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少なくとも4年ぶりに、もしかしたらそれ以上ひさしぶりに、希人の部屋に入った。主を失った部屋は、棺桶のようだ。目に付く場所にほこりが溜まっていないから、母親が定期的に掃除をしているのかもしれない。
刻人が兄の部屋に来たが、何か考えがあるわけではない。あえて理由をあげるなら、兄にどうしたらいいか教えてもらいに来たのだ。蒼い世界に遭遇し、兄の死が自殺ではない可能性がでてきたような気がした。だから必死に”ウィル”を練習して一能力者として戦えるように努力した。一人前になったかと思ったとき、噂のヤツが現れた。兄の死によって一度日常が崩れ、4年経ってようやく新たに日常と呼べる日々ができてきたところで、再びそれが崩されようとしている。今回は、斑鳩家だけじゃなくて、多くの日常を崩すほどの力が迫っていた。
刻人にはヤツに対抗しうる力がある。4年前に崩れた日常を少しでも取り戻すために身につけた力だ。その力で、いま現在の日常を崩す脅威に対抗したが、あっけなく負けてしまった。
ねぇ兄さん。俺は何をしたら日常を取り戻せる?どうやったら母さんは元気になる?
◇
『元気ですかあああ!o(*`□´)○
元気があれば、怪物も倒せる!○(`◇´*)o
今日もシカトしたら本気でキレるからね!
放課後、いつもの喫茶店にくるように!』
朝のホームルームが始まる直前、空気の読めていない、もとい刻人が落ち込んでいるのを知ってあえて空気を読まないメールを響は送ってきた。ヤツに敗北してから一週間。その間、一度も響とは連絡を取らずに心配させてしまった。いい加減に気持ちを切り替えて、今後の方針を話しあうべきだ。まだ心は重かったが、刻人は喫茶店に行くことに決めた。
響と話し合う決意をしたことが、この一週間刻人を苦しめていた敗北によってもたらされた恐怖や緊張をほぐしたのだろう、授業中ずっと眠って過ごした。放課後になると寝不足だった体もいくぶん良くなっていた。体の調子におされて、朝よりも心の重さが減ったように感じる。
喫茶店に刻人が着いたとき、すでに響は来ていた。機嫌が悪いことを隠す気がないようで、全身から不機嫌オーラを発散している。店内に漂うコーヒーのいい香りは、彼女にリラックス効果を与えられないらしい。
「まず、私に何か言うことがあるんじゃないかな、刻人くん」
「……一週間、連絡しなくて、ごめんなさい」
土下座をする気持ちで、テーブルにつく位まで頭を下げ続けた。数秒後、響が「もういいわよ」と言ったので、頭を上げる。響の拗ねた表情が見れたが、すぐ真面目な顔になってしまった。仲直りは無事に終わったので、さっそく本題に入ることにする。
「響は、どうやったらあの怪物を倒せると思う?」
「そうね。まずは敗因から考えない?そうすれば倒し方もわかると思うわ」
―――敗因か。前回の戦闘は、最初こっちの優勢に進んだのに最後は負けてしまった。戦局が変わった要因は、ヤツが念動力を、それも刻人と同レベルの強力な念動力を使ったことだ。”セルフィッシュ”に俺たちのように超能力”ウィル”を使えるものはいなかった。ヤツはそんな常識を打ち破ってきた。そのため刻人は動揺して、戦闘に集中できず、押されてしまった。
「前回の敗因は、ヤツが”ウィル”を使ったことで動揺したことと言えるわね。つまり、”ウィル”を使うとさえ分かっていれば負けることもない」
「それは言いすぎじゃないかな。だってヤツの能力は少なくとも俺と同程度。ヤツの方が打たれ強いのだから、有利なのはあっちでは」
響は刻人の言葉は聞いて、大きくため息をつき、怒った顔を刻人に向ける。
「今の発言で、刻人くんの気持ちがよおぉく分かった。刻人くんは、今までひとりで”セルフィッシュ”と戦ってきたつもりなのね」
