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蒼い世界が形成され、目の前を走っていた芥子間が一瞬で真っ黒い等身大パネルのような”人影”となった。その”人影”の向こうにいるヤツは、以前と姿形が変わっている。上半身の大きさは変わらずに、下半身が大きくなっていた。以前は上半身が大きくバランスが悪かったが、今は上半身と下半身が人とほぼ同じバランスだ。顔を隠すように覆っていた煙は変わらずに健在であった。
ヤツと刻人が対峙し、刻人の後方に響が控える形となった。偶然ではあるが、いい位置関係だと刻人は思った。このまま刻人がヤツの相手をすれば、響はチャンスを作るのに専念できる。ヤツとは能力的に互角だから、気をつければ負けはしない。「響さん行って」と一言告げて、ヤツに集中する。
先手必勝と、刻人は近くの建物のコンクリート壁の一部を剥ぎ取りヤツへとぶつける。当然ヤツは念動力を使って防御フィールドを展開し防ぎ、カウンターぎみに刻人と同じようにコンクリート塊を投げてくる。反撃を想定していた刻人はすでに移動しており、ヤツの攻撃は空振りとなった。
能力的に互角ではあるが、異なるステータスはある。その一つが体の大きさだ。パワー面では圧倒的に大きい方が優位であるが、その大きさは的となりやすい。真正面から撃ちあう事もできるが、大きさという優位面をいかして移動しながら戦う。
高層の建物乱立する周囲の状況をうまく利用し、それらを足場にして素早く移動する。ヤツは刻人の動きに合わせて顔の向きを変えているから、黒い煙で隠れているが、目で刻人を探しているのだろう。ならば、と上下の動きを多くし、視界に入らないように動きを複雑にする。
ヤツがこちらの動きを追いきれていないことで、防御面では問題なくなった。しかし、攻撃は予想されたとおり通らない。ヤツはこちらの攻撃の向きを気にしないでいいように全方位に対して防御フィールドを展開しているのだ。くそ、とつぶやく。わかっていたことだが、もどかしい。”ウィル”を手に入れてから浸っていた優越感が崩れていく。もとの、兄によって支えられていた弱々しい自分が表面に出てくる。それを否定しようと刻人は攻撃の手数を闇雲に増やした。
加熱する攻撃に比例して、舞い上がる土煙も増えた。視界を遮りそうな場所には念動力を使って風を起こして、土煙をどかした。能力は互角なはずなのに、どうしてもヤツの方が優勢に戦いを進めている気がして焦ってしまう。走り回っている自分は、ヤツより先にスタミナが切れるだろう。それまでに響はやってくれるのか?疑問が頭がよぎったせいで、集中力が一瞬切れてしまった。
―――あ、やばい
そう思った時にはすでに事態は最悪なものとなったあとだった。念動力の操作をほんのすこし失敗してしまったせいで、次の足場となる建物にうまく着地できなかった。刻人はビル5階の高さから落下する。すぐにでも念動力を使って移動したいが、そう簡単にはできなかった。刻人の念動力は、力が大きいかわりに、細かい操作に向いていない。今回の戦闘のように、移動に念動力を使う場合、あらかじめどういったルートでどのような速度で行うのかを頭のなかでしっかりイメージして行う。急に移動に念動力を使うと、コントロールに失敗して自分を壊す可能性が高い。
考えられる選択肢は3つ。1、怪我を覚悟で念動力を使って回避。2、そのまま落下しつつ周囲に防御フィールドを展開。3、何もせずあきらめる。3は論外として、一番安全なのは2だ。すぐさま防御を整える。まっさかさまの視界で、渾身の攻撃をしようと大きく踏み出そうとするヤツの姿が見えた。全力の攻撃と、急ごしらえの防御。同能力の2つがぶつかった結果は目に見えてるが、やらないわけにはいかない。殺されてたまるか、ともう一度睨むと、ヤツの後ろに動く影をみつけた。響だ!
彼女は慎重に、ヤツの周囲に水蒸気を集めていた。そしてヤツが強力な念動力を放とうと右足を踏み込もうとした直前、その足元の地面に氷を生成する。響の意図を理解した刻人は、形成していた防御フィールドを解体し、そのエネルギーを攻撃用に変換する。次の瞬間、大きな地鳴りのような音を立ててヤツが倒れた。
「刻人くん、いけーーーーーー!!」
攻撃のために溜めたエネルギーは落下の間だけにもかかわらず強大である。響を巻き込まないためにも、絶対に外さない位置で攻撃すべきだ。5m、3mと近づいていく。十分な距離にきた、そう思って攻撃しようとしたとき、今までヤツの顔を隠していた黒い煙がなくなっていることに気づいた。ヤツは、死んだ兄、希人と同じ顔をしていた。
◇
頬にヒリヒリと痛みを伴った熱さを感じて意識が覚醒した。目の前には右手を振りぬいた格好をしている響がいる。その顔はまるで夜叉だった。思わず刻人は目をそらしてしまい、裏拳のように繰り出された往復ビンタを受けることとなった。
「意識がはっきりしたみたいね。じゃあ聞くからさっきのこと説明してちょうだい」
まだ周りは蒼いので、現実世界に帰ってきたわけではないらしい。つまりは窮地のままだ。なのにこうやってどっしり構えられる響は、見た目は美少女なのに、中身は本当に男前だ。それに比べて自分は、と卑屈な気持ちになる。緊急事態が継続しているため、そんなネガティブ思考に陥る暇すらない。今すべきなのは化け物退治だ。そしてそのまえに響へ弁明だ。
「はぁ?あの化け物が刻人くんのお兄さんと同じ顔をしてた?」
動揺して決定的なチャンスを逃した理由を話すと、響は驚いた顔をした。しかしすぐに思案顔に変わる。「そうか…それでつながった…」とぶつぶつ呟きながらうろちゃろ歩く。その姿は推理を構築中の名探偵のようだった。数十秒後、テンプレート通りに全てわかりましたよ、とどや顔を決めたので、説明を求める。
「この前、あゆみさんに会ったじゃない。あの時の刻人くんの様子が変だったから、刻人くんのお兄さんのこととかメールで聞いたのよ。途中からノロケ話がメインになって、あまりいい情報はとれなかったんだけど、ひとつ今の状況に関係ありそうなこと聞いたの。それはね、お兄さんの能力。驚くなかれ、彼は刻人くんと同じサイキッカーだった。しかもその特性も似てる。強力だけど、細かい操作は苦手というところね。さて、以上のことから…」
響はそこで一呼吸置いた。ためらうような視線で刻人を見たあと、言葉を紡ぐ。
「以上のことから、刻人くんの能力もヤツの能力も、元は同じ希人さんの能力だと考えられないかしら。たぶん、希人さんの能力が強大だったため、なくなった時に純粋な念動力という力の概念としてこの世に留まった。生の感情をエネルギーとして能力を発現する”ウィル”と、負の感情をエネルギーとして活動する”セルフィッシュ”の正反対の2つの力に引っ張られたその概念は2つに分裂してしまった。もしくは、1つのまま2つにエネルギーを提供している。刻人くんとヤツの能力はほぼ同等だから、後者の分裂はしてない可能性の方が高いわね。
―――つまり、ヤツも刻人くんも、希人さんの能力の継承者なの」




