23.先生
続きです
重苦しい空気が場を支配していた。
誰も言葉を発せず、ただセリスの言葉の余韻に飲み込まれている。
「――まあ、僕のことはひとまず置いとこう」
セリスがあえて軽い調子で声を出す。
「今は過去よりも、これからのことを考えないとね」
張りつめた空気がわずかに揺らぎ、皆の意識が現実へと引き戻される。
「……到底、置いておけない情報だが」
イリスが深く息を吐き、静かに言葉を続ける。
「そうだな。今はセリスの過去よりも、カイゼルへの対策を考えなければならない」
重苦しさを切り裂くような冷静な声だった。
「対策といっても、どうするんだ?」
カリナが腕を組み、渋い声を出す。
「まぁ……そうだねぇ」
ルミナが人差し指を頬に当て、少し考え込む。
「魔法少女が一人で行動しない、とか。影を見つけたらすぐにSランクへ連絡を入れる、とか……そのあたりかなぁ」
軽く言いながらも、声色には焦りが滲んでいた。
「多分これからは、“影”そのものよりも――カイゼルの配下がどんどん出てくると思うんだよね」
セリスは軽い調子で言いながらも、目だけは真剣だった。
「三人で、本当に足りるの?」
その問いかけに、場の空気がまた重く沈む。
「足りないでしょうね」
サイカが静かに言い切った。
「未来を視ればわかります。カイゼルの配下は数も質も桁違い。三人では、とても捌ききれません」
サイカの言葉は冷徹で、しかし誤魔化しのない真実を突いていた。
「じゃあ……どうする?」
ルミナが不安げに呟く。
「……セリスさんにお願いがあります」
サイカが静かに口を開いた。
「ん、何?」
セリスが首を傾げる。
「どうか……お力をお貸しください」
そう言って、サイカは深々と頭を下げた。
場の空気が揺れる。
巫女が、異端の存在に助力を乞う。
それは決して軽くない意味を持っていた。
「……おい、サイカ」
イリスが眉をひそめる。
「皇国の代表が早々頭を下げるな」
「わかっています」
サイカは顔を上げ、真っ直ぐセリスを見つめる。
「ですが、彼女の力なしでは、未来が途絶えるのです」
セリスは目を細め、いつもの調子で笑った。
「おおげさだなぁ。でも……悪くないね。僕に頭を下げる巫女様なんて、そうそう見られるもんじゃない」
「まあ、最初から手伝うつもりではあったからね」
「ありがとうございます」
サイカが再度頭を下げる。
「いいよいいよ、もう頭下げないで。で、具体的に何を手伝えばいいの?」
「はい、セリスさんには魔法少女への特訓、具体的には魔法少女たちが通う教育学校へ――先生として赴任していただきたいのです」
サイカの言葉に、空気が一瞬凍った。
「……は?」
カリナが口を開けて固まる。
「え、先生?」
ルミナが目を丸くする。
「ちょっと待って、セリスが先生?」
イリスは腕を組み、険しい顔のままセリスを睨む。
「サイカ……本気で言っているのか。セリスのような奴を、教育機関に入れるなど……」
「セリスさんだからこそです」
サイカは真剣な眼差しで返す。
「今後、カイゼルに対抗するには従来の教育だけでは不十分。セリスさんのような“異端”の力や思考を取り入れなければ……未来は閉ざされます」
全員の視線がセリスに集まる。
当の本人は頬をかきながら、苦笑した。
「……いやいや、僕が先生って。似合わないでしょ? それに僕、教育とか無縁だし」
「けど、戦い方のコツとか、私たちが知らないことはいっぱいあるんでしょ?」
ルミナが前のめりになる。
「……ちょっと、楽しそうじゃない?」
「それに、ぼく達も最近行けてないしね」
セリスが意外そうに目を瞬かせる。
「へえ……てっきり、もう現場一筋で動いてるのかと思ってた」
「本来ならそう。でも、あくまで私たちは“学生”だからな」
カリナが肩を竦める。
「任務が多くて顔を出せてないだけだ」
「そうそう、出席日数とか成績とか……わりとギリギリ」
ルミナが苦笑いを浮かべる。
「だからこそ、先生としてセリスが来るならちょっと安心かも」
「安心……かぁ?」
セリスは頭を掻きながら、微妙な顔をした。
「僕に預けて本当に大丈夫なのかな。怒られて泣き出す子とか出ちゃうんじゃない?」
「それでいいんです」
サイカが静かに言葉を重ねる。
「甘やかしでは未来を守れません。だからこそ、セリスさんにお願いしているのです」
「うーん……確かにカイゼルに対抗するのに四人では心もとないにも程があるから、戦力として、せめて影や魔物の露払いは必要か」
セリスは顎に手を当て、考え込むように間を置いた。
「いいよ、その話を受けよう」
サイカが安堵の表情を見せる。
「けど、条件がある」
セリスの声に、室内の空気がぴりりと引き締まった。
「なに?」
イリスが警戒心を露わにしながら問いかける。
「簡単だよ。まずは、僕の戸籍を作ってほしい。僕には戸籍なんてものはないから、何かと不便なんだ」
「わかりました」
サイカは静かに頷く。
「よろしくね。次に、妖精が一人欲しい。連絡役としても、魔法少女として信用されるためにも」
「確かに必要だな」
イリスが頷く。
「最後は、そうだね……家、と言うか、実験用の施設が欲しい」
「なんで?」
カリナが眉をひそめる。
「ああ、うん。僕の実験は僕自身を対象にしているからね。他人に見られたくないんだ」
セリスは肩をすくめ、淡々と答えた。
その言葉に、サイカは一瞬考え込みながらも、やがて承諾の意を示すように静かに頷いた。
「承知しました。全て手配させていただきます。では、3日後からお願いしてもよろしいですか?」
サイカの声は落ち着いているが、その瞳には期待と決意が宿っていた。
「早いねー、でもいいよ」
セリスは肩をすくめて苦笑する。
「先生か……ちょっと照れるけど、楽しみだね」
ルミナも小さく頷き、期待を隠せない様子だ。
「……本当に、どんな授業になるんだろうね」
カリナも少しわくわくした表情で言葉を漏らす。
四人の間に、少しだけ和やかな空気が流れた。
だが、その背後には、依然として重く、確かな未来への予感が漂っていた。
いかがでしたか?楽しんでもらえたのなら幸いです。
見にくい、ここの文章がおかしい、面白くない、などありましたら教えて頂きたいです




