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暁の王国  作者: 観月
21/33

夢~月の光 -1-

 ブランカに着替えを手伝てもらった。

 わたしはこの里へ入ってから、黒い色の服しか身に着けなくなった。

 みなに聞かれれば、「喪に服しているから」と、答えたが、それが小さな私の反抗であることは、私の近くにいる者達にはわかっていたはずだ。ブランカも、きっと気づいている。黒は私を表す色だから。

 着替えを手伝い終えると、寝室から出て行こうとしたが、その前に開け放たれたままのドアに目を止めた。

「ミリアム様? 暖かくなってきたとはいえ、夜風は体に悪いかと、戸をお締めしてもよろしいでしょうか?」

「ありがとうブランカ、でもわたし、自分で閉めるから大丈夫」

「かしこまりました、では、失礼いたします」

 わたしが部屋をさがるブランカにお休みと声をかけると、彼女もまた笑顔を見せてお休みなさいませ、と、言葉を残して去っていった。

 わたしは疲れた体をベットに横たえながら窓を見上げる。白い光を放って丸い月が見える。ひどく疲れていた。慣れない服を着て、慣れない言葉をしゃべって、偽りの自分を演出する毎日。

 ほんの数日、一緒に過ごした少年を思い出す。

「君は今、どこにいるんだろう?」

 じっと、月を眺めていた。

 月が呼んでいるような気がした。

 わたしは気が付くと黒鳥の姿になっていた。そして、開け放たれた窓からその身を躍らせた。湖を渡る風が心地よく、私の体を通り抜けていく。山を覆う木々が月明りの中でくっきりとその輪郭を現す。水面に月が影を落とし、キラキラキラキラと揺れている。私は力の限りに飛翔した。まるで夢の中のようだった。私は月の影だけを追っていった。

 どれだけそうしてとんでいたのか、わからない。気が付くと大きなお城が見えた。月の光はその城の開け放たれた窓へと延びて行った。

 わたしはするりと窓を通り抜けて月の光が泊まる床の上に降り立った。しばらくその身に月の光を受けていたが、飛翔を終えた私は元の人間の姿へと戻った。

 その途端、少しばかり不安を覚えた。月の光がともる場所以外、真っ暗で見えない。

「ライト……」

 おそらく無意識に、私は会いたくて、会ったら今度こそ捕まえたくて仕方のない少年の名前を呼んだ。

「アレン」

 その時、私を懐かしい名前で呼ぶ声がした。

 その途端、私は部屋の中をはっきりと見て取ることができるようになった。

 ゆっくりと、部屋を見回す。

 部屋の片隅に置かれた寝台の端に腰かけて、わたしを見つめる彼を見つけた。



 俺は眠りにつく気分にもなれず、ベットの端に腰を掛けたまま、ただ時が過ぎてゆく。

 明日は、この城を跡にして、出陣するのだ。

 戦の準備は出来ていた。アディーレ村での作戦は戦というよりは一方的な殺戮、と言えたかもしれないが、今度の戦はそうはいかないだろう。

 小さな里で、少人数とはいえ、相手は全員が山の民なのだ。魔道士がいなくては、人数のみ揃えても勝つことは難しい。

 今回俺が率いるのは人間と、魔道士隊の混成部隊だ。そこに山の民も加わる。また、前回は意識の深いところを父に抑えられたままの参戦であったが、今度は自分自身の意志で戦わなくてはいけない。

 自信は……ある。だが、戦に出ていくことを恐れる気持ちも確実にある。そして、自分の手が血にまみれればそれだけ、あの、少女へとつながる道は離れていくのだ。

 明かりもつけず、暗がりの中で自分の考えの中に沈んでいた。ふと、あたりが妙に明るいと感じた。

 窓を見上げれば、丸い月が出ている。ぽっかりと美しい月夜だった。そういえば、彼女に出会った日もこんな月夜だった。

 ぼうっと眺めていると、月の中に黒い影が浮き上がる。

 徐々に大きくなっていくそれは、やがて翼をはためかせる、黒い鳥の姿になった。

 ……黒鳥?

 めったにその姿を見た者はいないと言われる、幻の鳥だ。見た者に不幸を引き寄せる不吉な鳥とも言われるその姿は、でも、美しい。

 その黒鳥は、開け放たれた窓を通り抜けると俺の目の前に舞い降りた。

 長い首を優美に振り上げて月の光に頭を向ける。力強くはばたかせていた羽を、今一度、大きく広げるとそっと、体に仕舞い込む。しぐさ一つ一つが夢のようだ。

 俺は、夢を見ているのか?

 あのまま、実は眠ってしまったのか?

 黒鳥はその輪郭をふるふるとふるわせて靄に包まれたかと思うと、また一つにまとまり一人の少女の姿となった。

 少女は黒い繻子の丈の長い夜着を纏う。高い位置で柔らかくリボンで絞られ、そこから体の線に沿うようにドレープが流れ落ちる。

 きれいだ。

 素直に思った。

 少女には俺が見えないのか?

 少女が胸の上に両手を重ねると少しうつむいて俺の名を呼んだ。

「ライト」

 と。

「アレン?」

 ひと月ぶりに彼女の声が俺の中に届き、俺は彼女の名を呼んだ。



 これは夢なのかもしれない。

 でもそうじゃないのなら、消えてしまわないうちに彼を捕まえなければいけない。

 わたし……ぼくは彼に向かって歩き出す。少しずつ。急に近づいたら、消えてしまいそうで。でももどかしくて。

 そしてぼくは最後にしくじった。

 もうすっかり慣れているはずのドレスの裾を踏んだのだ。

 ぼくは、声もなくライトに抱き留められて、そのまま倒れこんだ。でも、彼を捕まえて、今は上から顔を覗き込んでいる。

 ライトは僕の片方の腕と、肩を取ると、そのまま、今度は彼がぼくの上から僕を覗き込んでいた。



 少女は俺に向かって歩き出した。

 俺は魔法にでもかけられたように動くことが出来なかったが、彼女が自分の服の裾に躓いて、倒れようとするのをなんとか抱きとめようとする。

 そのまま倒れこみ、彼女の顔が思わず近くで俺を覗き込んでいる。

 体を入れ替えて彼女の上になる。夜気をまとって、ひんやりとした彼女の体が手の中にあった。


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