鈴木要 Suzuki Kaname
紹介編 五人目
「要」
人通りのない廊下で俺を呼び止めたのは、よく知る声。
「なんのようだ」
振り返ると使っていない教室の窓に隙間が空いていた。
「斎城のことで」
「誰かが手を出そうとでもしているのか?」
「図書館でいちゃついてたらしいな」
「真大か?」
あれをいちゃついていたというのかは知らんが、一番接近していたのは真大だろう。
「それもだが、垂穂」
「はあ? 垂穂が月哉にべったりなのは今更だろ」
ああ見えて、垂穂には立花君を見守る会などと言うモノがある。
あるが、奴らの活動は本当に見守ることで、荒事には関わらないはずだ。
垂穂一人で窮地に陥った場合、俺達に伝えてくるというちょっと使える部分があるから見逃していたが、潰しておくべきだったか。
「見守る会じゃないぞ」
「あん?」
「お前等は不可侵なんだと」
「馬鹿らしい」
「ぽっと出の斎城が垂穂と同等の扱いを受けるのが許せないらしい」
公式は認めず潰しまくったのが裏目に出たか。
「4月に新入生が入ったからな、お前等への恐怖が薄まったんだろう」
幼稚舎から小等部はだいたい同じメンバーで、中等部で少し定員が増える。そして高等部では更に……つまりこの高等部新1年生全体の4分の1程度が新しい顔。
「気をつけておこう」
月哉が自分の身を守れないとは思わんが、前もって言っておくべきだろう。
後、真大と春来に……メンバーの現在の居場所を推測しながら、とりあえずは月哉へと足を踏み出した。
「要」
その声音に足を止める。
「なんだ」
「俺は……」
「お前が選んだ場所だろ、そこは」
嫌みに聞こえることは百も承知でそんなことを言ってみる。ま、実際半分くらいは嫌みだが。
「……わかっている」
「俺達はお前の意志を尊重しているよ、志吹」
尊重も何も、本当のところは、お前が口出しする権利を俺達に与えなかっただけだと思っているがな。垂穂以外。
「かなめ……」
お前が俺達を助けを求めたなら俺達は何かしただろうお前のために。
そして、たとえ結果的に何もなせなかったとしても、それでも、お前の側には俺達がいただろうさ。
でもお前は一人で決めた。一人だけで。
あの時は激怒したけど、今振り返れば単に俺達は淋しかったのだ。ただ、それだけ。
ま、ソレが分かって、ソレを認めたところで、俺達と志吹の今が変わるわけじゃない。
お前が俺達に手を伸ばさなきゃ意味がない。
俺達が必要ならばそうすべきだろう?
ついでに言うなら、お前が手を伸ばすべき相手は俺じゃなくて垂穂と真大であるべきだ。
なんだかんだ言ってもこの学園内で距離を置いたところで、俺や春来は家同士の関係で学園外では関係を持たざるを得ない。
そう、お前が真に切り捨てたのは、俺と春来ではなく垂穂と真大なのだから。
なんて丁寧に説明してやる気はない俺は黙り込んだ志吹に再び背を向ける。
「じゃあな」
「と、言うわけだ」
「お前、ソレ、いけずって言うねんで」
「はあ? ……俺はお前に気をつけろと言ってるんだが?」
「それは置いといて、なんでそんな意地悪すんの? お前から水向けたってもええやろ」
俺は基本的に月哉に隠し事はする気はないどころか、敢えて知りたがってもないことも話して聞かせてきたが、これはしておいた方が良かったかもしれない。
「めんどうくせぇ」
想定していなかった説教モードに本音をこぼす。
「めんどうくさいちゃうわ。俺にとって知らん人間の為に言うとんちゃう、お前の為じゃ」
「なにがだよ」
「その志吹もそう、垂穂もそう。なんでお前は大事な人間に素直になられへんねん」
痛いところを突かれて一瞬黙り込む。
「……お前には素直だろ」
言ってからこの返しもどうかと思った。
「お前……」
そんな哀れんだ瞳をすんな。
「わかっとるみたいやから、まぁええけど、後悔する前になんとかせぇよ」
……これだから欲しかったのだ。まだ学生の間という期限付きだが、それを一生にする気である。
本当に必要なのは社会へ出た時、もっと言うなら、俺が頂点に立った時。
「それよりお前の……」
「わかっとる。心配すんな」
安心させるように笑う。男前だな、お前。
「ホント、早く俺のものになれよ」
「なったってもええけど。雪ちゃんや花に殺されんで?」
「兄貴はともかく、弟はなにをしようが俺のこと嫌いだろ」
「よぅわかっとんやん。雪ちゃんはなぁ、俺がどこへ行こうが誰といようがなにをしようが、俺が雪ちゃんのもんやってコトに変わりはないことわかってんねん、ただ側におらな寂しいな、出来れば自分の補佐をして欲しいなってだけで」
「早く弟離れしてもらえ」
「してるって。アレは単なる嫌がらせや」
アレを嫌がらせで片づけるか……。
「俺の上に立つかもしれん男やってわかってるから本気で潰しにかかってへんやろ」
「いや、アレは潰れるなら潰れてしまえ、お前は月の上に立てる男じゃなかったってことだって言ってる気がするが」
「そうか? でもアレ本気ちゃうで? ホンマに」
「……お前の兄貴がどんだけ怖い男かってことがよーくわかった」
そんな男から奪わなきゃならないってことを考えると頭が痛い。
諦める気はさらさらないが。
「それよりもマジ気をつけろ。俺が兄貴に殺されないようにな」
「わかってる」
紹介編終了