19.動き出す
遅くなりましたが続きです
轟音と共に天井が崩れ落ち、粉塵の中から“それ”が姿を現した。
現れたのは――ただ真っ暗な人の形をした“何か”。
輪郭だけは人間に似ているのに、目も口もなく、ただ闇が揺らめいているような存在だった。
「……何、あれ?」
セリスが眉をひそめ、光の刃を構える。
「お前も知らないのか?」
大剣を構え直しながらカリナが問う。
「うん……」
セリスは短く首を振った。
「ただ――少しだけカイゼルの魔力を感じる。多分、カイゼル“関連”だとは思う」
不気味な沈黙の中、黒い影はゆらりと揺れ、二人へとゆっくり歩を進め始める。
「……くっ!」
影のような存在が、音すら置き去りにする速さで踏み込み、セリスの腹へと鋭い蹴りを叩き込んだ。
「セリス!」
カリナが思わず声を張り上げる。
「ふっ――」
苦鳴と共に身体がのけ反る。だが次の瞬間、セリスの瞳が獲物を射抜く獣のように光った。
衝撃を受けた反動をそのまま利用し、逆に身をひねって――光の刃を影の胴へと叩き込む。
鈍い衝突音と共に、闇の肉体がぶれ、揺らぎ、訓練場の床を滑って後退した。
「おい、大丈夫か?」
カリナが焦りを隠さず駆け寄ろうとする。
「まあまあかな……それよりアイツが何なのか、少しわかったよ」
セリスは腹を押さえながらも、真っ直ぐ影を見据えていた。
「刺したのに全く手応えがなかった。それに……どうやら痛みもないらしい」
黒い人影は、まるで何事もなかったかのように、音もなく立ち上がる。揺れるように形を整えながら、再び二人を睨む。
「……!」
カリナが自然と剣を握り直す。
「――あれは魔力の塊。魔物とも違う、肉体を持たない存在だと思う」
セリスの声は静かだが、張り詰めた空気を裂くように響いた。
影は次の瞬間、足音もなく消え――二人の背後へと迫った。
「…この私がそう易々やらせると思うか」
イリスの掌から瞬く間に冷気が走り、影の足元に氷柱が突き出す。
「――ッ!」
影は一歩動こうとしたが、脚ごと凍り付いて動きを奪われた。
「よしっ! そのまま叩き斬る!」
カリナが炎を纏わせた剣を振り上げる。
「待て、下手に斬っても分裂される可能性がある」
イリスが低く制する。その声音には焦りではなく、確かな読みがあった。
影は氷を軋ませながら、なおも形を保とうと蠢いている。黒煙のような魔力がじわじわと氷を侵食していた。
「……やっぱりね。ただの氷じゃ押さえ込めない」
セリスが目を細める。
「じゃあどうすんだよ!?」
イリスが冷静に分析する
「――核を探す。どこかに必ずあるはずだ」
「ていうか、ルミナは?」
イリスが答える
「お前の銃を取りに行かせた」
「ありがたいね、今の僕に決定的な攻撃力はないから」
ルミナが訓練場の扉を勢いよく開け、戻ってきた。手には、さっき回収されたはずの――セリスの銃がしっかりと抱えられている。
「持ってきたよー、君の玩具。さっさと使いなよー」
ルミナは気だるげに銃を差し出すと、そのまま軽く腰に手を当てて周囲を見渡した。
「ありがとう、タイミングが良いね」
セリスは素早く銃を受け取り、まだ拘束の光輪に少しだけ抵抗されながらも銃口を影へ向ける。掌に残る小さな光が、銃身へと流れ込んでいく。
イリスは氷柱を強化して影の動きをさらに封じる。カリナは炎をまとわせ、万が一の暴走に備えて刃を構えたまま。
「狙いは胸のあたりだ。核はそこにあるはずだ一撃で露出させろ」
イリスの声は静かだが、決意に満ちている。
セリスは銃を構え、細く笑った。
「了解だよ。これで終わらせよう――“魔力破砕弾”!」
掌に集められた魔力が銃弾へと変換され、特殊な光を帯びた一発が発射される。弾は空気を裂いて飛び、黒い影の胸部に直撃した――が、同時に影の表面で光が弾かれるように迸った。銃弾は弾けて瓦礫のように四散し、直撃したはずの場所からは黒い煙が滲むだけだ。
「くっ……効いてないのか?」
カリナが叫ぶ。火の翼が焦りを隠せずに震える。
「表面をやぶっただけだよ。これだけ硬いなら核はそこにあるらしい」
セリスは冷静に状況を言い、銃身を短く叩くと再び魔力の流れを整えた。ルミナは浮遊剣をより密に周囲へ並べ、氷で割れた隙間を塞ぐ。
影は微かに歪み、内部で黒い脈のようなものが蠢くのが見える。薄暗い中心部に、かすかな赤い光点が瞬いた――まさにそれが“核”らしかった。
「そこだ! だが、先程の弾じゃ通じないかもしれない」
イリスが短く言う。
「なら、やり方を変えよう」セリスは低く呟いた。「核を露出させるために、まずは“剥がす”――魔力を分解して層を剥ぎ取るんだ」
彼女は銃を構え直すと、発射前に一手間だけ魔力の配列を変えた。今度の弾は“破壊”ではなく“分解”を目的に調律されている。光の弾は影の表面を滑るように当たり、ゆっくりと黒い膜を焦がすのではなく、まるで化学反応のように層を剥がし始めた。
黒い塊が生の皮膚のように剝がれ落ち、内部の濃密な闇が徐々に露出する。そして――中央に埋まっていたのは、細い脈で繋がれた小さな結晶体、まるで人工の核のように光る石だった。赤く、しかし機械的な脈動を繰り返している。
「見つけた。そこが核だ」
セリスの声に、ほっとした気配が混じる。
だがその瞬間、結晶がきしみ、内部から微かな声のようなノイズが走った。赤い脈が一気に暴走し、影は再び蠢き始める。
「反応を始めたぞ! 距離を取れ!」
イリスが叫ぶ。カリナは炎を広げて結晶を包み込もうとするが、熱はすぐに弾かれ、結晶の光は焼くどころか増幅されるように高まった。
セリスは一瞬だけ目を閉じ、拳を固める。
「やっぱり………これは“起動装置”だ。触れた相手の魔力や意識を引き込んで増幅するタイプだよ。触れないようにね」
イリスが頷くと、三人は同時に術式を展開した。氷・炎・雷が交差し、結晶を包む結界が形作られていく。結界は結晶の脈を抑え込もうとするが、結晶もまた抵抗してきた――そして、その抵抗の奥に、微かに聞き覚えのある声のような振動が潜んでいた。
「……この音、どこかで聞いたような」
セリスは眉を寄せる。赤い結晶の脈に、どこか見覚えのある構造が走っている。
「あぁ……僕が出来たときか」
そのとき、結晶の光が一瞬だけ鋭く輝き、訓練場全体に冷たい振動が走った。空気が裂けるような感覚――誰もが、その光がただの装置ではないと感じ取った。
訓練場に張り詰めた緊張が、再び最高潮に達した。結晶の脈はまだ微かに光り、その中で何かが回転を始めている。誰も、その次に何が出てくるかをまだ知らない――だが、確かなのは一つ。事態はこれまで以上に深刻で、そして世界的なものになりつつあるということだった。
いかがでしたか?楽しんでもらえたのなら幸いです。
見にくい、ここの文章がおかしい、面白くない、などありましたら教えて頂きたいです