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蒼色レガシー  作者: 羽八
11/13

4-1


 その日は春らしい暖かな陽気だった。桜は散りだしていたが、それでもまだ7割は残っていて、風が吹くとこれでもかってくらいに花びらが舞った。

 兄は高校生2年生で、俺は中学2年生だったから、通っている学校は違ったけど、なるべく登校の時間を合わせていた。中学2年といえば、ちょうど反抗期のまっさかりなので、兄なんかとは折が合わないという話をよく聞いたが、俺たち兄弟はそんなことなかった。友達同士みたいな関係だったからだろう。

 いつも通り、俺が一方的に話しながら歩く。兄は俺の話を聞きながらニコニコして、いいタイミングで相槌や質問をする。それが心地よくてたくさん喋ってしまう。いつも、学校に着いてから自分ばっかりしゃべりすぎたなと後悔したものだ。


 事故現場に着くまで、何も異変はなかった。それどころかいつも以上に笑って元気だった。交差点を曲がったあと、少し兄はぼーっとした。喋りに集中していたせいで、すぐに気付けず、数メートルほど俺は先行してしまっていた。後ろを振り返す兄の呆けた姿があった。数瞬後、目の焦点が合ったあと、兄はうずくまった。怪我をしたのだと思った。慌てて駆けつけようと、一歩踏み出したとき、兄が自動車にはねられた。


 映画なんかでよく聞く、甲高い音ではなく、低くて耳障りな音が響き渡る。伸ばした手の先には、兄はいなく、元凶の自動車だけがある。そのままの姿勢で視線を横にずらして兄を見つけた。右腕が曲がってはいけない方法に曲がっていた。足が、180度以上開脚していた。まるで壊れたマリオネットだ。


 兄に近づこうしたが、うまく歩けない。兄だけじゃなくて自分もマリオネットになってしまったらしい。引きづるように歩いてたどり着いた。このとき兄は奇跡的に意識があった。俺が近づいていることに気づいて何か喋ろうとした。しかし、体はいうことを聞いてくれなくて、兄の思いは、音として発せられることはなかった。けれど、口はかすかに動いていたので、何を言ったのかわかった。


―――ごめんな


 右腕は痛々しくて触れなかった。かわりに左手をきつくきつく握った。兄は肉体的な理由で声が出なかったが、俺は精神的な理由で声がでなかった。どんな言葉も今の状況を改善してくれはしない。でも兄に、最後の言葉をかけねばならかった。なにかを与えたかった。でも、涙が止めどなく流れ、言葉も流れていってしまう。


 結局、兄が息を引き取るまで、何も言えなかった。けれど兄は、俺に”ウィル”というプレゼントを最後にしてくれていたのだ。





 ”will”は”~~するでしょう”という未来のことを表すだけではなく、”意思”という意味も持つ。兄がなぜ能力に”ウィル”という名前をつけたのか。たぶん、それは強い意志がなければ能力が発現しないからだと刻人(ときひと)は考えている。今、心にくすぶる熱い気持ちがそれなんだろうと思う。


―――現時点で、ヤツを倒す方法はひとつだけだよ。


 刻人は高層ビルの屋上に立って、ヤツを見下ろしていた。ヤツは刻人と響を探して街中を歩いている。


―――それが刻人くんにとって酷な方法であることは十分承知しているけど、私にはそれしか考えつかない。


 一度大きく息を吸い込み、静かに長く吐く。失敗は許されない。慎重に、でも臆病にならないように。


―――ヤツを倒す上で障害になっているのは、サイコキネシス。それをなんとかするしかない。


 蒼い世界で、何かをなすときに必要なのは、確信。不可能と思われることでも、できるという確信が世界に影響を与える。


―――能力の供給源はわかっているから、それを断てばいい。つまり、希人(さきひと)さんの力を破壊する。


 目を閉じる。何もない空中に力を流す。いつもは意識しない力の発生源を探る。どこから自分に力が流れている?


―――同じ力を使っている刻人くんなら、力を逆流させることで破壊できるはず。



 刻人の全身を包み込むように力が流れてくる。具体的な方向はわからないが、たしかに力の源を感じた。それは、上でも下でも右でも左でもない場所。高次元の空間にあるのかもしれない。しかし、そんなことは問題にはならない。力の供給源と刻人を繋ぐパスを確認できた、それだけで十分。

 力の逆流をイメージする。自分と供給源を繋ぐパスは、無限に長さを持つ大きなトンネルのようだ。そのトンネルを力という大量の水が流れていく。刻人から流れ出る水の量をだんだん増やしていく。焦らず、ゆっくり。

 刻人は天才肌ではない。ゆえに瞬時に確信を伴ったイメージを持つことはできない。一般的な人間が確信を持つにはそれ相応の時間をかける必要がある。それをわかっているから、イメージの変化をゆっくり行う。

 次第に水の量はトンネル全体を圧迫するほどになっていく。そして、供給源を破壊できる確信を得る。

 しかし、最後のひと押しはしなかった。



 刻人は目を開いた。俯瞰(ふかん)して見た街にヤツがまだいるのがわかる。この数週間、刻人と響はヤツに振り回されていたと思っていた。実際にはヤツも被害者といえる。振り回していた元凶は刻人の兄、希人だ。死してなおこの街に影響を与える希人をはた迷惑だと思ったが、同時に嬉しかった。希人から新しいプレゼントをもらった気分になったのだ。死者からのプレゼント、つまり遺産。映画なんかで相続争いが勃発するように、刻人の場合もろくな結果をもたらさなかった。

 家族の尻拭いは家族がとるべき。それが弟としての務め。希人の痕跡を今一度消すことで、また家族が再生するのではないか、そう考えてしまう。塞いだままの母と無気力な父。刻人は二人の沈んだままでいる様子を見ていることしか出来なかったが、この件が済んだら、二人とじっくり話してみようと思う。たぶん、自分の中で希人との思い出に区切りがつけられるようになる気がするから、二人にもそうなってほしい。




 視界の中心にヤツを捉える。供給源を壊してしまったら、刻人は無力だ。響はヤツから離れた場所で供給源を壊してじっとしてろと言う。そんなのは嫌だった。正論ではあるが、それでは刻人の心は晴れない。ヤツと響の位置から、響に気づかれずに近づくコースを考える。思考は今までで一番クリアだ。力の逆流のイメージを保ったまま、力を引き出すのも造作なかった。刻人は蒼い街に飛び降りた。

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