5
激しい光が収まり、視界が回復した。涙にぬれた顔をぬぐい、ふらつきながら立ち上がる。眼下に広がる景色から、ここは校舎の屋上だと分かる。
「よく来たな。さて、君は誰だ?」
声のしたほうを見ると、男が金網にもたれていた。
「おっと、お前が誰だ、なんてヤボな問いかけはよしてくれよ?」
その男を見て、俺は驚愕した。確かに、名前を聞く必要など無い人物である。
こいつの顔は今まで散々見てきたのだ。
――教科書の中で。
「坂田……降地……?」
そこには、死んだはずの大天才が立っていた。それも、十年前と変わりない顔で。しかし何故だ? 確かに死んだと教科書に書いてあったのに。
だが、これで全てが繋がった。新たな天才が現れてロックを解除したんじゃない。死んだはずの天才が、自分でかけたロックを、自分で作った解き方で解除したのだ。
「私の名前……そんなことは知ってるんだ。私の問いかけに答えろよ」
彼は急かすようにそう言った。
「夜下、朝治……」
思考が混戦し、言われるがままにしゃべってしまう。
「ほう、良い名だ。さて朝治君、何から知りたい? 私が直々に教えてやるよ」
その発言に驚く。俺は反射的に疑問をぶつけた。
「何故……生きている」
彼はきょとんとした後、笑い出した。
「ふふ、ははははっ、何故生きている、か。それじゃあまるで君が殺したみたいに聞こえるぜ、朝治君。ふふ、まあ答えてやるよ」
彼はそう言って話しだした。
「私はね、自分の意識をバトルシュミレータ内に取り入れたのさ。意識を無くした肉体は死に絶えたってことだ」
そんな事が可能なのか? いや、この規格外の天才ならやりえるだろう。しかし、そうなるとまた疑問が生じてくる。
「じゃあ……平川昇は何故ここにいないんだ? それに……何故こんなことをした!」
怒りが沸々と湧き上がり、後半は叫ぶように言った。
「ああ、その答えは一セットだな。少々長くなるが、教えてやるよ。」
俺の心臓が激しく脈打つ。それは怒りによってだけではなく、真相に触れることの恐怖も関係していた。
彼は一呼吸吐き、話し出す。
「まず、バトルシュミレータがいつ世間に出回ったかは知っているな? そう、2030年の末だ。その五年前、私と平川は高校三年生でね。実は、バトルシュミレータは当時作ったんだ。ん? 驚いたのかい? まあそうだろうな。二十二歳であれを作ったって思われてるからな。まあ、当時は世間に広めようなんて全然思っちゃいなかったんだ。私と昇二人で娯楽に使ってた――これも知ってるだろうがな。闘っては気に入らない部分を改良し……そんな事を繰り返してできたのが、今のバトルシュミレータだ。じゃあ何故世間に広めたのかって? そいつはな……バトルシュミレータの副産物としてできた――シュミレーション技術のせいだ」
彼は記憶を探るかのように、遠くを見つめている。屋上からは車や歩行者が当たり前のように動き回っているのが見える。この学校で何かが起きているなんて、全く思っていないのだろう。
「二十二歳になっても私と昇はつるんでいた。そして唐突に、私達は人間がいつ滅亡するか知りたくなった――まあ誰でも知りたいわな。そこで、バトルシュミレータの応用でシュミレーションをしたんだ。専門家がずっと研究していることを簡単に暴くのも申し訳ないが、好奇心に負けちまってな。でたシュミレーションの結果は酷いもんだったぜ、朝治君。人間に関する様々な要因で――おっと、ここは君が理解できないであろうから省いただけで、説明しようと思えばできるぜ。で、要するに、人間のせいで、人間滅亡どころか地球滅亡の危機になっちまうんだ。いつだと思う? 聞いて驚くな、十五年後だ。つまり、今はもう五年先にまで迫っているんだぜ。ここまで理解できたか? 朝治君」
