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蒼色レガシー  作者: 羽八
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1-2


 兄さんは、優しかった。その特徴か記憶に焼き付いているため、彼を思い浮かべると、顔ではなく、捨て猫を拾ってきたことなどのエピソードが出てくる。兄は俺がお菓子を食べたいと言えば、どこからか手に入れてくるし、歩くの疲れたと言えば、おんぶしてくれた。


 そのようには見えなかったが、運動もできたようで、「お兄ちゃん、また大会で優勝してきたんだよ」と母が自慢していた。誰からみても、よくできた子供であった兄さん。もちろん俺は兄さんがすきだった。


 めったにいないであろう完璧な兄さんは、よくある事故に巻き込まれてい亡くなった。




 夢だと何でも起こりえるので、夢オチは大変優秀だな、と刻人(ときひと)は思う。ただし、暗黙のルールとして、夢オチは禁止になっている。そうなった原因の事例があるはずだが、聞いたことがない。たぶん、刻人が生まれる前の出来事なのだろう。 もう時効だと思うから、夢オチを解禁しよう。蒼い世界の、そして今の状況を夢にして爽やかな朝を迎えたい。


「さっきからボーっとしてるけど、話を聞いてる?」


 レアチーズケーキを頬張りつつ、(ひびき)は言う。ケーキが美味しいのか、口に運ぶたびに若干口がにやけるのが可愛らしい。刻人の人生で出会ったことのない可愛らしさのため、テレビのようで現実感は薄めだ。つられてこちらもにやけるのを防ぐため、ブラックコーヒーを飲んで平常心を保つ。


「すみません、ちょっとぼーっとしてました」


 しっかりしてよね、それとなんで急に敬語なのよ、と響は笑って返してきた。あの日から、数日間連続で響と会って話している。俺が緊張してほとんど話せなかったのを、聞き上手だと思ったらしい。学校も違うため、気兼ねなく愚痴やら世間話やらを話すいい相手だと認識された。


 刻人としても響と話すのは楽しいため、お茶をするのは問題ない。ただ、学校の方がすこしやっかいなことになっている。初日に響が校門で待ち伏せして、刻人を連れて行ったのは知り合いに多数目撃されて、ふざけ半分のやっかみを受けた。この数日間で、半分のふざけ成分が、なくなってきて、もうほぼゼロになっている。ちらっと視線を響の後方に向けると、芥子間(けしま)の笑顔とクラスメイトの怒り顔が見えた。見なかったことにしたい。今の時間は楽しいが、明日の学校は憂鬱(ゆううつ)だった。


「だからさ、今週の土曜日、遊びに行こうよ。…ついでに能力を試してみよう」


 さらに響が遊びに誘うものだから、クラスメイトの殺気が増幅したがわかった。周りを配慮して小声で言った能力の調査が主目的なのだろうが、あいつらは知るわけないから、怒るのも仕方ない。刻人は響に了承を伝えたあと、そっと、でも大きく長くため息をついた。


 その様子を見ていた響は、数秒間その意味を考えたあと、携帯をいじる振りをして、液晶を鏡のように使い、自分の後方、芥子間たちの様子を確認した。刻人の視線が何度もそっちに向いていたので、何かあるのを気づいていたのだ。全てを察した響は、ちょっと意地悪な笑顔を向けてきた。


 こいつも俺の味方じゃないんだな、と悲しい気持ちと、可愛い表情が見れたうれしい気持ちでごちゃごちゃしていた。気持ちもきれいに混ざらないかと、コーヒーにミルクを入れてかき混ぜた。苦味が多少薄れて、マイルドな味になったが、コーヒーの香りが薄くなってしまった。



「実際さ、彼女とはどういう関係なんだよ」


 ニヤニヤ笑いながら、芥子間が聞いてくる。授業が終わって10分くらい経つので、教室には半分以下しか生徒が残っていなかった。その内の数人がその言葉に反応したのがわかって気が滅入った。数人も聞かれていれば、明日にはクラス中に広まってしまう。当たり障りのないように、かつ小声で刻人は答えた。


「ただの友達だってば。何度も言ってるだろう」


「そうは見えないから何度も聞いてるんだろ。あんなに綺麗な女の子と仲良くしてるんだ、疑うなという方がおかしい」


「彼女の学校は最近まで女子高だったから男子が珍しいだけだよ。一応クラスに少数だけ男子いるけど、周りの女子の目があって話しかけ辛いって」


「ほほお。日常の相談を受けるまで仲良くなったと。あってまだ数日なのにね~。刻人さんは口がうまいのかな~」


 ちゃかすな、怒るぞと怒るフリをすると、芥子間はゴメンゴメンと謝った。芥子間は刻人をからかいたいだけで、響には興味がないため、刻人がもう聞くなという雰囲気を出すと追求をやめる。たぶんクラスメイトに響のことを聞くように言われて仕方なくやってる側面もあるのだろう。


「たぶん、弟に話す感じなんじゃないかな」


「その子には下の兄弟がいないから、刻人がその役割をしてるっこと?」


「そういうこと。俺は典型的な弟タイプの性格なの」


「どういうことだよ。刻人は兄弟いないだろ」


 アハハと軽く笑って視線を外に移すと、空が橙色になっていた。夕日にずっと当たっていた左手は温かく、少し汗が出ていた。



 家に入ると、線香の匂いがした。いつもは騒がしくしゃべりかけてくる母親が、おかえりも言ってこない。刻人は静かに、なるべく衣擦れの音も出さないように自室にむかう。線香の匂いも、母の落ち込みも、昨日からのことだ。昨日は兄の命日だった。


 兄の命日には朝早くから家族3人で墓参りに行く。あまり休みを取らない父も、その日は毎年必ず有給を取得し、一日中兄を想って過ごす。母も同様だ。刻人も最初の年は学校を休んでそうしたが、2年目以降は墓参りの後、遅刻して学校に行くようになった。悲しくないわけではないが、父や母と同程度の悲しみを感じているとは思えず、一日中悲しみにふけるのは何か違うように感じたからだ。息子という関係性と、兄という関係性の違いか、それとも自分の心が冷めているだけか。答えが出ることはない。


 だから、命日を過ぎても引きずっている母と顔を合わせるのはちょっと避けたかった。会社に行った父は働いたことで日常に戻っているはずだ。それまでは部屋でおとなしく過ごすと刻人は決めていた。何をして過ごそうかと、ベッドに横になると携帯にメールが着信した。送り主は響で、週末の集合場所と時間の詳細を伝える内容だった。

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