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暁の王国  作者: 観月
16/33

別れ -2-

 仰向けに落ちた。

 冷たい。

 重い。

 水面に夕日が赤い影を落とす。

 苦しい。

 その時、水面から、ライトが飛び込んだ。

 ミリアムは手を伸ばそうとして、もがいた。が、後ろ手に縛られた縄はちっともゆるんでくれない。

 ライトの手がミリアムに伸びる。

 ミリアムはライトに引き上げられながら彼の胸に下がる金の鎖を見ていた。

 鎖の先にはまあるい……

 ゆびわ?

 意識が遠くなる。

 その時、ライトがミリアムの体の下に回った。

 一瞬、ミリアムは何か大きなものに自分の体が押し上げられていくのを感じた。それは、そっとミリアムの体を取り囲み、水面へ、そして、大地の上へと押し上げていく。

 ああ、これ、ライトの、もう一つの姿なんだ。

 ミリアムは力を抜いて自分を包み込むものに体を預けた。ごろり、と、大地の上に吐き出されると、ミリアムはそのまま咳き込み、ひゅーっと息を吸い込んだ。そしてまた咳き込む。

 ライトが猿轡をときミリアムの体を起こして、抱き上げると背中をたたく。

 ミリアムは苦しい呼吸をしながら、大量に飲んだ水を吐き出す。

 しばらくそうしていると、やっと、呼吸が落ち着いてきた。

「も、もう大丈夫そう」

 苦しい息でそういうのを聞くと、ライトはミリアムから離れ、脱ぎ捨ててあった自分の服と、剣を手に戻ってくる。ミリアムが膝をついた姿勢のまま、ライトを見上げた。

 ライトの胸元には、水中で見たと思った金の鎖はもうなかった。

 ライトに縛られた手の縄を剣で切られた。

「脱げ」

 ライトが短くいった。

「はい?」

 ミリアムが答える。

「だから、そのびっちゃびちゃで、馬鹿みたいに重くなった服を脱げ」

「う……はい」

 ライトの声に気おされして素直に従う。

 重いドレスを脱ぎ捨てて、白いシュミーズ一枚になると、それはそれで、ミリアムもすっきりとした気分だった。立ち上がって、ぎゅーっとしぼる。水が滴る。

 ライトが後ろから、自分のシャツでミリアムをごしごしと拭いた。

「わ、いたい」

 あまり乱暴に拭かれたのでちょっと抵抗する。

「風邪をひく」

 ミリアムは振り返った。

「ライト、怒ってる……よね?」

「は?」

 思いもよらなかった、というようにライトは素っ頓狂な声をあげながら、目の前のミリアムと自分のシャツを交互に見た。しばらく考えた末、

「そうかもしれない。はい。これ着て」

 と言った。そうして、たったいま、ごしごしとミリアムをふいたシャツを渡す。

「その格好で大通りはさすがに気がひけるから、このまま、水路を渡ってかえる。まあ、途中塀の一つや二つは乗り越えるようになるかも知れないけど、たどりつくだろ?」

 先に立って、行ってしまいそうになるライトの手をミリアムが掴んでとめた。なんだか、またどんどんおいて行かれそうな気がしたのだ。

「……?」

 ライトが振り返って、ミリアムをまじまじと見ると、ああ! というような顔をした。

 逆に今度はミリアムの方がその表情の意味が分からない。

 ライトはミリアムに背を向けてかがむと「はい」といった。

「え?」

 ミリアムが戸惑う。

「靴をなくしたんだろう?」

「あ、うん」

 しょうがないのでミリアムはおとなしくライトの背に乗った。

 しばらくは無言で歩く。

 赤かった夕日が紫がかってくる。

「ライト、助けてくれてありがとう。あの、ぼくもなんであんなことになったのかよくわからないんだけど……」

 背中から声がかかった。

「あの恰好で共もつけずうろうろしてたら、だいたい想像はつくからいい」

「ごめん」

 ミリアムが言った。

 しばらく沈黙が続いたが、「やばい」と、ライトがつぶやいた。

「なに!?」

 ミリアムが不安になる。何がやばいんだろう。

「ミリアムのその格好を見てるよりはおぶった方がいいと思ったけど、胸が当たって、余計変な気分になる」

「なな、何を言ってる! 僕に胸なんかない!」

 と、ミリアムは思い切り断言した。

「おい、嘘つくな。じゃあ、この背中に当たる柔らかいモノは……」

「わー、変なこと言うなー。それ以上言ってみろ……!」

 血液が全部頭に上ってきた。

「ほお、他人の背中でずいぶんと威勢がいいな」

 ライトがミリアムのしりに回していた手をぱ、と放した。

「ぎゃー、落ちる」

 ミリアムがライトにしがみついてライトは窒息しそうになる。

 ぐ、と、くぐもった声をあげて、あわてて、ミリアムのしりを持ち上げた。

「おとなしくしてろ」

 自分で振ってきたくせに!

