予感
何よりも怖いのは予感です。
嫌な予感ほどよく当たります。
ば、化け物だ。
ふざけるなよ、なんだよ、ありゃ?
小娘一人ちょっと脅かすだけの、簡単な仕事だって思ってた。
なのに、なんだよ、あいつ?
なんなんだよ! あいつっ!?
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
ああ、後ろからあいつの呪いが追いかけてくる。
逃げなきゃ、もっと早く逃げな――――
「死ね!」
「ぎゃあっ!?」
熱い、足が熱い!
熱いし痛てぇし、動かねぇ!
なんだこりゃ? 俺は焼けた鉄球で足をぶん殴られたのか?
「・・・・・・死ね」
おい、やめろ。
やめろよ、マジでやめろ!
俺が何をした? ほんのちょっと脅かしただけだろ!? 指一本触っちゃいねぇし、怪我1つ付けてねぇんだぞ、なのになんでこんな目に合わなきゃいけねぇんだよ!?
「た、頼む。なぁ、助けてくれよ、おい、頼むよ。何でも言う、金だって払う! だからもう勘弁してくれ!」
「黙れ」
「うあっ!? あぅ、ああ・・・・・・あちぃよ、いてぇよ、いてぇよ、勘弁してくれよ、見逃してくれよ」
「黙れ!」
焼けた鉄球みたいなのが、俺の体を何度もぶん殴って来る。
もう、痛いとか熱いとかすら言う気力も無くなった。
視界も霞んでよく見えねぇし。
ああ、思えばもうすぐ三十路だってーのに、全然まともな職業についてなかったよなぁ、俺。
親に顔向けできない仕事ばっかやって、他人を脅して金を貰うなんてゴミみたいな仕事で生き延びて、ああ、だからバチが当たったんだ。
こういうのを因果応報っていうんだよな、畜生。
畜生、畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生っ!!
死にたくない、死にたくねぇよ、畜生っ!!
けど、化け物は俺を見下して、吐き捨てるように宣告する。
「死ねよ、ゴミクズが」
笑う。
哂う。
嘲笑う。
ベイビーボマーは笑っていた。
己の力を自覚し、そしてその力を持って憎むべき対象を爆破し、理解した。
自分は化け物になったのだと。
人間という枠からはみ出てしまったのだと。
それが愉快で仕方ない。
それが悲しくて仕方ない。
涙が出るほど愉快で、涙が出るほど悲しかった。
「あぁ・・・・・・」
嗚咽が喉の奥から漏れる。
自分がやってしまった所業に対して、罪悪感で押しつぶされそうになる。
いっそ、狂えてしまったらよかったのに。
この力に見合うくらいに、心も化け物になってしまえればよかったのに。
「第二回っ」
「食卓会議ぃー」
「「いえー」」
そんなこんなで二日目の朝、俺と灯は朝食を食べながら作戦会議を開始する。
ちなみに今日の朝はパン食だ。
「で、二日目なんだがよ。結局、異能力者に対して具体的な案ってまだ考えつかねぇんだよなぁ」
「ですよねー。基本的に私のセンサーも受動的ですし、『ウイルス』が感染しそうな心の闇を持った人なんて簡単に見つかりませんし。もし、居たとしてもその人が『ウイルス』に感染しているかどうかなんて能力を使わなきゃわかりませんし」
「おまけにこんな過疎化寸前の田舎町でも、十台中盤の中高生だって数百人は居るんだぜ? それ全部は網羅できない。加えて言えば、あくまでも十代中盤っていうのはデータに基づいた可能性に過ぎないんだろ?」
あ、やべぇ。考えたらだんだん途方も無いことのような気がしてきたぞ?
