43.測定
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???視点
広間を出た生徒たちは、王城内の一室に案内された。
長机と椅子が並び、最低限の照明と水が用意されている。
豪華ではないが、話し合いをするには十分な空間だった。
扉が閉まった瞬間、誰かが大きく息を吐いた。
「……やっと、座れる」
「頭、ぐちゃぐちゃだよ……」
最初は小さな声だったが、少しずつ会話が戻ってくる。
泣いている者はいない。
取り乱す者も、今はいなかった。
魚町先生が立ち上がる。
「みんな、よく聞いて。
今から、分かっていることと、分からないことを整理します」
声はまだ硬い。
だが、さっきよりも落ち着いていた。
「まず――ここは、異世界。
元の世界には、現時点では戻れません」
一瞬、空気が沈む。
「次に、“失敗した召喚者がいる”。
これは……全員が無事だとは限らない、という意味です」
誰も口を挟まなかった。
「それから――あの黒い翼の人物」
視線が、部屋の隅へ向く。
そこには、壁にもたれるように立つ黒翼の存在がいた。
背中には大きな黒い翼。
頭には滑らかな曲線を描く角。
腰の後ろでは細長い尻尾が静かに揺れ、
首元や腕には、黒い鱗のような質感がわずかに覗いている。
「……彼は」
「彼女かもしれないだろ」
小声の訂正が入る。
「……とにかく、あの存在は、少なくとも今のところ敵意はありません」
黒翼の人物は、そのやり取りに割り込まない。
「情報を隠さない、嘘はつかないと言っていました。
それは、覚えておいてください」
先生は一度、全員を見回した。
「それで――」
少し言いづらそうにしてから、続ける。
「これから、この世界で生きていく可能性が高い。
なら、最低限、お互いを知る必要があります」
「……自己紹介、ってこと?」
誰かが言う。
「そう」
先生は頷いた。
「そして――」
再び、黒翼へ視線が向く。
「あなたにも聞きたい。
あなたは、何者なんですか」
少しの間。
それから、黒翼の人物が口を開いた。
「名前は、ルナスだよ」
声音は低いが、どこか穏やかだった。
「立場としては……傍観者に近いかな。
この世界の住人でもないし、君たちの仲間というわけでもない」
ざわ、と小さく空気が揺れる。
「干渉は、できるだけ控えるつもりだよ。
質問には答える。
ただ、答えられないこともあると思う」
そう言って、静かに口を閉じる。
「……じゃあ」
一人の男子が、手を挙げた。
「こっちも、名乗った方がいいよな」
周囲が頷く。
「クラスとして動くなら、隠す意味もないし」
最初に立ち上がったのは、学級委員の女子だった。
「えっと……5組の、佐倉。
特別な能力とかは、今のところ分からない」
「同じく、山本。
運動は得意だけど、剣とかは触ったことない」
「伊藤。
ゲームは好きだけど、現実で役に立つかは微妙」
次々と、名前と簡単な自己紹介が続く。
怖さが消えたわけじゃない。
それでも、“知らない集団”から“顔のある仲間”に変わっていく感覚があった。
何人目かが終わったところで、誰かがルナスを見る。
「……ルナスは、これを聞いてどうするんだ?」
少し間を置いて、柔らかな返答が返る。
「君たちのことを知っておきたいんだ。
できれば、無駄な事故は避けたいからね」
「事故?」
「力の差とか、認識の違いとか、文化のズレとか。
そういうのを放っておくと……案外、簡単に取り返しがつかなくなる」
空気が、わずかに引き締まる。
「……正直だな」
「必要だと思ってるから」
それ以上は、付け加えなかった。
自己紹介は、最後まで続いた。
全員が名乗り終えた頃、部屋には妙な静けさがあった。
不安は残っている。
それでも――整理は、確かに進んでいた。
ルナスは、一度だけ全員を見渡す。
「ありがとう。
だいたい、分かったよ」
それだけ。
なのに、不思議と――
ほんの少しだけ、前に進めた気がした。
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???視点
部屋を移された翌日。
生徒たちは、再び王城の一角へ集められていた。
昨日よりも小さな広間。
床には複数の魔法陣が描かれ、壁際にはローブ姿の魔術師たちが並んでいる。
「……なんか、実験室みたいだな」
誰かが小声で言った。
否定する声はなかった。
魚町先生が前に立つ。
「王国側から説明があるそうです。
不安だとは思うけど、勝手な行動はしないで」
全員が頷く。
やがて、年配の魔術師が一歩前に出た。
「勇者候補――いえ、異界より来訪した皆さん」
言い直す声は、どこか慎重だった。
「これから、皆さんに宿っている力の“性質”を判別します」
ざわ、と空気が揺れる。
「力……?」
「危険なことはしません」
「痛みもありません」
「拒否も可能です」
だが、“拒否できる”と言われて、本当に拒否できる雰囲気ではなかった。
「異界の魂は、世界を越える際に力を得ます」
「それを把握せずに行動する方が、よほど危険なのです」
納得した者と、納得しきれない者。
その両方が、黙って立っていた。
「一人ずつ、前へ」
最初に呼ばれたのは、佐倉だった。
魔法陣の中央に立つ。
杖が掲げられ、淡い光が足元から立ち上る。
「……反応あり」
「属性は光寄り」
「適性は補助・防御系」
佐倉が目を見開く。
「え……?」
「治癒・強化系の素質が高いでしょう」
「……ゲームみたいだな」
誰かが呟く。
判別は、次々と進んだ。
「筋力強化型」
「魔力感応は低い」
「身体強化寄り」
「精神干渉への耐性あり」
「情報処理系の可能性」
同じ結果は、一つとしてなかった。
そして――自分の番。
魔法陣の中央。
光が昇る。
「……」
魔術師たちの動きが、一瞬止まる。
「……反応が微弱?」
「いや、違う……」
「表層に力はない」
「だが……空白だ」
「空白……?」
思わず聞き返していた。
「器としての余地が大きい、という意味です」
「現時点では、何にも染まっていない」
「……当たり? 外れ?」
「どちらとも言えません」
「危険にも、可能性にもなり得ます」
曖昧な答えだった。
最後に残ったのは――
部屋の隅。
壁にもたれる黒い存在。
翼。
角。
尻尾。
黒い鱗。
「……あの人も、やるのか?」
「――ルナス殿」
呼ばれて、一歩前に出る。
魔法陣に足を踏み入れた瞬間、
空気が変わった。
光は立ち上らず、
代わりに魔法陣そのものが軋む。
「測定不能……!?」
「術式が弾かれている……!」
「危険です、解除を――」
「無理しなくていい」
静かな声。
「これは器じゃなくて、中身を見ようとしてる。
この魔法じゃ、見れないだけ」
魔法陣は、静かに消えた。
「……判別不能」
「規格外、ということですか」
「そうなるね」
それ以上の説明はなかった。
けれど、生徒たちは理解してしまった。
――同じ場所に立っていても
――同じ枠には、最初からいない
力の判別は、これで終わった。
戻る途中、誰かが小さく言った。
「……俺たち、本当に異世界に来たんだな」
誰も、笑わなかった。
ただ、それぞれが、
自分の中に“何かがある”と知ってしまっただけだった。
物語は、確実に次の段階へ進んでいた。
いかがでしたか?楽しんでもらえたのなら幸いです。
見にくい、ここの文章がおかしい、面白くない、などありましたら教えて頂きたいです