俺は頷かざるを得なかった。言っていることの理解はできるが、突拍子も無くこんなことを言われたって信じることなどできるはずがない。
彼は笑みを浮かべ、続ける。
「で、だ。この星の住人達を救うにはな……人間を間引かなきゃならないんだ。要するに種族の個体数調整だな。私は計算して、間引く人数を求めた。問題はどうやって殺すかだった。そこで私は思いついたんだ。バトルシュミレータを利用すればいい、ってな。だが、意外にも昇は反対した。私達の馬が合わなかったのは、あの日が最初で最後だ。私はひそかに改造していたバトルシュミレータを用いて、昇を殺した。……おいおい、そんな目をしないでくれよ。人類を救うためだったんだぜ? まあ、そんなこと言っても君からしたら偽善になるんだろうな、朝治君。そして、私はバトルシュミレータを世間に出すと共に、自分の意識を取り込ませた。ん? ちゃんと広まったか確認する前に意識を取り込ませて失敗したら――おいおいよせよ朝治君。何のために媒体を選ばないように作ったと思ってるんだ? それぐらい君の頭でも少し考えりゃ分かるだろう」
やっと全体像が見えてきた。そんなスケールのでかい事件だったなんて思いもしなかった。だが、まだまだ疑問は残っている。
「大体分かって来たんだが……何故この学校内だけが対象なんだ?」
彼は完全に金網に持たれかかり、体をゆらして居る。
「そいつはな……今回はバグチェックなんだ。いくら私と言えど、死体を残さない方法を見つけるのには時間がかかってね。何と十年だ。いきなり世界中の人を間引こうとしてシステムに不備があったらたまらないだろ? だから全国の団体、クラブ、学校、企業とかからランダムで選んだ結果、この学校が対象になったんだぜ。運がいいな、君達は。ふふふ」
俺は激しい憤りを感じた。
「そんな……そんな下らない理由でみんなを殺したのか……? 運が良いだって……? ――ふざけるんじゃねぇよ!」
俺は西洋剣で憎むべき相手に斬りかかった。だが奴は避けようとしない。
かまうものか、と袈裟懸けに斬りつける。
だが、甲高い金属音とともに西洋剣は折れた。
「ばっかだなぁ、朝治君。ここのプログラムは全て私が管理しているんだぜ? 自分が死ぬように作っているわけないだろう」
「っち……! それに! 人を殺すだけが目的なら、何故痛みを与えるんだ! 何故敵に勝てるように設定したんだ!」
彼は口の端を歪めて笑った。
「そんなの、その方がゲーム性があっていいからに決まってるだろ。勝てない勝負なんてつまらない。だから私は、アンドロイドを全滅させた時に生きている人をここに招き、真実を教えることができるようにしたんだ。ゲームのエンディングってとこだ。君を助けた理由かい――折角のバグチェックなのに、プレイヤーが全滅してしまうと誰も転送されてこないからな。ちゃんと転送されるか確かめたかったからチャンスをやった」
「……とんだゲームマニアだな。いや、もはやゲーム狂だ――狂っている」
「天才は基本的に世間から見れば狂っているんだよ。それに、ゲーム狂でもなければ、あんなものなんて作らないさ」
俺は苛立ちを隠せない。何とかして彼の企てを止めたいが、計画を話したということは、俺を生かしておくつもりはないのだろう。俺はせめてもの報復として、企てをとめる可能性を口にした。
「残念だが、あんたの企みは失敗するよ。うちの高校の関係者全員がこの世界に連れてこられたわけじゃないのさ。俺の幼馴染は電子機器を持っていなくてな――今回の事件に巻き込まれなかった。はっきり俺らが消えるときの様子を見てるから、今頃は警察だ」
彼はそこで始めて驚いたような顔をした。
「……ほう、このご時世にそんな奴がまだ居たのか……。だが残念だな、朝治君。計画は失敗したりはしない。確実にだ」
