1 日常
本編の始まり始まり
「月哉様~」
情けない声が教室内に響いた。
声をあげたのは、立花垂穂。
平凡顔ではあるが、クラス分けを成績順でする我が校において、一応Aクラスに所属する頭脳を持つ、庶民出身の才能に溢れた人間の一人である。性格の素直なことも相まって人を引きつける。よって非公式ながら親衛隊持ち。
馬鹿ではない。馬鹿ではないんだけど、馬鹿じゃないのかと思うぐらい極度に鈍感な部分があり、KYな言動で周りを振り回す。
対して大きなため息をついた斎城月哉。
同じくAクラスに所属する、うっとうしい前髪&分厚い眼鏡がトレードマークのオタク。関西方面の名家斎城家の分家の分家、名前だけ斎城とか言われているが、最近着々と信者を増やしているらしい。
幼なじみグループの帝王サマとその仲間達の中で唯一高等部からの編入生で、親衛隊なし……なのを侮ってちょっかい出した馬鹿者共が帝王サマ達に蹴散らされたのは記憶に新しい。
「俺はね、ゲームをするなって言ってないの」
「重々承知しております」
自席に座る斎城の前に正座して立花は深々と頭を下げた。
会話から考えるに寧ろオタクは立花な気がする。
ソレはともかく、妨害する人間がいない隙を狙っての行動だというのは、クラスメイト全員にバレているぞ、立花。
「口だけだよね」
もう一度、斎城がため息をつく。
そしてその全員には斎城も含まれていると思うぞ、立花。
教室の中は生ぬるい雰囲気が漂っている。すでにいつものやりとり、だ。
多少の入れ替わりがあってもほぼ1年からのクラスメイトばかり……実を言うと中には中等部・小等部・幼稚舎まで遡っても一緒な1年どころの付き合いじゃないのもいる。
立花は斎城の脚にすり寄り、更に甘えた声をあげる。
「ホント反省してるって」
聞いているクラスメイトは全員思ったはずだ。
「今だけ、ね」
と。
実際声を出したのは、紫藤真大。
日本舞踊の名家、紫藤家の跡取り息子。たおやかな動きで魅了される人間続出。当然ながら親衛隊持ちの、学力さえ後少しあればSクラス入りだったであろう有名人。
茶道の師匠が紫藤家の跡取りでなければ是非養子に欲しかったと言ったとか言わなかったとかの腕前で、現在2年でありながら茶道部部長。
希望者には御曹司自ら日本舞踊の手ほどきも受けられるとかなんとか……真相はしらない。知っているのは、入部するのが超難関な部活動の一つに茶道部が含まれているってことだけ。
「おかえり」
お呼び出しを受けていた紫藤に柔らかく斎城が話しかける。
「ただいま」
持っていた冊子で軽く立花を叩いた紫藤がにっこり微笑む。辺りにキラキラが舞い散った気がした。
空気を読まない……いや、読めない立花が二人の和やかさをぶち壊す。
「真大も要に馬鹿扱いされるといいのに!」
うん、大分馬鹿にされているな。相手は学年一位だ。
「……垂穂。月哉はどうだかしらないけど、俺も春来も手を抜いてこの順位なの。試験前になってお友達に泣きついて試験対策用の要点だけ頭にたたき込まれるお前とは違うの」
「くっ」
「それにお前が落ちそうなのは春来が探り入れて仕入れて来た情報で、要が更に確認した、紛れもない事実だから」
畳みかけるように紫藤が話す。クラスメイトは知っている。たおやかで優しげな和風美人なこの男が決して外見通りの男ではないことを。
「月ぃ~、真大がいじめるぅ~」
足に抱きついて訴える立花。斎城はまたため息をつき、それでも立花の頭を撫でた。
そんな二人に苛立った紫藤……とは言っても表情は優しげなままである……は立花を追いつめる。
「1年から2年は何とかなったけど、2年から3年も何とかなるとは思うな」
「真大、垂穂もわかってるから……」
「月哉、お前は甘やかしすぎ」
ぎゅうぎゅうしがみつく立花がうっとうしくなったのか、斎城が助け船を出すも紫藤に切り捨てられる。
「甘いかな?」
いや、甘いですよ、自覚なしですか。
「甘い。激甘。なんで垂穂にだけそんなに甘いの」
