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龍は世界を渡る  作者: 人外主人公大好き
2章 ファンタジーの世界
55/60

54.下準備

―――

烏丸愜視点


ざわざわ、ざわざわ。


(……今日は、やけに騒がしいな)


訓練場全体が、落ち着かない。

視線が泳ぎ、声が低く抑えられている。


「ねぇ、何かあったの?」


近くにいたクラスメイトに声をかける。


一瞬、露骨に嫌そうな顔をされ――舌打ち。


「……ッチ。ルナスが帰ってきたらしい」


その一言で、空気が繋がった。


(ああ……なるほど)


最近、みんな冷たい。

いや、最近じゃない。ずっとだ。


分かってはいる。

俺は無能だ。


剣も、魔法も、誰よりも劣っている。

それなのに――皆と同じ待遇を受けている。


訓練場に立ち、食事を与えられ、

「勇者」として名を連ねている。


それが、気に入らないんだ。


(当然だよな)


本来なら、俺は弾かれる側だ。

この世界は優しくない。

死は常に身近で、弱いものから消えていく。


なのに。


(……ルナス)


なぜか、あの人は俺を気に掛ける。

理由は分からない。

期待されている感じもしない。


ただ――

見捨てられていない。


それが、周囲には異様に映る。


最強格の存在。

死が最も遠い場所にいる人。


そんな存在が、

“何も持たない俺”を、視界に入れている。


だから、いじめまではいかない。

殴られない。

蹴られない。


代わりに――

距離を置かれる。


視線を逸らされる。

会話が途切れる。


(……楽なはずなのに)


胸の奥が、妙に重い。


「ルナスが戻ったってことはさ」


別の誰かが、ひそひそと話す。


「何か、変わるんじゃない?」

「……さあな。変わるのは――」


言葉は、最後まで出てこない。


でも、分かっている。

“誰が”試されるのか。


俺は、無意識に拳を握っていた。


(また、か)


この世界は、俺を何度も確認する。

「役に立たないなら、消えていいか」と。


逃げ場はない。

期待も、ない。


それでも。


(……あの人が、帰ってきた)


理由は分からない。

でも、それだけで――


今日が、

今までと同じ一日では終わらない気がしていた。


―――

ルナス視点


「やあ、アストレア国王。久しいね」


玉座の間に響いたその一言で、空気が一段階、冷えた。


「……ええ、お久しぶりですな、ルナス殿」


国王は即座に立ち上がらなかった。

それだけで、前回とは違うと分かる。


(……弱ったな)


肉体ではない。

精神だ。


「それで、あの子らはどう?」


雑談のように、軽く聞く。


「……あなたの分身から、情報は既に伝わっているはずですが」


慎重な返答。

一語一語、地雷を踏まないように選んでいる。


「自分で聞きたいじゃないか」


肩をすくめる。


沈黙。

国王は一瞬だけ視線を伏せ、それから口を開いた。


「……概ね、順調です」


「成長は著しく、すでに我が国の騎士団では、束になっても歯が立たぬほどに」


誇張ではない。

事実だ。


「……ですが」


国王の背筋が、わずかに強張る。


「1人だけ――」


言葉にした瞬間、

この場に張り巡らされた結界が、微かに震えた。


恐怖と、警戒と、覚悟。


“ルナスが気に掛けている生徒”。


王は確信している。

ここでの返答次第では、国が揺らぐと。


(……随分、買われたものだね)


「成長が見られない者が、います」


慎重に、事実だけを述べる。


「能力の開花もなく、戦力としては――」


「――あぁ、いいよ」


被せるように、ルナスが言った。


「気にしてないし」


あまりにも、あっさりと。


「………そう、ですか」


国王の表情が、わずかに緩む。

だが、それは安堵ではない。


(信用できるかどうか、だろうね)


国王は動揺しない。

それだけの覚悟は、とうに決めている。


だが。


“気にしていない”。


その言葉ほど、

この場で信用できないものはなかった。


ルナスは、玉座の間をゆっくりと見渡す。


豪奢な装飾。

祝福と権威を誇示する魔術陣。

王という制度を守るための、無数の保険。


(気にしていないんじゃない)


