42.最初の一歩
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???視点
広間は、重苦しい沈黙に包まれていた。
王の言葉が、頭から離れない。
戻れない。
失敗した者がいる。
それが何を意味するのか、誰もはっきりとは理解できていない。
それでも、嫌な予感だけは全員が共有していた。
「……失敗って、どういう意味だよ」
誰かが、震える声で呟く。
「まさか……死んだ、とか……?」
「やめろよ……そんなこと……」
否定の言葉は、最後まで続かなかった。
誰もが、いなくなったクラスメイトの顔を思い浮かべてしまったからだ。
「……静かにしてください」
王国の兵士の一人が制止するが、混乱は収まらない。
「説明しろよ!」
「友達がいないんだぞ!?」
「元に戻せないって、どういうことなんだよ!」
怒号と不安が入り混じる中、
ふいに、低く落ち着いた声が広間に響いた。
「――少し、いいかな」
ざわめきが、ぴたりと止まる。
声の主は、魔法陣の中央に立つ、黒い翼の人物だった。
「安心して。今すぐどうこうなる話じゃない」
淡々とした声。
感情の起伏が、ほとんど感じられない。
「『失敗』っていうのは、単純に“ここに来られなかった”って意味だよ」
誰かが、恐る恐る尋ねる。
「……それって、無事なのか?」
少しの間を置いて、答えが返ってきた。
「無事な者もいる。そうじゃない者もいる」
広間に、息を呑む音が広がる。
「おい……それ……」
「全部は分からない。少なくとも、この場で断言できる人はいない」
その言葉は、慰めでも嘘でもなかった。
ただ事実を並べただけのように聞こえた。
「ちょっと待ってください!」
魚町先生が前に出る。
「あなたは誰なんですか!?
王国の人間でも、生徒でもないように見える!」
視線が、一斉にその人物へ集まる。
黒い翼が、わずかに揺れた。
「立場で言うなら……偶然、巻き込まれた第三者かな」
「偶然で済む見た目じゃないでしょう!」
誰かが叫ぶ。
「翼があるんだぞ!?」
「うん。そこは否定しない」
妙に素直な返答だった。
「でも、少なくとも君たちを害するつもりはないよ」
その言葉に、わずかに空気が緩む。
だが、完全に安心できる者はいなかった。
「……信じろって言われても」
「信じなくていい」
即答だった。
「判断材料が足りないのは事実だしね」
その割に、態度は変わらない。
怯えも、焦りも、怒りもない。
「ただ一つ言えるのは――」
黒翼の人物は、王と生徒たちの両方を見渡した。
「ここで感情的になっても、状況は良くならないってこと」
沈黙。
その言葉に、誰も反論できなかった。
「王国側も、生徒側も、今は同じ船に乗ってる」
「……同じ?」
「戻れないって意味では、ね」
広間に、重たい現実が落ちる。
「だから提案」
その人物は、淡々と言った。
「まずは“生き延びる”ことを優先しよう。
話し合いは、その後でも遅くない」
クラスメイトたちの間に、戸惑いと同意が入り混じった視線が交差する。
――信用できない。
――でも、今いちばん冷静なのは、この人かもしれない。
そう思ってしまった自分に、少しだけ戸惑った。
黒い翼の人物は、それ以上何も言わなかった。
ただ、そこに立っているだけなのに、
なぜか目が離せなかった。
やがて、その人物が王の方へ視線を向ける。
「状況整理を優先した方がいいよ。
このままじゃ、恐怖だけが増えるから」
王は一瞬だけ眉をひそめ、それから小さく頷いた。
「……その通りだ」
王が手を上げると、兵士たちが一斉に動き、広間の出入口を固める。
だが、先ほどまでのような威圧感はなかった。
「勇者候補の皆様――いえ、皆さん」
言い直したその一言に、わずかに空気が和らぐ。
「まずは、衣食住の確保を行います。
怪我人や体調不良の方はいませんか」
「そんなの、今さら――」
誰かが言いかけたが、言葉は続かなかった。
「……先生」
クラスメイトの一人が、魚町先生の袖を引く。
「今は……聞いた方がいいと思います」
先生は歯を食いしばりながらも、ゆっくりと頷いた。
「……分かりました」
王は、安堵したように息をつく。
「そして――」
視線が、再び黒翼の人物へ向く。
「あなたについても、話し合う必要があります」
「まあ、当然だね」
即答だった。
「あまりにも謎が過ぎる。無視はできない」
その言葉に、兵士たちの緊張が一段階上がる。
「敵意はないと言いましたね?」
王が確認するように問う。
「今はない」
わずかに間を置いて、続ける。
「ただし、無理に排除しようとすれば話は別だけど」
空気が、ぴしりと張り詰めた。
「……脅しですか」
「事実の提示だよ」
淡々とした声。
「この場で最も不安定なのは、力関係じゃない。
情報不足」
誰も、すぐには反論できなかった。
「提案がある」
黒翼の人物が言う。
「生徒たちは王国の保護下に置く。
教師は代表として同席。
魔術師団は、召喚の検証を優先」
「あなたは?」
王が問う。
「監視でも隔離でも、何でもしていいよ」
ざわ、とクラスが揺れる。
「ただし条件がある」
「……聞こう」
「過度な干渉は禁止」
その言葉に、魔術師の何人かが顔を強張らせた。
「それから――」
黒い翼が、静かに畳まれる。
「彼らに、嘘はつかないこと。
分からないなら、分からないと言う」
沈黙。
王は、長く考え込んだ末、ゆっくりと頷いた。
「……誓おう」
その瞬間、ほんの少しだけ、広間の空気が軽くなった。
恐怖は消えていない。
疑念も、不安も、山ほどある。
それでも――。
「……なんかさ」
隣のクラスメイトが、小さく言った。
「あの黒い人、信用できるかは分かんないけど」
同じ視線が、何人も集まる。
「今、いちばん“現実”を見てる気がする」
俺は、何も言えなかった。
ただ、黒い翼の人物を見つめる。
いかがでしたか?楽しんでもらえたのなら幸いです。
見にくい、ここの文章がおかしい、面白くない、などありましたら教えて頂きたいです