「……あ!いや、そういうわけじゃなくて。ほら、響の攻撃はヤツに効いてなかったじゃないか。だからヤツとの戦闘は自分ひとりで行かないといけないのかなっと思ったり思わなかったり。……ごめんなさい」
「確かに前回の戦闘での私の攻撃はヤツに通じていなかった。でもそれは、真正面からじゃ私の攻撃が通じないってだけ。やりようならいくらでもあるわ」
全く持ってそのとおりであった。今までの戦闘だって、響の役割はサポート役がメインだった。響が”セルフィッシュ”に隙をつくり、それを刻人が叩く、それが刻人と響のコンビの戦闘スタイル。たとえヤツが念動力を使おうとも、力は刻人と同レベル。なら響がいるこちら側が有利なはずだ。
「ただヤツの能力を頭にいれて、いままで通りに戦えばいいんだね」
「そういうこと。私がチャンスを作る、刻人くんが叩く。シンプルイズベスト」
◇
戦闘の方針が決まったらやることはひとつ。前回同様に、街の捜索を行うことだ。今日は目撃情報の多かった木屋町駅を捜索している。木屋町駅も他の目撃情報の多い駅と同様に人通りが多い。はぐれてしまわないように二人は恋人同士並に近づいて歩いていた。そんなタイミングで、芥子間とばったりあってしまった。
芥子間は大きく口を開けて「あっ!」と言って驚いた顔をしている。何度も刻人と響が一緒にいるのを見ているのになぜ今回こんなに驚いているのか。隣の響に聞いてみるか、と思って横を向いて気づいた。顔と顔がものすごく近くにあった。刻人は恥ずかしくなって一歩下がる。
これだけ近づいて歩いていることに刻人は気づいていなかった。芥子間が驚く理由もわかる。毎度、響と刻人は付き合っていないと言っていたが、この様子を見られたらどう考えても付き合っているようにしか見えない。「いやこれは違うんだ」と刻人はいいわけをしようとしたが、「ばれちゃしかたないわね」と響が悪ふざけで付き合いを肯定し始めて話がこじれだす。
「じゃあ、刻人と締崎さんは付き合っている、で間違いないんですね」
「えぇ、そうよ。でも刻人は恥ずかしがって隠そうっていうの」
困ったものよね、と響がわざとらしいしなを作って言う。響さんや、あなたそんなキャラじゃないでしょう。
「親友として思うのですが、刻人って頭がいいわけでも、格好いいわけでも、面白いわけでもない。なのになぜ刻人と付き合っているんですか」
おい、親友。言いたい放題すぎるだろう。さすがに俺も傷つくぞ、真実だけに。
「芥子間くんの言うとおりね。でも刻人は無個性っぽいけど、どこかズレたところを持ってて面白いのよ」
「ズレたところですか?例えば」
「恋人に一週間も連絡しないで心配させるところとかよ」
そう言って響はにこぉっと笑った。ものすごく怖かった。響は根に持つタイプのようだ。次からは気をつけようと刻人は固く誓う。
こうしちゃいれない、家に帰って皆にメールでこのことを送信だ!っと息巻いて芥子間が駆け出す。さすがにそれはまずいので、刻人は芥子間の肩を掴んで止めようとしたが、ひらりとかわされてしまった。明日からの平穏な学校生活のため、ここで芥子間を逃がす訳にはいかない。刻人は芥子間のあとを追って駆け出す。芥子間は人混みをさけて、芥子間宅へのショートカットとなる裏道に進む。右へ曲がったかと思えば、次は左と芥子間の背中をギリギリで捉えながら裏道を進んでいく。刻人は一度、芥子間の家に行くためにこの道を通ったことがあるので、なんとかスムーズに進めているが、刻人のさらに後ろを走っている響はどんどん離されていく。
これ以上は響がはぐれてしまうので、声を張って芥子間を静止する。芥子間は「ははは、そんな言葉には耳をかさない」とこっちに笑いかけてくるが、そのせいで前方不注意となり、何かにぶつかり転んでしまう。
イタタ、とつぶやいて尻餅をついた芥子間の前には、刻人たちが探していたヤツがいた。




