21.巫女
続きです
「イリス様!」
退避していた職員が慌てて戻ってきた。顔は蒼白で、手にはまだ震えが残っている。
「……今の衝撃で、訓練棟の外壁にひびが! 結界も一時的に機能が落ちていました!」
イリスは短く息を吐き、額の汗を拭った。
「歩くだけでここまで響くとは……厄介だ」
職員は目を泳がせながら四人を見回す。
「いったい、あれは……」
だが、言葉を最後まで口にする前に、イリスが冷たく切った。
「……知らずにいろ。報告は私がまとめる。お前たちは結界の修復を急げ」
「は、はいっ!」
職員たちは慌てて頭を下げ、駆け戻っていった。
静けさが戻る。だがそれは安心ではなく――より濃い不安を沈殿させる静けさだった。
「イリス君……巫女様がお呼びだ」
訓練場の残骸を見下ろすように歩み寄ってきたのは、魔法少女支援課の最高責任者。
白銀の縁取りが施された黒の制服、その胸元に輝く徽章が彼の立場を示していた。
「事態はすでに巫女様の耳に入った。詳細を直接報告するようにとの御言葉だ」
イリスは一瞬目を伏せ、深く息を吐いた。
「……承知しました」
責任者の視線がセリスたち三人へと移る。
「君たちも同行してもらう。今回の件は個々の報告では足りん。……全員、真実を語ってもらう必要がある」
黒翼の残滓がまだ漂う訓練場で、その言葉は重く響いた。
――政府最重要施設。
荘厳な結界に守られた一室で、白衣を纏った世話係が小さく息を呑んだ。
「……巫女様、一体皇国はどうなってしまうのでしょうか」
揺れる声に対し、巫女は静かに首を振る。
透き通る瞳に迷いはあっても、その声音は凛としていた。
「私にもわかりません。今回のことは――神託されていないのです」
「だからこそ、当事者たちの口から直接、真実を聞かねばなりません」
ちょうどその時、重厚な扉が音もなく開いた。
支援課の最高責任者が一歩進み出て、深く頭を垂れる。
「――巫女様、お連れしました」
その背後には、まだ戦いの余韻を纏う四人の魔法少女たちが並んでいた。
緊張が、部屋全体を包み込む。
「ご苦労様です」
巫女は静かに頷き、淡い微笑みを浮かべる。
「さて……初めましての方がいるようですね」
彼女の声は澄み渡り、場に漂う緊張をわずかに和らげる。
しかし、その眼差しは優しさの奥に鋭さを宿し、相手の内側を見透かすかのようだった。
「改めまして、私は皇国で巫女を務めております――サイカと申します」
名を告げると同時に、空気がわずかに震えた。
まるでその言葉自体が、この部屋の結界を強めたかのように。
「ここからは私達だけで話します」
「「御意」」
世話係と最高責任者が退出し、扉が閉じる。
張り詰めた気配がすっと溶けた。
「……ぷはー、毎回ここの空気苦手だ」
カリナが肩を回しながら息を吐く。
「そうだねー。サイカちゃんとは友達なのに、他の人がいる前だと畏まらないといけないからねー」
ルミナが頬を膨らませる。
「カリナ、ルミナ、口を慎め」
イリスが鋭く窘めるが――
「イリスちゃん、大人の人がいない時は畏まらなくてもいいって言ったでしょ」
サイカがくすりと笑い、肩の力を抜かせるように言った。
「はー……わかりました」
イリスはため息をつきつつも、頬をわずかに緩める。
「実にゆるいね」
セリスが苦笑を漏らした。
「で、何の要件だい? 巫女様」
その一言で、空気が一変する。
「……そうですね。本題に入りましょう。ただ、その前に――」
サイカが静かに両手を組む。
柔らかな光が室内に広がり、四人の傷を包んだ。
裂けた肌は塞がり、重苦しい疲労さえ霧散していく。
「サンキューな」
カリナが思わず笑みを浮かべる。
「気にしないでください。話を聞くためには、皆さんが万全である必要がありますから」
サイカの声音は優しいが、その瞳には決意の光が宿っていた。
「さて――」
サイカの声が静かに落ちる。
「此度の戦闘、そして報告にあった“カイゼル”という竜族の出現。……どちらも、私に下る神託には示されておりませんでした」
三人の間に重苦しい沈黙が落ちた。
神託が万能でないことは知っている。だが、皇国の巫女が「知らぬ」と告げる事態がどれほど異常か――誰もが理解していた。
一人を除いて。
「ハイ」
セリスが手を挙げた。
「まず、神託ってなに?」
「なっ……知らないのか? 貴様は皇国民ではないのか?」
イリスが珍しく困惑した声を上げる。
「いや、僕、一度たりともこの国出身とは言ってないよね」
セリスが小首を傾げると、イリスは言葉を失った。
「セリスちゃんって本当にどこから来たんだろうねー」
ルミナが気まずそうに笑う。
「まあまあ、それは後で聞きましょう」
サイカが小さく息を吐き、場を収める。
「神託とは、私が女神より授かる“未来の断片”です。災厄や戦乱の前兆を示すことで、この国を守ってきました」
そこで一拍置き、彼女の声が硬くなる。
「……その神託に“カイゼル”は現れていない。それが、何を意味するのか」
「……カイゼルがその類の魔法を持っているか。もしくは、考えたくもないですが……カイゼルが女神様をも超える力を持っている」
「「「……」」」
三人にさらに重い沈黙が落ちる。
「うーん、カイゼルが魔法? アイツ魔法なんて持ってないから後者かな」
「……っ!? 貴様、なぜ断言できる」
イリスが椅子を軋ませて立ち上がった。
「知っているのですか、セリスさん」
サイカの声音も低くなる。
三人の視線が一斉に突き刺さる中、セリスは首をかしげただけだった。
「え? 言ったでしょ。僕はカイゼルと一緒に行動してたって」
「「「――――!」」」
空気が一気に凍りつく。
軽口にしか聞こえない言葉が、彼女だけが“何かを知っている”証拠になってしまった。
いかがでしたか?楽しんでもらえたのなら幸いです。
見にくい、ここの文章がおかしい、面白くない、などありましたら教えて頂きたいです