(”今は”何もできないだけだ)


「ただね」


軽く、雑談の続きのように言う。


「その“1人”に、無理はさせないで」


国王の喉が、わずかに鳴った。


「危険な任務も、見せしめも、切り捨ても」


「そういうの、好きじゃないから」


声は穏やか。

だが、拒否権は与えていない。


「……承知、いたしました」


国王は、深く頭を下げた。


その瞬間、

王国は一つの選択肢を、永久に失った。


(さて)


ルナスは踵を返す。


「じゃあ、しばらく王都にいるよ」


「何かあったら――」


振り返り、にこりと笑う。


「何もなくても、見てるから」


国王は、返事ができなかった。


王城を出た瞬間、

ルナスの表情から、笑みが消える。


(……もう動き始めてるな)


王国は、試す。

必ず。


表立ってはやらない。

だが、水面下で、選別は続く。


“無能”と呼ばれた勇者。

虚無を抱えた少年。


(さて、愜)


ルナスは、王立学園の方向を見る。


「君が壊れるのが先か」


「――世界の物語が、先か」


どちらにしても。


今回は、

最後まで見届けるつもりだった。


―――

ルナス(分身)視点


「……ここが」


足を止め、分身は静かに視線を落とした。

石床に刻まれた円環。摩耗し、補修され、それでも消えきらなかった痕跡。


全ての因果の始まり。

ルナスを、この世界へと招き入れた場所。


――召喚陣。


分身に与えられていた命令は、本来ひとつだけだった。

空白を持つものの観察。


介入せず、評価せず、ただ見続ける。

世界が自ら答えを出すのを、待つために。


……だが。


今回、本体から新たな命令が上書きされた。


「いざという時の、脱出方法」


分身は、わずかに目を細める。


(やはり、ここに手を入れますか)


この世界は、いずれ龍が誕生する。

その余波によって、因果は破断し、世界は崩壊する。


それは予測ではない。

既に決まっている未来だ。


そしてここは、ルナスが生み出した宇宙の内側ではない。

外部の世界。

干渉すればするほど、反発と歪みが返ってくる。


本体でさえ、無茶はできない理由。


最悪の場合――

龍神そのものが、直接介入してくる。


その瞬間、この世界は耐えられない。


「……奥の手、というわけですね」


分身は召喚陣の中心へと歩み出る。


この魔法陣は、かつて一度だけ“成功”している。

偶然ではない。

召喚という術式が本来持つ性質――


対象の属する世界へ、経路を開く。


その対象が、ルナスだった。


結果として、この陣は一時的に

ルナスが生み出した宇宙と接続された。


その痕跡は、今も完全には消えていない。


「……強制的に、繋げる」


分身は静かに言葉を落とす。


本来、世界が拒絶する行為。

繋がるべきでない場所へ、無理やり道を通す。


成功しても長くは保たない。

下手をすれば、ここから世界の崩壊が加速する。


それでも――


(用意しておく価値はある)


分身は陣の縁に手を触れ、既存の術式を壊さぬよう、

ごく最小限の符号を書き加えていく。


起動条件は二つ。


一つは、龍神の干渉を検知した場合。

もう一つは――


(本体が、“帰る”と判断した時)


術式が、静かに応答する。

理解した、とでも言うように。


分身は一歩下がり、召喚陣全体を見渡した。


(……これでいい)


使われないのが、最善。

だが、使えないのは最悪だ。


最後に、ぽつりと呟く。


「さて……」


視線の先は、王立学園の方向。


「あなたは、どこまで耐えられますか」


空白を持つ少年。

物語の外縁に立つ存在。


彼が壊れるのか。

世界が壊れるのか。

それとも――


分身は踵を返す。


因果の起点は、再び静寂に沈む。

だがその底で――


逃げ道だけが、確かに用意された。


物語は、静かに臨界点へ向かっている。

いかがでしたか?楽しんでもらえたのなら幸いです。

見にくい、ここの文章がおかしい、面白くない、などありましたら教えて頂きたいです

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