「あー……甘えられると弱いから? 弟みたいな感覚?」
「俺、月哉よりでかくなったんですが……」
少し前まで立花は斎城より小さい位だったが、ぐんぐん延びた。おかげで帝王サマの機嫌が少し傾いていることをクラスメイトは知っている。
「「「身長だけね」」」
「そんなとこで声を揃えんな!」
いつの間にか現れ、斎城・紫藤と声を揃えたのは赤石春来。
色素の薄い髪に瞳、長い髪はさらっさら、すらりと高い身長、整った顔立ち。聖代の王子様と呼ばれているこの男に親衛隊がないわけがない。
経済界のドンと呼ばれる爺様がいて、跡取り候補の一人。微妙にSクラスラインに成績が足りない為、筆頭ではないらしい。筆頭である従兄弟はSクラに在籍。二人の仲は悪くはないそうな。
ゆるふわで軽い言動からチャラ男、ひいてはタラシに見られがちで、そういう噂もちらほら立てられるが、意外に硬派とみた。
「春来までなんだよ!」
「どーせ俺たちがいない間に、タレちゃんたら月ちゃんに甘えてたんだろ?」
「タレちゃん言うな! 俺の名前はたるほ!」
「ぴったりじゃないか、甘ったれのタレちゃん」
「「なー」」
主役は最後に……とでも言いたいのか、取りに現れたのが帝王サマ……まぁ俺が勝手に呼んでいるだけだが……鈴木要。
一般人のはずなのに、そして平凡顔なのに、それを補って余りあるカリスマ性……俺様とも言う……顔と身長以外は並以上。家柄さえ良ければ、この平凡容姿でも、生徒会長に選ばれていただろうとまことしやかに囁かれている。このクラス内で。
そして小規模ながらも親衛隊あり。とは言いながら、帝王サマも王子様も御曹司もタレちゃんも皆非公式なんだよな。
帝王サマとその仲間達の意に添わない行動をしない限りにおいて黙認されているだけにすぎない。
「月ぃー、要と春来と真大がいじめるぅー」
しがみついたままだった斎城の脚に顔をぐりぐり擦りつける立花。不穏な笑みを浮かべた鈴木。
「それのドコが甘ったれやないって?」
ソコへ響くは関西弁。このクラスで唯一関西弁をしゃべる柏木鷹也。そう言えば、斎城家は関西の名家だと聞いたが斎城は関西弁でしゃべらないな。
「柏木は俺の味方じゃないんだな……」
悲劇のヒロインでも目指すつもりか、立花がよよよとでも泣き伏しそうな風情で呟いた。
「要に負けるなんて……」
「どういう意味だ、ゴラッ、アア?」
堪忍袋の尾が切れた帝王サマが不良にジョブチェンジ。学年一位が問題児ばかり集められたFクラに行くことになったら担任がショック死しそうだ。
「引っかき回さないでくれる? 柏木」
「へえへえ」
斎城の冷静な一言に引っかき回す気まんまんだったろう男はあっさり引き下がる。この柏木こそ斎城の信者の一人である。
ぐっと首を伸ばし斎城の顔へ近づく立花に気づき、斎城が立花へ耳を傾ける。
ひそひそと何事かしゃべった立花に斎城が一言答える。
その返答で何事かを納得したらしい立花……って! 立花の両腕が斎城の首に回されそのまま椅子から引きずり落とす。
いきなりの行動に抵抗する間もなく自分の上へ落ちてきた斎城を床に座ったまま軽く受け止めて、そのまま胡座の中に収めるとぎゅっと抱きしめる。……オイオイオイ。
「なにをしているっ!」
柏木にニヤッと笑った立花を見て、なるほどコイツも信者だと気づいたのかと思う。が、柏木をからかう為に、お前は危険な選択をしたな。
怒り狂って手まで出た鈴木を振り返って、立花はまた笑う。
「要に負けたワケじゃなくて良かった」
「はあっ?」
ますます猛り狂う鈴木。
お前の度胸は並じゃないよな、立花。
位置的にその両者の間に挟まれることになった斎城は大迷惑だと思うぞ。
「落ち着け、要。放せ、垂穂。そして、真大と春来は笑い止め」
おや、冷静。
「ちっちゃいよね、月イッ!」
全方向敵に回すのはやめた方がいいと誰もお前に教えてくれなかったんだな……。
斎城の頭突きが立花の顎へ見事にキマった。