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全身に力を込める。俺の体が急に謎の加速。次の瞬間には俺は女生徒の手を掴んでいた。
謎の加速、と言うと語弊があるかもしれない。少なくともこの力は俺自身の力だ。なぜだか知らんがそれが自分で分かる。
女生徒は何が起こったのか理解していないだろうが、俺自身も呆然としていた。
何?突然不思議な力に目覚め、人を助ける?一体どこのヒーローだよ。それならなぜ今までその力目覚めなかったか理解できん。
ただひとつ可能性としてあるのはやはり…なぁ
そうとしか考えられない。非現実的な現象と言えばあれ以外思いつかんし、あれがあった直後にこれだ。ほぼ間違いないだろう。
するとなにか?血を吸う代わりに何か恩恵があるってか?
ふと、寄生虫は宿主のエネルギーを奪う代わりに宿主の健康を保障する_とかいうTV特集を思い出した。
俺もアイツとそんな関係になってしまっているのだろうか、考えただけで気味が悪い。
ちなみに、俺が助けた女生徒は俺が助けた途端、顔を真っ赤にして走り去っていった。当然、名前すら聞いてない。
ま、俺としてもこうなってくれて助かったと思っている。もし色々聞かれたら困る。
あの生徒が恥ずかしい思い出として今の出来事を忘れ去ってくれることを祈ろう。
そのまま体育館へ向かったそのときの出来事を見ていた者がいたことに気づくことは無かった。
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んー!手を上げて伸びをする。
始業式ってのはどうしてこうもつまらんのだろうか。気弱そうな生徒会副会長の司会のもと、長い長い校長の話から始まり最後教頭が締めるまでずっと小難しい話。聞きたくも無い俺は頭の中を整理していた。おかげで校長の話すらほとんど覚えてねぇ。ま、9割9分どうでもいい話だろうからどうでもいいが
周りの連中も軽くジャンプしたり俺みたいに背筋伸ばしをしたりしている。
そろそろ俺らのクラスが体育館を出る番かという頃アナウンス。
「2年D組の百鬼君、放課後生徒会室へ来るようにお願いします。繰り返します…」
昔教師が言ってたんだけどさ、こういうときの「繰り返します」が不適切だとかどうとか。なにがどう不適切なのかは一切覚えてないけどな。
「言われたことを一度で覚えられない奴は将来困る」だったっけ。
教師が力説していたことは覚えてるんだが内容が全く思い出せん。
俺達が出る番になり教室へ帰り、流れ解散となった。
俺もさっさと用事を済ませ帰宅すべく、生徒会室に直行した。
生徒会室に到着。生徒が一斉に帰宅する時間のはずなのに生徒の姿が一切見えない。少し不気味だ。
生徒会室からも何かプレッシャーを感じる気がする。
息を飲み、そしてノック。
「先程呼び出された2年の百鬼ですが」
すぐにドアが開く。そこに現れたのはメガネをかけた短髪女生徒。
「入って」と促され生徒会室に入る。
中にいたメンツを見たゾッとする。
「長瀬…、それに相沢…」
そこにいたのは少し困ったような顔をした長瀬と、腕を組み俺を凝視する相沢だった。相沢は朝以降どこで何をしていたのだろうか。
いや、そんなことはいい。今大事なのはこのメンツがなぜ生徒会室に集まったのか、だ。十中八九 いや9割9部9厘。間違いなく今朝の騒動のことについてだろう。でなきゃ長瀬と相沢、そして俺が生徒会室に集まるなんてことになるはずがない。
となると思いつくだけの可能性は2つ。1つ目はあの光景を誰かに見られた。そしてもうひとつの可能性は…
「愛華、これが例の人であってるの?」
「ええ、間違いないわ。彼よ」
「初めまして、アブラムシ君。私はここの生徒会長。3年の聖沢椿よ」
生徒会室にいて当然の存在。生徒会長。さっきの始業式の時も姿を見ている。この言葉が俺に向けられたことは一目瞭然だ。しかしアブラムシ君ってなんだ?
「俺百鬼っすけど。百鬼有紀」
「そんなことはどうでもいいの」
おいおい、生徒会長がこんな意味分からん奴でいいのかよこの高校。
聖沢は嘗め回すように俺の体を見ている。なんだか恥ずかしい。
「こんな特徴の無い男がねぇ。それに今見た感じ全然そんな気配が無いのだけれど」
「いいえ、間違いないわ。私が断言する。生まれてから今まで味わったことの無いあの感じ。最初は私も信じられなかったわ。でしょ長瀬」
「ああ、俺もそう思う。まさか実在してるなんて現実は小説より奇怪なりってか。でも不思議だな。今はあの時のような気配が一切無いぞ。血の匂いはするけど」
何いってんだかさっぱりだ。
「ま、あなたが嘘をつくなんて思えないし、本当なのでしょうね」
物は試しね。百鬼君、ちょっと と生徒会長が手招き。
生徒会長に少し近づいた。
__次の瞬間には、俺は首筋に噛み付かれていた。
…マジで?
生徒会室で俺の血が吸われている。生徒会長に。
人がいるはずなのに嫌なほど静かに感じられる部屋内。屋内なので今朝以上に俺の今の状態が実感できる。
何か異物がある感覚はするのに不思議と痛くない。そして体から何かが抜けていくような…実際血が抜かれてるけどな。
2度目だからだろうか、少し余裕があった。本来余裕なんてあっちゃいけないものなんだがな
なんて考えているうちに生徒会長が俺から離れ、今回はわりとアッサリ開放された。
生徒会長は大きく息を吸い込み、声を出す
「あなたって本当にアブラムシね」
アブラムシが一体何を指しているのか、そのときの俺が知る由も無かった