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暁の王国  作者: 観月
14/33

黒い悪魔 -3-

 暁の王家を倒し今や唯一絶対の黒の王となったザーナヴェルト。

 彼は、人間よりも山の民側に有利となるような政策を打ち出している。

 その一つに山を開墾することを禁じるという法もあった。

 魔道士が支配する世界において、争いのなくなった人間は、人口も増え、山を切り開き田畑としたりして、山の民の住む場所を奪っていきつつあった。黒のザーナヴェルト王はそれを食い止めるべく人々の住む地域を厳しく制限するという政策に舵を切っていた。

 中には、すでに開墾して人々が住んでいた土地さえ、黒の王の命令で退去させられる村もあった。王国の北西には深い山が多く、アディーレ村も山間の盆地に、あの戦よりも以前から人々が開拓し、生活をしている村だった。

 その村へ、黒の王からの退去命令が届いたのだ。村人はすべてこの地を離れよと。その書状には退去の期日も書かれていた。期日を過ぎれば、兵を差し向けるという。

 アディーレ村には周辺で同様の憂き目にあった人々も移り住んできていた。彼らは、農民でこそあったが、みな未開の土地を開拓して村を作り上げた猛者たちだ。

 村人たちは、その土地を出ては行かなかった。

 初めのうち、村人はやってきた黒の魔道士達を退けることができた。また、それと同時に周辺の村を明け渡す代わりに、この地にとどまることを許してほしいという、嘆願も出していた。


 そして、その日が来たのだ。


 その日、アディーレ村に現れたのは、百五十名程度の小隊、黒の魔道士が派兵する際の最小単位ともいえるほどの数。対して村人たちは、近隣から流れてきたものも含め七百から八百名までにも上っていたという。


「そして、黒の王の軍が現れて一日の後には村は全滅していたということです」

「全滅って、どういうこと?」

 バルドロに、ミリアムが尋ねた。

「生きている人間がいないということです。いえ、戦意を喪失し、武器を手にしなかった女こどもは少しばかり助かりました。だが、武器を手に持った者は、すべて殺されたそうです。勝敗が決しても、情け容赦なく、殺すことが目的のようだったとか。もちろん、魔道士が何人か混じっていたことでしょう。生き残った者たちはひとまとめにされ、敵の指揮官の前に引き出されたそうです。生き残った者たちが言うには、その指揮官は私より頭一つも小柄だったそうですよ」

「え? ずいぶんと小さな……! あ! すいません!」

プリムローズが赤くなった。

「いえいえ、かまいません」

 バルドロが笑顔を向ける。何しろ、バルドロは成人男子としては小柄な部類に入る。

「そう、彼は捕えられたものが引き出されると、椅子から立ち上がり、兜を脱いだと言います。どこもかしこも返り血を浴びた彼は漆黒の髪と瞳の、まだ子供だったというのです。そして彼はこう言いました」

『お前たちに任を与える。今日、ここで見聞きしたことを、伝えろ。私の名は、ザーナヴェルト・リヴァイス。今日よりお前たちをそのために生かす』

 みなが息をのんだ。

「ザーナヴェルト! 黒の魔道士本人の名ではありませんか! そんなことが……?」

 ミラースがつぶやく。プリムローズが寒くもないのにぎゅっと己の腕を抱いた。

「そうですな。まさか、本人ということはありますまい。ただ、後継者を見つけたということか、実際にかのものの血をひく者か。私は生き残った子供から話を聞いたのですが、話し出すと、ぶるぶると震えるのですよ。よほど恐ろしかったのでしょう。悪魔のようだったと。その黒髪の少年はそれ以降私どもの間では黒の悪魔と呼ばれているのです。ただ、彼が表舞台に出たのは、その一度きり。それ以降も、まったく姿を見たというものもない」

 窓から差し込む日の光は柔らかなのに、ひんやりとした空気が部屋を包んだ。


「アンジェ……」

 ライトとアンジェは庭の中の東屋へと移動していた。

 館の中ではどうしても人目がある。

 この東屋は秘密の話をするにはうってつけだった。庭の中にぽつんと立った東屋はいい具合に周りに木が生い茂っているし、近づく者があれば容易に気配を感じる。

 うすら寒くなるようなバルドロの話の後で、館の女主人オリーヴがみなにお茶を振るまった。そのカップを片手に東屋までやってきていた。

「はい」

「かしこまらなくていい。そのままでいろ。誰かに見られると面倒だ」

 とっさにひざまずこうとしたアンジェにライトが声をかけた。

「黒の悪魔かぁ」

 ライトは、力なくつぶやいた。

「そんなに自分が有名になってるとは知らなかった、いや、有名になるようにしたんだけど。ここ一年が成長期で良かったね。今の俺は小さな子供には見えまい。それにしても、俺がバルドロ殿より首一つ背が低いって? いくら一年前でも、そこまで低くなかったと思うんだけどねぇ。話が大きく、いや、小さくなってる」

