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暁の王国  作者: 観月
11/33

プリムローズ -4-

夜も更けたころ、アンジェはひとり町を歩いていた。ほぼこの町の中は歩いた。

 最後にライトの言っていたゴブレットの館の場所を確認しておこうかと思い立ち、朱門の前に立っていた。昼間とは打って変わって、にぎわった一角。飲み屋もあれば飯屋もあるが女たちが窓から色目を使う怪しげな店もある。客引きらしい男が店の前で揉み手をしている。

 アンジェはため息をついた。

 どうも、朱門の少し手前から、しつこい男が後ろをついてくるのだ。その手の女と勘違いしたのか? ズボンはいて、刀ぶら下げた女郎もいないと思うが、何しろ相手は酔っ払いだ。たたききって構わないというのならアンジェの敵ではないが、あまり騒ぎをおこせない。男はついに声をかけて、まとわりついてきた。

(……うるさい。どこか人目のないところに引きずり込んでやろうか?)

 と、物騒な考えが頭に浮かんだ時、目の前に白い壁のちょっとこの辺には場違いに見えるしゃれた建物があった。入口のステンドグラス。まあ、普通の家としては多少派手……ともいえるが。二階にはバルコニーらしいものもついている。

 入口の戸口の前の軒先にぶら下がったゴブレットの模様の看板のみが、ここが一般の家でなく、店であることを示していた。アンジェはするりと、店の中へ入った。

 ステンドグラス越しに伺うとさすがに男はこの店の中までは入ってこず、立ち去る気配がする。

「あの、お客さま、本日はギルガロン様の貸切パーティーとなっております」

 アンジェが後ろを振り返ると、アンジェよりは少し背が低いだろうか。それでもすらりと背の高い見事な金髪ををまとめて結った、真っ赤なドレスのとても美しい女が立っていた。

「申し訳ありません、すぐに出ていきます。変な男につけまわされたもので、思わず店内に入り込んでしまいました」

 すぐにもドアに手をかけて出て行こうとするのをその女はとめて、それはお困りでしょうというと、少し後ろからこちらの様子をうかがっている白髪の老女のもとへ行き、一言二言何やら話していた。そして、ソファーに座り女に酌をしてもらいながらくつろいでいる雰囲気の初老の男の前にひざまずく。

「ギルガロン様、あちらの女性が怪しい男に付け狙われてお困りとのこと、もしお許しいただけるならば、裏から川辺へと案内いたしたいのですがよろしいでしょうか?」

 ギルガロンは盃を手にしたままアンジェの方へ手をあげて見せて、「あちらの御嬢さんが?」と、金髪の女に聞いた。アンジェは進み出て、キルガロンの前にひざまずいた。

「アンジェと申します。せっかくおくつろぎのところをお邪魔してしまい申し訳ございません。すぐに退散いたします」

「いや、困ったときはお互い様です。遠慮することはありません。しかし、あなたのような女性が逃げ出すほどの屈強な男とは、興味がわきますね」

 アンジェは女性でありながらもがっしりとした体格。並みの男性ほどの背丈もある。しかも、腰には二本の刀がぶら下がっていて、ズボンの足元は編上げのブーツだ。

 アンジェは困ったように微笑んだ。ギルガロンという男は、髪に白いものが目立ったが、こうして近くで見ると、以外にも若そうにも見える。灰色の目は穏やかに笑みをたたえているようだ。

「戦ならばあのような男、おそるるに足りませんが、このように美しい街で、刀を抜くような騒ぎはおこしたくありません」

「ありがとうございます。いえ、私はこの町の領主なのです。町をほめて頂ければ嬉しい限りです。このリヴィエリの町は、黒の魔道士様にも自治を認められており、昔も今も変わらぬ姿を残しております。そうだ、アンジェさん、この店の裏の川辺には私の舟がとめてあります。従者がおりますので朱門の外まで送らせましょう」

「いえ、そのような……」

 と、アンジェが辞退しようとしたが、周りにいたものからも、そうだ、それが良いだの、そうしてもらいたまえ、だの、女たちからはさすがはギルガロン様でございます。などの声が上がり断りずらい雰囲気となっていた。結局金髪の女に案内されるまま、裏へ通ずる戸口から塀に囲まれた細い廊下のようなところを通り抜けると、一艘のゴンドラが泊まっていた。