自信たっぷりに話される。俺は納得ができずに問い詰めた。
「何故そう言えるんだ。バトルシュミレータを廃止すれば――」
「バトルシュミレータを廃止すれば――その通り。だが、それは絶対にできない」
何故なら、と彼は続ける。
「バトルシュミレータに母体はないのだよ、朝治君。バトルシュミレータは、世界中の電子機器の中に入っている。バトルシュミレータを廃止するには――もとい、今ここに居る私を消すためには、世界中の全ての電子機器を廃止するか、人類が絶滅するしかないのだよ」
俺は愕然とした。そんなの不可能だ。近代人には電子機器が無くなるくらいなら死んだほうがマシだ言う奴もいるくらいだ。一度味を占めたものを手放すわけがない。人類の滅亡も不可能だ。こいつが存在している限り、人類の滅亡はくいとめられるのだから。
「絶望したかい? さらにバッドニュースを伝えてやるぜ、朝治君――いや、グッドニュースかもしれないな。言うぜ? いいかい――あの先生と男友達は君のために死んだわけじゃないんだぜ?」
俺は息を呑む。まさか……操っていたというわけではあるまい。
「操ってたのかって顔してるな、ははは、違うさ。君らはアンドロイドに殺される前に――この世界に入った瞬間から、死んでいたのさ」
俺は突然、足元が無くなったかのような浮遊感を感じた。
まさか――いや、この場面で嘘を言う必要がない。そうなると――俺達がしていたのは、ただの無駄な行いだったのか? 生き延びようと走り回って、助け合って、涙を流して……全てこいつの手のひらの上だったとでも言うのか?
それに……いや、やめよう――これ以上考えると気が狂いそうだ。
彼は笑いながら話を続ける。
「だから、あれは君が気に病む必要はないのだよ。それに、一応言っておくが、逃げることは間違っちゃあ無い。死んだのは体だけで、意識は生きているんだからな」
そういうが、黒幕に慰められても苛立ちが募るだけだ。俺は怒りに満ちた目で、元凶をにらみつける。
彼は笑みを崩さない。
彼は、さて、と言い、懐から拳銃を取り出す。俺は身構えるが、彼はそれを俺の足元に投げた。からんと音がして、屋上のアスファルトに軽く跳ね返った。
「君には選択をしてもらう。私と共に、ここで生き続け、世界を救うか、君のオトモダチと同じ死を迎えるか――選ばせてあげるよ。おっと、一応断っておくが、私を撃っても仕方が無いぜ」
俺は足元から銃を拾う。ずしりとした重さを感じ、グリップを握る。俺は手元の黒い金属の固まりを眺めながら口を開いた。
「……なあ……あんたは何がしたいんだ? ……神にでもなるつもりなのか?」
彼は一瞬きょとんとした表情をし、狂ったように笑い出した。
「ふ、ははっ、あははははははははははははっ! 君は本当に面白い人だな、朝治君! 死なせるには惜しいな! なかなか的を射ている! それもそうだ、一度死んで復活し、さらには不死身となり、全生物を救う――まさしく神そのものじゃないか!」
哄笑する彼を横目で見ながら、俺は手元の拳銃をもてあそぶ。
「さあ、全生物よ! この天才、坂田降地が神となり! この頭脳を持ってして! この先の未来を! 想定し! 装丁し! 送呈してやる! 」
もてあそんでいた拳銃を握りなおし、視線は手元に向けたまま、俺は口を開いた。
「……俺の心は決まったよ――あんたは神なんかじゃない」
俺は彼の方を向き、ゆっくりと、自分のこめかみに銃口を押し当てた。
伊藤、鷹木、あの時はありがとう。でも、ごめん。俺という存在は今消える。
俺が今願うことは一つだけだ。
高菜。真昼。
「あんたは――ただの下種だ」
俺の愛する人たちが、この場所に来ずに済みますように――。
ズガン。
Fin.