10.龍は演じる
続きです
「……………なんで……何でこんなことに……っ!」
少女は夜の路地を駆けながら、ふらつく足を必死に前に出す。呼吸は荒く、瞳は涙で滲んでいた。
制服の袖は裂け、露わになった肌には無数の傷跡。肩口からは血が流れ、足取りは重い。
背後から、ぬらりとした気配が迫る。影がじわじわと少女を呑み込もうと、一歩一歩追いかけてくる。
「いや……来ないで……!」
震える声で叫ぶも、足は止まらない。しかし体力は限界に近く――ついに足をもつれさせ、濡れたアスファルトに崩れ落ちた。
血が地面に滴り、夜の静寂に不気味な音を立てる。
――――――――――
数時間前、ある高校の教室。夕焼けが差し込み、机の上を赤く染めていた。
「はい、これで帰りのホームルームは終わりです」
担任が黒板にチョークを置き、眼鏡を押し上げる。
「最近は物騒ですから、皆さん気をつけて帰宅してください」
ざわめきと椅子の音が重なり、教室は解放感に包まれる。友人同士で笑いながら帰る者、部活動へ急ぐ者――それぞれの日常の風景。
その中で、一人の少女は窓の外を見つめていた。憂いを帯び、心ここにあらずといった表情。
「ねえ、帰ろ?」と隣の友人が声をかける。
「……うん、ごめん。ちょっと用事思い出しちゃったから、先に行ってて」
ぎこちない笑顔を返すが、その瞳には不安が潜んでいた。
――なぜ、彼女はそんな不安に苛まれるのか――
それは家庭環境にあった。
父は仕事で不在がち、母は冷たく、家には常に緊張と沈黙が漂う。その日も、帰宅すれば怒声や暴力が待っているかもしれない――そう考えるだけで胸が張り裂けそうだった。
そして、その夜。
少女は血まみれになり、闇の中を必死に逃げ惑うことになる。何があったのか、ただ家に帰りたくなく少し遊んでいただけ――それだけのことだった。
「何でっ……魔物がこんなところに……」
少女の前に現れたのは、人の手に複数の目を持つ、特Bランクの魔物だった。
―――――――――――
血を滴らせ、壁に寄りかかる彼女を見つめる魔物。その醜い目は歪み、彼女を嘲笑っているかのようだった。通常の魔物はこのようなことはしない人を素材として生まれたため、素材となった人物の性格の一部を引き継いでいるのだ。
「いやぁ………誰か………助けて………」
少女の声が震える中、魔物はとどめを刺そうと身体を前に倒す。
「……!!」
その瞬間、魔物の体の一部が突然吹き飛び、そのまま動かなくなる。
「なにが……?」
少女が恐怖で声を震わせる。
「…危なかったね」
いつの間にか、少女の背後に立っていた人物が静かに声をかける。
「……あなたは?」
「……あんまり喋らない方がいいよ。救急車は呼んだから……ああ、僕かい? 僕の名前はセリス。ただの魔法少女さ」
そう言うと、セリスは自らの身長ほどもあるライフル銃を軽く掲げた。その姿は、闇夜に浮かぶ影のように凛々しく、少女の恐怖を一瞬で押しのけた。
「しかし、こんな夜に未成年が一人で歩くとは、感心しないな。家には帰らないのかい?」
「………帰りたくないんです」
「……そうか、いろいろあったんだね。ごめんね」
少女の小さな声に、セリスは少し柔らかく応じる。
「まあ、少なくとも今の状況よりは怖くないでしょ」
そう言い、セリスは先ほど倒した魔物を指差した
遠くからサイレンの音が聞こえ、街に少しずつ現実が戻ってくる。
「どうやらお迎えが来たらしいね……応急処置はしたけど、ちゃんとしたところでしっかり見てもらってね」
そう言い、セリスは背を向け歩き出す。
「あの……ありがとうございました」
少女の声に、セリスは優しい笑みを返す。
「………いいってことよ」
少女が瞬きをした時には、セリスの姿はもう消えていた。
(カッコよかったな……)
――――――――――
「さて、ここまでこれば十分でしょ……」
背後のビルの影から、複数の人影がゆっくりと浮かび上がる。
「……出てきなよ」
冷たい声が、闇に響く。
「……悪趣味だね。あの子を餌に僕を釣るとは。それでも正義の魔法少女かい?」
「……我々としても、こんな手段は取りたくなかった」
影から姿を現した少女は、氷のように鋭い瞳を持っていた。
「だが、貴様を捉えるためなら仕方ないだろう」
「………驚いたな、まさか君が出てくるとは」
「………Sランク魔法少女、氷壁のイリス」
夜の闇に浮かぶ氷壁のイリス。その存在感は、静かに、しかし確実に空気を凍らせた。
いかがでしたか?楽しんでもらえたのなら幸いです。
見にくい、ここの文章がおかしい、などありましたら教えて頂きたいです
一応、ルナス=セリスです本人かどうかは分かりませんが