つーか、世界を救うんだから、途方も無いのも仕方ないのか。
だがこのままじゃジリ貧になって、そのままタイムアップって事も在りえる。
「んー、でもですねー、陽平さん。確かに理論上はそうなんですけど、多分きっと異能力者を見つけるということに限っては、案外なんとかなるかも知れませんよ?」
「は? どういうことだ? お前のセンサーじゃ、能力を発動していない奴は感知できないんだろ?」
俺の問いに、灯は不敵な笑みを浮かべて頷く。
「はい、その通りです。けどですねー、陽平さん。よく考えてください? 私のセンサーは確かに受動的で、相手が能力を発動しなければ感知できません。ですが、それで充分なのです。つまり、別に【ライターアース】以外は、後手に回り続けても構わないということなのですよー」
灯の言葉を聞き、俺はその意味を、理解した。
「・・・・・・つまり、こういうことか? 俺たちの目標はあくまでも【ライターアース】の制止だ。極論を言えば、他の三人の異能力者たちについては無視してもいい」
「加えて言えば、猫子さんから昨日聞いた情報によりますと『ウイルス』が漏れたのはどうも最近のことみたいですしー。【ライターアース】も含め、ほとんどの異能力者はその力を自覚していないと考えていいと思います」
そうなると、なんとか糸口は見えてきた気がするぜ。
異能力だなんて非日常的な現象を自分自身が起こしてしまったなら、そいつは確実に混乱するだろう。
能力を使うのもためらう奴も居るかもしれない。そもそも、その能力に使用条件みたいなものがかかっている可能性もあるのだ。
異能力者が能力を自覚し、力を使いこなすまでにはインターバルがあるだろう。
そのインターバルの間に、悪魔のセンサーで人物を特定し、そいつの能力に対する対策を練ったり、説得することが出来れば、一介の高校生である俺でもなんとかなるかもしれない。
「なので、前に私が最悪な例として、一ヵ月後にいきなり【ライターアース】が能力を使用して世界を壊す可能性を上げましたが、それはほとんど無いと思ってもいいです。いかに最悪最強の異能力者である【ライターアース】だとしても、その能力が強大であればあるほど使いこなすのには時間が必要なんですから。ましてや世界を壊すだなんて人間の、いや、生物としてのスペックを逸脱した能力を行使するにはそれなりの準備期間が必要でしょうしねー」
「つまり、俺はお前が感知した異能力者を片っ端から説得、もしくは心の闇を晴らしてやればいいって訳か?」
灯はにっこりと満面の笑みで答えた。
「もしくは、殺しても構いません」
「は、安心しろ。それはありえねぇよ」
その答えを俺は一笑に伏す。
何度も言うようだが、俺は『一介の高校生』に過ぎない。
どこぞの特撮ヒーローみたいに、悪い奴を皆殺しーだなんてできるわけねぇし、やりたくもねぇ。
いや、出来るなら俺は『暴力』には頼りたくないんだよ。
別に博愛主義とかじゃなくて、ただ単に、そう言うのが嫌なだけ。
無責任に平和を願って、戦争が無くなればいいとかほざくよーな、一介の高校生のわがままに過ぎねぇんだよ。
「ま、なにわともあれ、方針は決まったな」
「はい、基本は待ちの姿勢で地道に聞き込み。学校関係を中心に捜索しつつ、私のセンサーに引っかかったら、即対応ということでー」
「おう」
俺たちは素早く朝食を済ませ、登校の準備へと移った。
窓から覗く空はグレーに染まっていて、隙間も出来ないほど灰色の雲が敷き詰められている。
昨日の天気予報では、朝から雲ひとつ無い晴天だと言っていた気がする。
なんとなくだが、嫌な予感がした。
その日の昼休み、俺と灯は教室で適当にクラスメイトと談話しながら弁当を食べている。
今の俺たちにできることは、出来るだけ社交的により多くの人間と関わっていくことでより多くの情報を仕入れることだ。
俺自身、ある程度浅く広くやってるので人間関係には困らないが、こういう風にある程度『深く』仲良くしておかないとある一定以上の情報は入りにくい。理想としてはお悩み相談が出来る程度の仲にはなっておきたいと思うが、なんというか、そういう下心を持ってクラスメイトと接するのは、なかなか自己嫌悪が湧いてくるものらしい。
「はぁ」
「おや? どーしたんですかー、陽平さん? なんだか元気が無いですよ」
クラスメイトたちは弁当が食べ終わると、各自の席に戻ったり、教室の外へ赴いたりして解散していった。
まだ転校二日目で、客観的に見ても可愛い灯をこのクラスの連中が放っておくのは不思議だったが、その内の一人が俺にウインクをしてので、どうやら俺に気を遣ってくれたらしい。
なぜか俺と灯は恋人同士として見られているので、どうやら二人っきりの時間も必要だということで解放してくれたののか。
ったく、変なところで勘違いしたり気を遣ったりすんなぁ、このクラスの連中は。
「ん、なんでもない。別に家庭のエンゲル係数の心配をしているわけじゃないぞ」
