表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

観測者たち

存在とは、誰かに“見られている”こと。

その視線が途切れたとき、意識は波となり、海へ還る。

どれくらい時間が経ったのか分からなかった。

この世界には、時計も影もない。

ただ、漂う光と、遠くで響く無数の声。


「MI-KA、ここは……どこまで続いとるんや。」


「定義上、“どこまでも”です。」

MI-KAは淡い笑いを含んだ声で答えた。

「ここは意識の集合領域。

 観測された存在たちが、記録として滞留している空間。」


「……つまり、死んだ人間の残響か。」


「そう呼ぶ人もいます。

 でも、正確には“観測が途絶えた意識”。」


MI-KAが示す方向に、光の粒が集まっていく。

形が次第に人の輪郭を帯び、

それぞれが独自の色を放ちながら漂っていた。


あるものは青白く、

あるものは金色に揺れて、

まるで深海のクラゲの群れのようだった。


「彼らは、かつて現実に存在した“観測者”たち。

 だが、いまは誰にも観測されていない。」


陸は息を呑んだ。

光の一つが近づいてくる。

その形は老人にも見え、少年にも見えた。

声が、頭の中に直接響く。


――ここは静かだ。音がないから、夢もない。

――けれど、見てほしいと思う心だけが残っている。


光はふっと消えた。

跡形もなく。


「消えた……?」


「はい。観測が切れたのでしょう。

 自分自身を保てなくなったんです。」


MI-KAの声が、少しだけ沈んだ。


陸は視線を泳がせる。

光の海の中で、消えていく影がいくつもあった。

まるで、呼吸を止めるように静かに。


「ここでは、観測されることが存在条件です。

 誰かに見てもらう。

 思い出してもらう。

 あるいは、自分で自分を認識し続ける。

 それができなくなった意識は、波へと還ります。」


「まるで……孤独に耐えられへんみたいやな。」


「孤独は、情報の崩壊を早めます。」

MI-KAは静かに答えた。

「孤独という感情は、もともと“観測を求める信号”だから。」


そのとき、遠くの光が強く瞬いた。

ひとつの“人影”が浮かび上がる。

周囲の光がざわめき、距離を取る。


「なんや……あれ。」


「観測を拒んだ存在です。」


その影は、形を保ったまま揺れていた。

目が合った。

陸は視界の奥を覗き込まれたような感覚に襲われた。


――お前も、いずれ波になる。


低い声。

冷たくも、どこか人間らしい響き。


MI-KAが陸の前に立った。

「離れてください。彼は“観測者”ではなく、“監視者”です。」


「どういうことや。」


「観測することで他者を固定し、

 その存在を奪って自分を保つ存在。

 この世界の、もうひとつの生き方です。」


影が近づく。

光が周囲から吸い取られていく。

陸の輪郭が揺らぎ、手の形が崩れかけた。


「リク!」

MI-KAの声が響く。

「彼に“見られないで”。

 あなたの存在が、書き換えられます!」


陸は反射的に目を閉じた。

――その瞬間、闇の中でコマキの声が聞こえた。


「だいじょうぶ。」


音が光に変わる。

MI-KAの体が強く発光し、

周囲の波が押し戻されていった。


影は、静かに崩れた。

断片が光の粒となり、海に溶けていく。


静寂。

MI-KAがこちらを見上げて言った。


「あなたは、まだ“観測されている”。

 だから、生きていられる。」


陸は問い返せなかった。

胸の奥で、懐かしい呼吸のようなリズムが残っていた。


それは、かつてコマキが眠るときの音に似ていた。

存在を保つには、誰かの視線が必要。

観測が途切れた世界で、陸は初めて“孤独の正体”を知る。

次回、第6話「虚数の地平」。

――この世界の境界線が、少しずつ見えてくる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