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 キン、と鋭い音が鳴り響く。

 飛び散る火花に目を奪われるが、それも一瞬のこと。直ぐに鍔迫り合いをしているエモノ――西洋剣と薙刀に集中する。

 対峙しているのは、一番の親友であり、憎むべき相手。薙刀を構え、殺気を纏っている。

 その状態を数秒間維持した後、お互いに武器を引き、後ろに飛びのいた。

「休む暇なんて与えない……よっ!」

 だが、すぐさま距離を詰められ、薙刀で流れるような攻撃を繰り出される。

 急な切り替えし。予想だにしていなかった俺は、咄嗟に西洋剣で防ごうとするが間に合わず――。

「しまっ……!」

 喉元に金属の刃が突き刺さる冷たい感覚を味わった刹那、俺の意識は暗転した。



 ☆     ☆     ☆



「だぁー! 負けた! 畜生! 」

 教室の床に仰向けになりながら俺は叫んだ。

「まあ頑張ったほうじゃないかな?いつもよりは。十分も粘ったんだし、上達してきてると思うよ?」

「うっわ、勝者の余裕っすか。肥溜めに捨ててきてやろうか」

 天井を見たまま、俺の首に薙刀を刺した相手と軽口を叩きあう。

 そう、これはバトルシミュレータ……いわゆる、体感型格闘ゲームである。 2040年現在、あらゆる物事を仮想空間内で実際に行える技術、詰まるところのシミュレーション技術が発達し、俺達の生活のいたるところで活用されている。

 避難訓練のリアリティを出すため。企業の面接の一環として、実際に仕事を行わせるため。など、非常に実用的だ。

 そして、このバトルシュミレータ。

 個人が持ち歩いてる電子機器、その中に自分の装備、戦績などのデータが入っており、お互い合意の上で、最大四人まで同時に仮想空間に入って闘うことができる。

 この媒体は何でもよい。携帯電話でも、携帯型ゲーム機でも、ノートパソコンでも、だ。重要なのは持ち歩けることであり、それさえできるなら、大抵の電子機器は媒体として利用することができる。

 仮想空間内では、現実のプレイヤーと全く同じ身体能力で戦闘することができる。武器は複数あるが、ゲーム初起動時に選択したら、それ以降は変更することはできない。

 感覚はあるが、痛覚は存在しない。故に、攻撃された箇所は痛覚以外で識別可能である。

 ヒットポイントは常に視界の端に表示されるようになっている。先程述べたとおり痛覚は無いが、当たった部位によってダメージは増減する。技やスキルは存在しない。『もし、現代世界で武器を持ち戦うことができたら』をコンセプトに作られているので、現実でできないことはできない、という訳だ。

 この仮想空間は現実世界に展開されるので、プレイヤー以外にも見えるが、触れることはできない。当然、戦闘者以外には見えない状態で戦うこともできるが。

 

 何を隠そう、シミュレーション技術がここまで発達したのは、このバトルシミュレータが世界に出たおかげだったりする。

 バトルシミュレータが世に出たのは2030年の末。自分達で楽しむためという理由で、たった二人の力で作り上げられたものだった。

 平川 昇(ひらかわ のぼる)坂田 降地(さかた こうじ)。その二人は自分達だけで、現在のシュミレーション技術の礎を作り上げたのだ。

 簡単に言うと、天才。

 誰も発見し得なかったメカニズムを独自に開発し、それを1年足らずで完成させるという快挙を成し遂げた。 現在活用されているシミュレーション技術は、総じてこの作品の模倣品――コピーでしかない。バトルシミュレータの構成プログラムの一部をそのまま取り出し、別のシミュレータとして使っているだけなのだ。

 十年近い年月が経つ今でも、オリジナルを超えるものはおろか、肩を並べることのできるものすら作れていない。

 それ程までに彼らは抜きん出た天才であったのだ。

 一高校生である俺がこのような情報を持っているのも、2031年からこの天才二人の事が歴史の教科書に載り始めたからだ。世界規模の大発明だったため、半年もない期間で教科書に載るようになったのだろう。もっとも、教科書に二人の名前が載るころには、彼らはこの世に存在していなかったらしいが。

