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地鳴りのような激しい音が鳴り響いた。響の合図だ。ヤツと響の場所まであとすこしだけ距離があって、見えない。移動のための力をさらに強めて加速する。同時に、念動力の供給源を破壊するための力の逆流をフルパワーで行う。
トンネルを破壊してしまうのではないかというほどの大量の水を供給源に流す。トンネルはぎしぎしとなった。その音は、自分の体からも聞こえる。加速に強すぎる力を使っているため、体が悲鳴をあげていた。今は無理をするべきタイミングだ。体からのアラームを無視する。
すぐに、パリン、とガラスがひび割れたような音が聞こえた。
続けて何度もその音は響き、最後に大きな破壊の音が鳴った。
体から大事な何かが抜け落ちた感覚がした。
加速していた力を失って刻人は落下する。幸いにも大した高さにはいなかったので、着地時に回転することで、怪我をせずに済んだ。すぐに立ち上がって前を向くと、そこにはヤツと響がいた。
「やああああ!!!」
響が長さ2mはある極太の針状になった氷をヤツに向かって飛ばしている。ヤツは超能力を使って防御フィールドを展開するつもりか、右の掌を前方に次出す構えをする。刻人によって能力の供給源を壊された今、その力が発揮されることはない。響の放った氷の針が突き刺さる。ヤツの、希人の顔が「あれ?」と不思議そうな表情をしている。刻人を見つけて視線を向けたあと、自分の腹部に刺さった針を見た。
諦めたような、それでいて満足したような表情をする。声は最期まであげなかった。刻人の顔をじっとみて、「ばいばい」と口だけ動かして、霧散した。ヤツの代わりに刻人が叫んだ。「兄さん!兄さん!」と喉がはちきれるのもかまわずに。一瞬で駆けつけられない距離にいることがもどかしくて、呼吸を忘れて走る。
伸ばした手は何も掴むことはなかった。
◇
あれから一週間が経った。いつもの喫茶店で事件をまとめるために話をしていた。
「ヤツは元々普通の”セルフィッシュ”だったんでしょうね。けれど、希人さんの能力を得たことで凶悪に変化した」
「どうやってヤツは兄さんの能力を手に入れたのかな。それはもちろん俺自身にも言えることだけど」
「それは希人さんが亡くなったときの状況がヒントになると思うの。希人さんは通学途中、急にぼうっとして車に轢かれた。重要なのは、ぼうっとしていたこと。希人さんはそのとき蒼い世界にいたと思う」
「いや、蒼い世界での出来事は現実では一瞬のことだろ。ぼうっとなんて表現するほど意識が飛ぶなんてありえない」
「普通ならね。でも、蒼い世界で私達が経験してないことがあるでしょ、刻人くん」
「能力も使ったし、”セルフィッシュ”とも戦闘した。蒼い世界で特殊な経験はひと通りしたよ」
「いいえ。ひとつ残っているのよ。それは死ぬこと。私も死んだことはないから詳しくは知らないのだけれど、死亡すると現実世界に戻るのが遅くなるらしいのよ。蒼い世界で死んでも肉体的には問題ないけど、精神はそうではない。死ぬことによって破壊された精神を再構成するのには膨大な時間がかかる。たとえ蒼い世界が現実世界よりも数千倍、数万倍と時間を引き伸ばしたところで、現実世界に戻るには数秒かかってしまう」
響の視線が窓の外に向けられる。何を考えているのだろうか。蒼い世界で死ぬと、現実世界で数秒意識が飛ぶ。これから蒼い世界で戦闘を続ける響にとっては衝撃的な事実だ。もし、横断歩道の真ん中で蒼い世界に取り込まれて、もし”セルフィッシュ”に殺されたら、響も命の危険にさらされる。これからは現実世界の自分の状況を考えて、安全策をとる判断をすべきときがくるだろう。
「たぶん、希人さんを殺した”セルフィッシュ”とヤツは同一だと思う。希人さんを殺したときのヤツは普通の”セルフィッシュ”だったはず。希人さんの死によって解き放たれた力を、ヤツは近くにいたので受け取ることとなった。それは刻人くんにも言える。現実世界で近くにいたからこそ力を受け取ることができた。ヤツはその力で巨大化した。希人さんの力は人間の力。だから人の住んでいる現実世界にも干渉できるようになった」
「”セルフィッシュ”自身の力と”ウィル”が混ざると、とてつもないも可能になるわけだ」
「もうそういう”セルフィッシュ”とは出会いたくないわね。今回は散々だったから」
「でも、また同じような状況になったらよろしくね。響さんならひとりでも十分にヤツらを倒せるよ」
刻人にはもう力がない。あの蒼い世界に入ることはできなかった。これからは響ひとりに任せることになる。響とは蒼い世界での関係がなくなっても、こうしていたかった。今の悩みは、告白するかどうかだ。戦友としてしか見てくれていないように思えるから、フラれる可能性は十分にある。まずは外堀から埋めていくべきだろう。危機は去って、それを行う十分な時間があるのだから。