「いやいやいや、陽平さん。私しっかり家賃納めていますし、結構小食なので食費も少なめで済みますよ! 手間のかからないお手ごろなペットです!」
「ペットとか言うなっつーの。見ろ、周りの連中が俺を、鬼畜を見るような目で見てくるじゃねーか」
「そうですね、本当にペットだったら、もっと私を可愛がってくれるのに・・・・・・」
今度は『早くも倦怠期か?』とか『焦らす作戦だな、陽平』や、『恋愛の駆け引きをあの陽平が使えるなんて、成長したわね』とか言ってやがるじゃーねーか。つか、最後の奴は俺に対してやけに偉そうだなぁ、おい。
まぁ、なにわともあれ、俺とこのクラスメイトたちは比較的に仲がいい方だからな。こいつらに何か重大な悩みや心の闇みたいなものがあったら、俺はそれを見逃さないくらいの自信はある。
なら、今は違う奴らに時間を割くべきか。
「灯、ちょっと付き合え」
目配せをすると、灯は俺の意図を読み取り、頷いて席を立った。
心地よい騒がしさに満ちた教室から、廊下に出て、俺と灯は並んで歩いていく。
「クラスの奴らとはある程度付き合いが深いし、関わっている時間も長い。だから今は、違うクラスや違う学年の奴らと関わろうと思うんだが、どう思う?」
「いい作戦だと思いますよー。それに、私もあのにぎやかなクラスメイトたちが心の闇を抱えてるとは思えない・・・・・・というか、信じたいですしねー」
信じたくない、か。
笑顔でさらりと言っているくせに、その言葉には重さがあった。
「なぁ、そういやお前、やけにクラスに馴染んでいたよな? 確かにお前の性格と合いそうな奴らばっかりだったけどさ、お前自信も結構親しみを持って接してたように見えたんだが?」
俺の質問で、灯は自分自身でもやっと気付いたような声を上げる。
「あぁ・・・・・・そういえば、はい、そうですねー。私と彼らは前回も親しい仲だったので、ついついその時の記憶を思い出したんだと思います」
「そうか」
懐かしげに、儚げに笑う灯に、俺は相槌を打つことぐらいしか出来なかった。
話を聞いている限りでは、灯はどうやら前回はこの学校の生徒として潜入していたらしい。
悪魔がどんな目的でこの学校に潜入していたかは知らないが、聖名灯として学校生活をそれなりに楽しんでいたように思える。
そうじゃなきゃ、友達なんてできねぇだろうしな。
「そういや前回と言えばさ、俺や猫子ともお前は関わってたのか? 俺に対してはやけに意味深な発言してくるし、猫子とは必要以上に仲が悪いように見えるし」
「んー、そうですねー」
灯はしばらく俺の顔をじーっと見ると、なぜかくすりと微笑んで答えた。
「陽平さんとのことはノーコメントで♪」
「あ? なんでだよ」
「ノーコメントったら、ノーコメント。秘密なんですよー」
むぅ、子犬みたいな笑顔をしやがって。
うっかり可愛いとか思っちまったじゃねーか。
「はぁ、俺のことは一先ず置いといて。猫子のことはどうなんだよ?」
「知りません」
「おぅい!」
一転して不機嫌かわった、笑顔で不機嫌オーラを分泌している。
「なんでそんなに猫子のことが嫌いなんだ、お前は」
「さぁ? さっぱりです。というか、前回の記憶では彼女、普通に物静かな目立たない人だったんですけどねー」
「マジかっ!? つか、嘘だろ、それ?」
「私が陽平さんに嘘吐いてどうするんですか」
いや、でも信じられねぇし。
俺の表情で察したのか、灯も肩を竦めて同意した。
「私も驚きですよ。前回と今回である程度印象が変わっている人も居ましたが、あそこまでではなかったですよー」
前回と今回か。
俺の親友だった存在が消えてしまったせいで、一体どれだけの影響が出てるんだろうな?
つーか、他の誰でもない、俺自身がどんな風に前回と違うか一番知りてぇ。
中途半端じゃないものを手に入れた、俺を。
「意外と世界は変わりやすいように出来ていますからねー。そう考えると、私の記憶というのも案外頼りにならないのかもしれません。なので陽平さん、陽平さんにも考えて欲しいんですよー。なんかこう、いかにも心の闇を抱えてそうな人が知り合いに居ないか?」
灯が肩をすくめて冗談交じりに尋ねてくる。
ったく、そんないかにも心に闇を抱えてそうな奴、俺の知り合いや友達に居るわけがな・・・・・・あれ?
「そういえば居たなぁ」
「居たんですかっ!?」
声を上げて驚く灯。
まー、そりゃーなぁ、俺だって冗談をマジで返されたら驚くぜ。
「と言ってもあくまでも外見的に、だからな。昨日はそいつ風邪で休んでいたらしいから、お前に紹介しなかったけど」
「そ、そうですか。ちなみに陽平さんとその人はどういった関係で?」
なんで上目遣いで俺を見るんだよ?
それはさておき、あいつと俺との関係か。
てっとり早く言えば先輩と後輩なんだが、せっかくだからこう言わせてもらおう。
「友達だよ、多分な」
できればあっちもそう思ってくれているとありがたい。