53.物語の始まり
―――
ルナス視点
検問を何事もなく通り、王都へ入る。
磨かれた石畳、高く連なる建物、人の熱を孕んだ空気。
煌びやかで、騒がしく――
そして、どこか息苦しい。
「さてと」
小さく呟き、歩調を緩める。
分身から届く情報はすでに頭に入っている。だが、それだけで満足する気はなかった。
“生の声”は、別物だ。
屋台の呼び声。
酒場から漏れる笑い。
井戸端で交わされる、無防備な噂話。
耳を澄ませば、情報は勝手に流れ込んでくる。
「今回の勇者様方、とても強いんですってよ」
「ええ、隣国の勇者にも圧勝したとか」
「これで魔族も――」
期待。
安堵。
そして、無責任な確信。
ルナスは歩きながら、その“温度”を測る。
「……でも、1人だけ無能がいるらしいわ」
「剣も魔法も中途半端なんですって」
「召喚に失敗したんじゃないか、なんて話も」
声はひそめられているが、遠慮はない。
当人が近くにいない前提で、評価は好き勝手に形作られていく。
勇者という肩書きは、祝福であると同時に檻だ。
期待され、比較され、消費される。
強い者は神話になり、
弱い者は――物語から削られる。
「かわいそうに」
「でも、勇者なんだから仕方ないわよ」
「役に立たないなら、いないのと同じじゃない?」
軽い声。
悪意と呼ぶには、あまりに無自覚。
だからこそ、厄介だ。
ルナスは再び歩き出す。
喧騒の中で、確かに感じる。
勇者たちを中心に、静かに歪み始めた流れを。
この都では、
誰かが“選ばれ”、
誰かが“外される”。
そして、その選別は――
必ず、血の匂いを伴う。
「……まあ」
どこか楽しげに、息を吐く。
「しばらくは、退屈しなさそうだ」
王都の雑踏に紛れながら、
自然と足はその中心へ向かっていた。
勇者たちと、
そして“無能”と呼ばれ始めた存在へ。
―――
ルナス(分身)視点
……本体が戻ってきましたね。
結界越しに、因果の流れがわずかに収束する。
王都全体に散らした観測点の一つとして、それは嫌でも分かる。
(やれやれ)
校舎の影、訓練場を見下ろす位置に腰掛けたまま、視線だけを動かす。
眼下では生徒たち――勇者候補が、剣を振り、魔法を撃ち、教師の怒号を浴びていた。
成長する者。
伸び悩む者。
そして――
(……やはり、空白は空白のまま)
輪の外。
誰とも組まず、誰からも期待されない位置。
“無能”と噂され始めた勇者。
剣を振ることもなく、魔法を詠唱することもない。
ただ、地面に描かれた魔法陣を、ぼんやりと眺めている。
(才能がない、わけじゃない)
私は知っている。
いや、“観測している”と言うべきか。
彼のステータスは歪だ。
突出した数値はなく、スキルも中途半端。
だが――
一つだけ、決定的に違う点がある。
(空白……いいえ、“虚無”)
神の祝福でも、魔王側の呪いでもない。
最初から、世界の外側に半歩踏み出しているような在り方。
王都の奥、城下の喧騒の中心から、
馴染み深い“重さ”が近づいてくる。
――ルナス、本体。
(ドラゴン一体で済んだのは、運が良かったですね)
小さく息を吐き、生徒たちから視線を外す。
本体が戻ったということは、
段階が「観察」から「介入」へ進むということ。
問題は、どこまで踏み込むか。
勇者たちを守るのか。
王国の選別を正すのか。
それとも――
(……空白、か)
“無能”と切り捨てられつつある存在。
物語の都合で、いずれ消される役。
だが、世界は時に、
そうした“予定外”を核にして大きく歪む。
訓練場を後にし、本体との同期へ向かう。
(さて)
先に気づくのは、どちらでしょうね。
王国か。
勇者たちか。
それとも――当の本人か。
空白が、
自分が「空白」である理由に。
―――
ルナス視点
分身との同期は、歩きながらで十分だった。
情報というより、感覚の重なり。
王都の喧騒に、訓練場の乾いた空気が混じる。
(……なるほど)
視界の端に浮かぶ、剣を振る勇者たち。
光る才能、称賛、焦燥、優越感。
そして――
輪の外に立つ、一人の影。
虚無。
“空白”ではない。
何も書かれていないのではなく、
書くことそのものを拒否している余白。
世界に属していないのではない。
世界が、彼をどう扱えばいいのか分からない。
(管理者が嫌うタイプだ)
制度で測れず、
数値に落とせず、
勇者という物語に当てはめられない。
だから“無能”というラベルを貼る。
理解できないものを切り捨てるために。
城下から王立学園へ続く大通りに足を向ける。
無意識のようでいて、因果は最短距離を選んでいた。
(介入するか、ではないな)
問題は――
「いつ、誰が、どの形で壊れるか」。
王国はすでに選別を始めている。
教師も、貴族も、民衆も。
勇者は駒。
強い駒は前に出され、
弱い駒は――盤面から消える。
(だが、あれは)
消えない。
消せない。
王立学園の門が見えてくる。
結界、監視、祝福、抑制。
ありとあらゆる“管理”の術式。
その中心で、
何事もない顔で存在している“虚無”。
「……本当に」
楽しげに、口角を上げる。
「世界にとって、いちばん厄介だ」
―――
ルナス(分身)視点
廊下を歩き、窓辺で足を止める。
石壁に刻まれた祝福陣が、静かに脈打つ。
(もうすぐ、会いますね)
管理者と、管理できない存在。
教師たちは気づいていない。
王国も、まだ“無能な勇者”としか見ていない。
だが――
最初に気づくのは、たいてい当事者ではない。
嫉妬する者。
恐れる者。
排除しようとする者。
(王国は、必ず試す)
危険な任務。
捨て駒の役割。
「役に立つかどうか」の最終確認。
中庭を歩く一人の生徒。
剣も魔導書も持たず、ただ空を見上げている。
(……まだ、自覚はない)
だが因果は、すでに彼を中心に歪み始めている。
本体が来れば、
その歪みは“確定”へ変わる。
(さて)
世界が壊れるのが先か。
王国の物語が破綻するのが先か。
それとも――
虚無が、自分自身を定義するのが先か。
私は、静かに笑った。
物語は、
ようやく“始まりの部分”に入ったのだから。
いかがでしたか?楽しんでもらえたのなら幸いです。
見にくい、ここの文章がおかしい、面白くない、などありましたら教えて頂きたいです




