、一話だけ毛色の違った章を挟み込んでおりますが、ここからラストまでは通常営業で突っ切る予定でございます。読んでくださっている皆様、ありがとうございます。