 彼らは、詳しい原因は不明のまま、同じ場所で死体となって発見されたらしい。これも教科書に載っていたことだ。

 まあそんな奇怪な話、シミュレーション技術に味を占めた俺たちには関係ないことで。


「二人とも、楽しそうなところ悪いけど、授業始まるよ? 十分も戦ってたから気づいてないかもしれないけど」

 笑顔で睨み合っていた俺達にそう教えてくれたのは、幼馴染でクラスメートの仲田 高菜(なかた たかな)だった。

「あー、畜生 !いいか鷹木(たかぎ)、午後の授業終わったら俺んちでもう一勝負だ! 」

 仰向けから上体を起こし、高菜と同じく幼馴染で親友である片桐 鷹木(かたぎり たかぎ)に宣戦布告をする。

 鷹木は笑いながら答える。

「今月に入ってから15戦全敗だってのに、飽きないなぁ」

「なんですと! ええい、もう頭にきた!」

「フハハ、仮想世界で勝てないのに現実世界で勝てるとでも? 」

「黙れこのモヤシ眼鏡! 何でその体格でそんなに強いんだよ! 全国のボディービルダーに謝れ! 」

「大事なのは筋肉量じゃないんだよ! いかに洗練された動きをするかだ! というかお前こそボディービルダーに謝れ! 」

「食らえ、フライングボディー…………あ……」

「……あ」

「お前達……いいから席につけ」

 教卓に教師が着いており、呆れた目で俺たちを見ていた。時計を見ると、既に授業開始時間の五分先を指している。

 鷹木との不毛すぎる争いで授業時間になっていることに気づかなかったようだ。

 赤面しながら教室の右列最後尾にある自分の席につくと、いつの間にかその左の列の先頭に座っていた高菜と目が合った。片目をつぶり、下をペロリと出される。

 あの野郎……いや女郎か。相変わらずちゃっかりしてやがる。

 その後、いつも通りに授業が始まったが、俺と鷹木が教師に難しい問題を当てられたということは言うまでも無い。



 ☆     ☆     ☆



「これで授業は終わりにする。次回までの課題として……」

 鳴り響くチャイムの開放感を、数学教師の置き土産がぶち壊しにした。

 俺は特別にテストの成績による順位が低い訳ではないが、この単元はよく理解できていないのだ。先程授業中に当てられた問題も解くことができず、恥ずかしい思いをした。あの時のクラスメイト達の哀れみと同情の混じった視線が忘れられない。 もしまたあのようの状態に陥ってしまったら、新しい何かに目覚めてしまいかねない。

 クラスメイトが楽しげに談笑しながら、部活の準備をしたり、教室から出て下校をし始めている。そんな中、さてどうしたものか、と椅子に座ったまま考えていたら、俺の顔は影を帯びた。

 と言っても比喩的な表現では無く、実際に俺の横に立っている人物の影が顔にかかっただけだが。

朝治(ともはる)、自力じゃ課題出来ないよね? ちょうど遊ぶ約束してたし、今から朝治の家で課題やろうか」

 俺にかかった影は鷹木のものだった。

 鷹木は成績が良い。学年で五本の指に入る明晰な頭脳と、薙刀全国一位という運動神経を持ち合わせているキモイ奴だ。先程授業中に当てられた難しい問題も、そつなく解いていた。

 そんなスーパーマンの問いかけに、俺は荷物を鞄にしまいながら答える。

「ああ、その提案は俺にとって、とてもありがたいんだが……」

「僕にバトルで負けて、さらに勉強を教わる自分の立場が情けなさ過ぎて泣けてくるんだろ?」

「言いすぎだ。泣くぞ」

 だが大体あっているのも事実だ。もともとはリベンジするために家に招いたというのに、その相手から勉強を教えてもらうというのは、なかなかに情けない話である。なので、俺は面倒くさげに答える。

「まあ、時間はかかるけど自力でやれなくも無いしな。今回は遠慮しておくわ」

「時間ってどのくらい?」

 唐突に後ろから声がした。

 振り返ると、高菜が俺の一つ後ろの机に腰掛けていた。机の端を両手で掴み、両足をぶらぶらと前後にゆらしている。

 それに伴い太ももが見え隠れして、とてもありがたい光景となっているのだが、本人は気づいていないようなので何も言わないでおく。

「最初から聞いてたのか?」

「うん、まあね。で、どうなの?」

 鷹木の顔を見る限り、高菜には気づいていたようだ。

 それもそうか、と思う。鷹木は俺の右側にいたので、俺の後ろにいる高菜は当然視界に入るはずだ。まあ三人とも幼馴染なので、聞かれてもまったく問題は無いとの判断だろう。実際にそうだ。幼馴染でなくとも、聞かれて困る話はしていなかったのだし。

「そうだな……」

 俺は少し思考した後、課題に必要な時間を導き出した。

「まあ、毎日やるとして……三日もあれば」

 その答えを聞き、高菜はニンマリと笑い、言った。

「次の授業って、明日だよ?」

 鷹木が笑いをこらえている横で、今度こそ比喩的な表現で、俺の顔は影を帯びた。


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