 ぷ。と、ライトは小さく吹き出した。

 アンジェはうつむきがちな自分の主人を見る。この少年の涙を見なくなったのはいつからか? そのかわり、よく笑う。時には何の感情もなく、時には自嘲するように。胸が痛くなる笑いだ。

「ところで、王女一行の出立は明日の早朝だったな」

 ライトはほとんど唇を動かさず、その声はかすれて溜息のようだ。

「はい」

「では、今晩のうちにここを出る」

「かしこまりました」

「行先は黒の魔道士タタールの砦」

 アンジェは驚いたように顔をあげる。

「あの者のもとへ帰ると!?」

「アンジェ……」

 ライトは大きく見開かれたアンジェの瞳を静かに見返した。

「俺が、一番避けなければならないことは、父に捕えられることだ。今のうちならば、自分の意志で戻ることができる。自分の意識を父に操られるのだけは避けなければならない。父に操られて、人形になるくらいなら、自分の意志で悪魔に戻った方がいい」

 混乱、そして焦りがアンジェを襲った。

「お待ちください。では、アレン……ミリアム様と剣を交える覚悟がおありということですか!?」

 束の間の後ライトは静かに話し出した。

「アンジェ、俺はあの子と約束をした。君を守ってやると。アンジェも言ったな。助けると決めたなら、最後まで責任をもて、と。だから、俺が果たしたいのはそれだけだ。敵になろうが、剣を交えようが、最後にあの子を助けられればいい。もしかしたら、俺の姉になっていたかもしれないあの子。」

 静かな沈黙。


 


 一七年前、運命の夜。


 


 黒の魔道士を前についに倒れこんだアンジェの上に一人の少女が覆いかぶさった。

 霧の谷のエレンディル。山の民から暁の王家に嫁ぐ予定だった十六歳の少女。生粋の山の民の持つ美しさ。

「この者を殺すなら、私と一緒に殺しなさい」

 涙にぬれた顔をきりりと振り上げて黒い王を見返す。

 たった一つの彼女の武器は、何とも頼りない自分自身なのだった。

 血にぬれた、黒の王の手が少女の白い手をつかんだ。ぬるり。と、血の跡が筋のようにエレンディルの腕に赤い線を引く。そのまま、少女を引き寄せようとする。

「いやよ!」

 エレンディルは王の手を振り払うと気を失いかけているアンジェの首にしがみつく。

「私は、アンジェのもとを離れない。このまま一緒に突き刺せばいいでしょう」

 アンジェは薄れていく意識の中で驚きをもって、自分にしがみつく少女の肩に手を回した。死を覚悟しながら、意識がなくなった。

 死ぬのだ、と覚悟した……。

 だが、アンジェは再び目を覚ました。黒の魔王の住む宮殿の奥で。そして、過酷な出来事に見舞われ、抜け殻のようになったエレンディルを守るためだけに生きた。そうするうちに、エレンディルが身籠ったのだ。

 黒の魔道士の子を!

 だが、その子の存在がエレンディルに生きる力を与えた。

「ライト、ライト、私の光。」

 驚愕と焦燥、そして怒り。ライトの存在はアンジェをかき乱した。半分は憎んでも憎み切れない男の血、そしてもう半分は命に代えても守ろうとした女性の血。

 黒の魔道士は、子どもが生まれたからとて、特別に興味を示しはしなかった。抱くこともなかったし、顔を見に来るでもなかった。

 エレンディルに乞われて、ライトの相手をしたり剣を教えているうちに情が芽生える。ニコリと笑った時の面影が大切なその人と重なった。

 

 そして、二度目の運命の日が訪れる。


 アディーレ村掃討作戦の指揮官に十五歳になって間もないライトを父が指名したのだ。ライトは最後まで抵抗した。いらだった黒の王は薬と魔術でもって自分の息子の意識を奪った。生きる繰り人形となったライトは世間に血塗られた恐ろしいまでの登場をして見せたのだった。ただ、ある意味華々しい登場とは裏腹に、エレンディルとアンジェのもとへ帰り着いたライトは深く傷ついていた。父の呪縛が解かれてもなお、ひと月ほどは彼の意識は彼の奥深くへともぐりこんだまま、目を覚まそうとはしなかった。

「アンジェ、私の最後のお願いを聞いてほしいの」

 アンジェの運命の女が言った。

「私はいいの、もう大丈夫。お願い、ライトを連れて逃げて。ライトを助けてほしいの。これからはライトとともに生きて! 私の代わりにあの子を……お願い!」

 断れるわけがなかった。

 もう何年も、アンジェはこの小さな、美しい主のために生きてきたのだから。

 彼女の願いをかなえるためだけに生きてきたのだから。


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