 女が何やら指示を出すと、わかりました、と船頭が軽く頭を下げた。アンジェが促されてゴンドラに乗り込もうとする。

 その時、一匹の猫がアンジェに続いて船に乗りこもうとやってきた。水が嫌いな猫が船に乗ってくるなんて、と、アンジェはびっくりする。

「あら、モモ、お前も行くの? では、アンジェさんをお送りしてきてね」

 美しい女が白に黒い斑が少し入った猫を撫でると、猫はすっと船に乗り込んだ。 あわててアンジェも猫に続いて船に乗り込んだのだった。


 次の日。リヴィエリの町は昨日の晴天から一転、厚い雲に覆われ、薄暗い影に包まれていた。その薄暗さが、アレンの不安を大きくさせる。

 とりあえず3人はプリムローズからの連絡を待つことにする。

 それまでは、昨日のお互いの小さな冒険譚を語った。

 3人は、アンジェを逃がした金髪の女がおそらくプリムローズであろう、と見当をつけた。何しろ、アンジェは猫に見送られて、宿まで帰ってきたのだ。白に黒い斑のモモは、ちゃんとアンジェを宿まで見送るとくるりと踵を返して夜の街へ消えて行った。その話を聞くとアレンは「その猫に会いたかった」と言った。

 魔道士は、己が真の姿と同じ種類の動物と心を通わせることができる。とすると、プリムローズの真の姿は猫ではないか? という結論に至る。それはそれで、何となく納得がいくのだ。とらわれることを嫌い、自由に生きようとするプリムローズが猫の持つ性と重なる。

 お昼近くになるころ、部屋の扉が静かに開いてプリムローズが戸口に姿を現わした。そして、とん、と開け放たれた扉をたたいた。長い金髪を三つ編みにして後ろにたらし、服も、町の女が着るような地味目の服に前掛けをかけて、どこのかわいらしいおかみさんかしら? といった出で立ちだ。

「プリムローズ! ノックは扉を開ける前にするもんだよ?」

と。突然開いた扉に多少驚きながらライトが言った。

プリムローズは扉を閉めると、部屋の中を見回し、アンジェの顔を見て眉をあげると「夕べは災難だったわね」と言った。

「ああ、世話になった」

 アンジェはあらぬ方を見ながら力なく笑い頭をゴリゴリと掻いた。こちらは、おかみさんに叱られる情けない亭主といった様子だ。

「プリムローズ、父さんのことは、何かわかりましたか?」

 アレンが聞く。

 プリムローズはアレンの顔を覗き込むと満面の笑顔を見せて「もちろん」と答える。

「彼は今朝のうちにリヴィエリの町に入ったわ。アレンとはぐれてから、しばらく周辺であなたを探していたそうよ」

「父に会ったの? 今どこにいるの? ここには来ないの?」

 はやるアレンに、待って! というようにプリムローズは胸の前で手のひらを広げる。

「すぐに連絡せずに悪かったわね。わたしも、詳しい話を多少なりとも彼から聞きたかったのよ。それで、あなたの父親のバランシェット村のミラースはゴブレットの館にいるの。あなたたちにも、ここを引き払って店の方へ移ってもらえるかしら? あなたたちに関しては、私だけでなくゴブレットの館が、力を貸すわ。母さんにも話して、了承を得ているの。あの館は、そういう場所よ。過去から幾度となく、この町の実力者たち、時には魔道士たちに陰ながら力を貸してきたわ。一つだけ、決まりがあってね、気に入った人、気に入った頼みごとにしか力は貸さないのよ!」

 それだけ言うと、店で待っているわ、と、来た時のようにあいさつもなく消えて行った。

 


 アンジェは眉をひそめた。確かに、アレンを無事に山の民のもとへ送り届けるには何者かの力を借りた方がよいのだろう。あの、「ゴブレットの館」が、どういった人物とつながりがあるのか。暁の王家のサイドからも、黒の魔王のサイドからも、できるだけライトを遠ざけていたいアンジェとしては思案のしどころだった。……引き際かもしれない。せっかくライトに初めてできた友達だけれども、彼女が暁の王家の最後の姫ともなれば彼女一人の問題ではなくなる。万が一にも封印が解け、真の姿が鷲であれば、正当な王位を継ぐ者となるのだろうし、そうでなくとも、鷲の姿を持つ王が現れるまでの旗印としては十分な生い立ちなのだ。そしてライトも、彼の素性が公のものとなれば、どちらのサイドからも、狙われる存在となる可能性があった。この少年と少女が、剣をぶつけあうような未来は避けなければならない。いつでも、立ち去れるような準備だけはしておかなければ。

 そう思ってライトを見ると、荷物を片付けていた彼はアンジェに気付き、そばへ来ると小声でささやいた。


「そんな顔をしなくても、わかっている」


 思わずアンジェは口元を手で覆った。ライトはもう、何もなかったように荷物をまとめている。

(この子は生まれてから、どれだけのものをあきらめてきたのだろう? 時には自分自身の心さえ、いいように操られ、蹂躙されながら……。

 私は知っている。彼の中にあるもの。激しい怒り。何もかも諦めながら心の中に固く積み上げられた怒り、いつかその怒りが彼を突き動かす時が来るのではないか? きっと、私はそれを恐ろしいと思う。でも、それでも、私は最後までこの少年のもとにいたい)

 アンジェは人知れず、小さな誓いを立てた。



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