12.龍は存在感を放つ
続きです
(さて、ここまでが本体から共有された脚本……これ以降は僕が自分で進めないとな)
セリスは心の中で呟き、ライフルを握る手に力を込める。
目の前には氷を纏うSランク魔法少女イリス。
そのさらに向こうには、漆黒の竜――カイゼル。
シナリオの筋はここまで。
この先は、誰も知らない。セリス自身が選び、切り開く道だ。
「……さあ、どう動くか」
彼女の口元に、わずかに笑みが浮かんだ。
――――――――――
イリス視点
(……まずいな、奴――セリスと呼ばれていたか? ただでさえ手一杯だというのに……何者だ、あの竜族は)
イリスは無意識に震える手を押さえつけ、唇を噛んだ。
目の前に立つ漆黒の竜、その存在感だけで心臓が締め付けられる。
「……貴様、何者だ」
絞り出すように問いかける。
「……」
返答はない。
だが――沈黙そのものが、言葉以上に圧を帯びていた。
「答えないのかい?……カイゼル」
「何を言っている」
(……違う。意識されてすらいない……認知すらされていない。奴にとって、私は羽虫のような存在に過ぎないのか)
冷気ではない震えが背筋を走る。
手の震えが止まらない。いや、全身が小刻みに震えている。
(……やっておくか)
イリスは懐から小さな装置を取り出し、緊急救助用の機械を押し込んだ。
微かな光が走り、信号が夜空へと飛んでいく。
(……しばらくしたら、カリナとルミナが来るはずだ。それまでは……耐え凌ぐ)
その時だった。
夜空を裂き、複数の巨大な炎弾がカイゼル目掛けて降り注いだ。
「む」
轟音と爆炎。
Sランク級の魔物ですら、まともに喰らえば致命傷は免れぬはずの攻撃――。
だが。
「……何だ」
炎が収まった後も、カイゼルは無傷のまま立っていた。
衣の一片すら焦げていない。立ち姿は微動だにせず、ただ漆黒の威容を保ち続ける。
「!! カリナか」
イリスが息を呑む間に――一筋の炎の軌跡が隕石のように落下。
轟きと共に大地を揺らし、灼熱の衝撃波が路地を吹き抜けた。
そして、爆炎の中から現れたのは――
赤き焔を纏う少女。
炎の剣を肩に担ぎ、眩い闘志をその瞳に宿す。
「待たせたな、イリス!」
カリナが地面を踏み鳴らし、イリスの隣に立つ。
「早かったな、カリナ」
イリスが僅かに肩の力を抜く。
カリナは炎の剣を肩に担ぎ、にやりと笑った。
「当たり前だろ!俺より早い奴なんて、この世でルミナくらいしかいないんだからな!」
炎を纏った瞳が煌めく。
「そのルミナも――今回ばかりは俺より遅かった!!」
「誰が遅いってー?」
気だるそうな声が、カリナのすぐ背後から降ってきた。
「うわっ!びっくりした……ルミナ! それは心臓に悪いからやめろって、いつも言ってるだろ!」
「ごめんねー。でも、気づかないカリナが悪いんじゃない?」
「ぐぬぬ……てめぇ、俺をバカにしてんのか?」
「あははー、いやー鈍感だなぁって思っただけだよ」
火花とゆるさが入り混じるような二人のやりとりに、イリスは額を押さえた。
そして――
「……仲睦まじいことこの上ないけど、場面は考えて欲しいな」
皮肉を滲ませて口を挟んだのはセリスだった。
「? 誰だお前」
「君は誰ー?」
カリナとルミナが同時に疑問を口にする。
「今はどうでもいい。気にするな」
イリスが冷たく答え、二人を制した。
「ぬしらは……ああ、魔法少女というやつか」
低く響く声と共に、漆黒の竜カイゼルの視線が、初めてイリスたちに正面から向けられた。
その瞬間、三人の背筋を走るのは、本能を凍りつかせるほどの威圧。
「「「――開花!」」」
三人の声が重なり、眩い光が夜空を切り裂く。
イリスの周囲には結晶のような氷の花が咲き誇り。
カリナの炎は燃え盛る大翼となって背から噴き出す。
ルミナの足元には稲妻が奔り、身体を取り巻く光が電撃の鎧へと変じた。
魔法少女――その極致を解放する術式、「開花」ある段階に至った魔法少女にのみ許された力
「……ふむ」
カイゼルの黒色の瞳がわずかに細められる。
三人の魔法少女の“開花”による光と闘志を前にしても、その声音には退屈そうな響きすらあった。
――その時。
「主人様、緊急の要件が発生いたしました」
低く澄んだ声と共に、カイゼルの横の空間が裂け、そこから一人の影が現れる。
黒と白の衣装に身を包んだメイド。動作の一つ一つが絵画のように優雅で、ただそこに立つだけで場の緊張をねじ曲げた。
「……ルネ」
「お久しゅうございます、セリス様」
ルネはセリスへと深々と一礼した。
セリスは目を細め、ライフルを軽く傾けた。
「……こんなタイミングで来るとはね」
「主人様、急ぎお戻りください」
「……そうか」
カイゼルは低く唸り、天を仰いだ。
「いいところだったが――致し方あるまい」
その黒色の眼差しが、最後に魔法少女たちを、そしてセリスを順に見据える。
圧倒的な“存在の差”を刻みつけるように。
「覚えておけ。これは終わりではない……
いずれ必ず――再び相まみえよう、魔法少女。……そして、セリスよ」
次の瞬間、空間の裂け目が収束し、カイゼルとルネの姿は霧散するように消え去った。
――残されたのは、張りつめた沈黙と、なお肌に残る圧迫感だけだった。
いかがでしたか?楽しんでもらえたのなら幸いです。
見にくい、ここの文章がおかしい、などありましたら教えて頂きたいです