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ZEF実験

科学はいつも「もう少しだけ先」を見たがる。

けれど、誰もその先に“何があるか”までは見ていない。

この章は、その一歩を踏み出した人間たちの記録。

翌朝。

吉村陸は、満員ではない通勤電車の揺れに身を預けていた。

乗客のほとんどがイヤホンをつけ、無言で空を見ている。

広告モニターには無音のニュース映像。


――ZEFプロジェクト、実証段階へ移行。


テロップだけが淡々と流れていた。

その文字列を眺めながら、陸は小さく息を吐いた。

「また、えらいもん動かすな……」


勤務先、日本エネルギー連合研究機構。

略称で“NERCナーク”。

国が主導する巨大プロジェクトで、

人類初のゼロポイントエネルギー抽出炉、通称ZEFを開発している。


AI制御された入館ゲートを通ると、白い光の廊下が続く。

ロボットの清掃音だけが響いて、人の声はほとんどしない。

陸はいつものように顔認証を通過し、自席に腰を下ろした。


ディスプレイが自動で立ち上がり、波形データが並ぶ。

虚数成分を含む量子ゆらぎの解析――

ZEF理論の要。

真空中の“ゆらぎ”からエネルギーを取り出すなど、

常識では考えられなかった。

だが、その理論はすでに実用段階に近づいている。


「おはようございます、吉村さん。」

隣の若手技師・田嶋が、紙コップを片手に笑った。


「おはよう。今日も元気やな。」

「そりゃそうですよ。ZEF、いよいよ明日稼働ですから。

 世界が変わる瞬間、見られるんですよ。」


陸はモニターから目を離さず、ぼそりと返す。

「世界が変わる、か。……悪い方向に、かもな。」


田嶋は冗談だと思って笑い、去っていった。


画面の端に、細いノイズが走った。

昨夜の、あの声と同じパターン。

“コマキ”の鳴き声に似た波形が一瞬だけ重なった。


解析プログラムを起動。

音ではない。

けれど、生体脳波のリズムに酷似している。


「……なんやこれ。」


その瞬間、画面が黒く染まり、警告が浮かぶ。

《このデータは上位プロトコルにより保護されています》


背筋が冷える。

権限を超えた解析をした覚えはない。

誰かが、この異常を“見せたくない”らしい。


休憩に出た廊下の壁モニターが、

同じニュースを流していた。


――ZEF実験、明日午前十時開始。観測者立ち入り禁止。

  ※観測は現象を変化させる可能性があります。


陸は立ち止まった。

“観測者”という単語が胸に刺さる。

昨夜のノイズ。

誰も知らない波形。

それを“見てしまった”自分は、もう観測者じゃなく、

――当事者なのかもしれない。

科学の“先”を覗いた瞬間、人は観測者ではいられない。

次回、第3話「重力の瞬き」。

ZEFが動き出す。世界が静かに反転する。

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