 ライトの首にきっちりかじりつきながら、ミリアムは憤慨していた。

 そんな二人を建物の陰から、ちらりと確認してくるりと踵を返すと、一目散にゴブレットの館へと取って返す猫が一匹。白に黒い斑のモモ。二人はモモの存在にまるで気づかなかった。


「あったかい」

 と、言うなりミリアムがくしゃみをした。

「あったかいのに、くしゃみはしない」

「あ、寒い。でも、ライトの背中があったかい。ライトは寒くないか?」

「濡れた服を着てる方が寒いと思う。さすがに、君に、下着まで脱げとは言えない」

「男の子だったらよかったね」

 ミリアムが言ったが、(もし、君が男の子だったらおぶってない!)という、心の声を、ライトは言葉にはしなかった。


 同じころ、ブレットの館では、右往左往、上よ下よの大騒ぎになっていた。

「ミリアム様は庭にはおりましたか?」

「いえ、くまなく探しましたが……」

「二階にもいないわ」

 階下で報告しあうみんなの前にアンジェが蒼い顔をして二階の部屋から降りてきた。

「すいません、ライトも見当たらないんです」

「まさか! この状況で二人でどこへ出かけたというのだ」

 状況を見ていたバルドロが剣を取ると表へ出て行こうとする。

「町へ探しに行くほかないでしょう」

 その時、裏庭にいたプリムローズが部屋に入ってきた。

「お待ちください。この者から、二人は無事との報告が」

 みなが振り返ると、アンジェの足元には白に黒い斑の細身の猫がすり寄っている。

「私のもう一つの姿は猫です。ですから、猫とは心を通わすことができますので」

「それで! ふたりはいまどこに!」

 ミラースが食ってかかる。

「もう、こちらへ向かっているとのことですが、暖炉に火をおこしておいた方がよいかと……お二人とも、ずぶ濡れのようです」

 女たちが、素早く火をおこしにかかり、別のものはタオルを用意する。てきぱきと二人を迎える準備をしていく女たちを前にバルドロ、ミラース、アンジェはただただ突っ立ているばかりだった。

 その時部屋の戸が開いて、時折水をしたたらせながら少女を背負った少年が姿を現した。

「ただいま」

 そういうと、少年、ライトはそっと少女、ミリアムを床に立たせた。

 あっという間に女たちがミリアムとライトをタオルにくるむと暖炉の前に連れて行き、また、別の女が温かい飲み物を二人の手に持たせた。

「無事だったのか!」

 ミラースが安堵の声を漏らした。

「ごめんなさい」

 ミリアムがうつむいたまま、小さな声で言った。

「川に落ちてしまいました。流されて、もうだめかと思ったんだけど、ライトが助けてくれました」

「なんと!」

 ミラースの手がわずかに震えているようだった。

 ライトはびしょ濡れのブーツを脱ぐと暖炉の火で、乾かそうとしている。頭から、女たちに渡された白い大判のタオルをかぶっている。

 ミラースはライトに深く礼を述べる。

 その場にいたみなも、あまりに小さくなったミリアムに、なんとなく、怒るタイミングを逸してしまった。

「ミリアム様、落ち着かれましたら、お召替えを」

 館の女主オリーヴが声をかけた。

「あ、ミリアム、ドレスはどうしたの?」

 プリムローズの問いにライトが答えた。

「あれを着ていられると、引き上げられないから、脱がせた」

「そ、そうよね」

 実のところは引き上げた後に脱いだのだが、事実を言うと、なかなか説明が面倒になる。ミリアムも、詳しい話は避ける作戦に出たらしく、ショックを受けたような顔をして、神妙にしている。

 こうして、ゴブレットの館で迎える最後の夜は、せわしなく過ぎて行った。


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