30.影
遅くなりました、申し訳ございません
⸻
「ぐっ……!」
突如、ゼロの鋭い蹴りがセリスの腹部を抉るように突き刺さり、そのまま身体を宙へと吹き飛ばした。
「セリス!」
イリスが叫ぶより早く、セリスの体が氷壁を砕き、地面に叩きつけられる。
「よそ見とは――随分と余裕であるな」
低く響く声。ゼロはその場から一歩も動かぬまま、イリスに視線を向けていた。
足先には、セリスを蹴り飛ばした衝撃の余韻が残る氷の欠片がぱらぱらと落ちていく。
氷の温度が一瞬で下がり、空気が張り詰める。
イリスは息を呑み、即座に氷槍を構える――だが、ゼロの微笑みは変わらない。
「しかし……随分と頑丈だな」
ゼロはゆっくりと手を払うようにして、蹴りの余韻を振り落とした。
「先ほどの一撃で穴を開けるつもりであったが――」
ゼロの視線の先で、セリスが膝をつきながらも立ち上がる。
血を吐き、肩で息をしながらも、まだ銃を手放してはいなかった。
ゼロは愉快そうに目を細め、唇の端を持ち上げる。
「さすがは……カイゼル様の“分身”と言えるな」
その一言に、場の空気が凍りつく。
イリスの瞳が大きく見開かれ、セリスの指がわずかに震える。
「……何?」
イリスの口から驚愕の声が漏れる。
ゼロの微笑みは、獲物をもてあそぶ獣のそれだった。
「おや? お仲間には伝えていなかったのか。これは失礼したな」
軽く肩をすくめながらも、その声音には明らかな愉悦が滲む。
「……もっとも、この程度の力で“カイゼル様の分身”と呼ぶのは、少々不躾かもしれんが」
挑発に満ちた言葉が、瓦礫の散らばる空間に響く。
「……セリス、どういうことだ」
イリスはセリスの側へと素早く移動し、氷槍を構えたまま問い詰める。
「貴様がカイゼルたちと同じ組織にいたことは知っている……だが、“分身”とはどういう意味だ」
セリスは唇を噛み、視線を逸らす。
肩で荒く息をしながら、静かに言葉を吐き出した。
「……このことは、信頼関係ができたときに話すつもりだったんだけどね」
その声音には後悔と覚悟、そしてどこか諦めにも似た色が滲む。
「……だけど、今はアイツを倒すことに集中してほしい。終わったら全部話すから」
「………了解だ」
イリスはセリスの瞳に嘘を感じなかった。
「おや? 話さないのか?」
「お前を殺したあとで話すさ」
セリスの言葉に殺気が込められると同時に、イリスが飛び出す。
氷槍が閃光のように走る。
だがゼロは微動だにせず、手を軽く払うだけで衝撃を弾き返した。
「速い……が、軽いな」
わずかに笑うゼロ。その足元を、氷の棘が這うように伸びる。
イリスの攻撃が止まることはない。
次の瞬間、セリスが銃を構え――氷槍の隙間を縫うように弾丸が放たれた。
氷と銃火が交差する。
しかし、ゼロの影が一瞬で掻き消える――
「――上か!」
イリスが見上げた瞬間、闇が降り注ぐ。
ゼロの拳が、氷を砕きながら二人に迫る。
「チッ……!」
ギリギリで、セリスとイリスは左右に跳んで回避した。
直後、衝撃波のような風圧が地面を抉り、氷片が嵐のように舞い上がる。
「奴の能力はなんだ……?」
イリスが短く問いかける。
「わからない。でも――カイゼルのように、純粋な身体能力の可能性がある」
セリスは息を整えながら冷静に分析する。
「避けたか。見事だな」
ゼロは拳を下ろし、愉快そうに目を細める。
「吾輩、貴様らを少々見くびっていたようだ」
氷の破片が落ちる音の中、ゼロの体がゆらりと揺らめく。
その輪郭が一瞬、黒い靄に包まれる。
「……ッ、消えた!?」
イリスが反応するより早く、背後で水を打ったような音が響いた。
セリスが振り向くと同時に、ゼロが影から拳を突き出していた。
咄嗟に銃口を向け、至近距離から引き金を引く――
閃光と衝撃。
しかし、ゼロの身体は霧のように霧散し、弾丸は空を裂くだけだった。
「……瞬間移動、か? いや、違う……」
セリスが眉をひそめる。
その声に応えるように、ゼロの声が空間全体に低く響いた。
「貴様は知っているはずだ、セリス。――吾輩は、貴様と同じ“造り”なのだから」
セリスの表情が固まる。
言葉の意味が、胸の奥で重くのしかかる。
イリスの手がぎゅっと氷槍を握りしめ、緊張で白くなる。
「……イリス、奴の能力がわかった」
「なんだ!」
セリスは荒く息を整える。
「影だよ……覚えてるかい? 前に襲撃された時の影を――あれと大体同じだ。
ただし、前のやつは実体を持っていたが、奴は実体をなくせるらしい」
イリスの瞳が驚きで大きく見開かれる。
「……実体をなくす、だと……?」
セリスは拳を握りしめる。
「つまり、正面から攻撃しても空を切るだけになる。被弾覚悟で反撃するしかない」
いかがでしたか?楽しんでもらえたのなら幸いです。
見にくい、ここの文章がおかしい、面白くない、などありましたら教えて頂きたいです




