プロローグはここまで
はい、ここまでがプロローグ。
次からがマジで本格始動ね。
「んじゃー、転校生君、ちゃちゃっと挨拶よろしくー」
「はい!」
灯は担任に元気良く返事をし、いきいきとした口調で言う。
「今日から皆さんと同じクラスで生活させてもらうことになりました、聖名灯と言います。まだこっちに来たばかりだから、いろいろとわからない事があると思いますので、皆さん、フォローよろしく!」
クラスの面々が、それぞれノリ良く言葉を返していく。
元々、うちのクラスはノリが良くて明るい方だし、灯のテンションには合うのかもしれない。
俺はひそかにほっと安堵する。
「ちなみに、そこに居る木島陽平君とは同じ家に2人っきりで住んでいます」
「てめぇっ!」
なんてことを言いやがるんだよ、こいつは。
うちのクラスはこういうことに余計に敏感で、しかも転校生がそんなことを言ったなら……
「えっ、陽平てめー、一足早く大人の階段をっ!?」
「ちょっと男子、そんなこと言わないんだよ。きっとまだ、キスまでだよ。意外に陽平君はへたれだからね!」
「意義ありぃ! だからこそ陽平が押し倒されるという状況が生まれるのではっ!」
「いやいや、さすがの陽平でも、そんなエロゲ状況に陥ったら獣になれるさっ!」
「ちょっと男子ー、陽平君は受けに決まってるでしょ!」
こんなカオス空間になるのは必然なんだよ、ちくしょう。
「くす、くすくすくす」
あ、笑ってやがる。
あの悪魔、いい笑顔で笑ってやがりますよ?
「で、結局陽平君、どういう状況なの?」
騒ぐクラスの面々の中、一人の女子が俺に尋ねてくる。
そして、実にタイミングよく騒ぎが沈静化し、俺の答えを決して聞き逃さないためにクラスの面々が聞き耳を立て始めた。
俺は、ため息を吐きつつ答える。
「そいつ、実は男なんだよ」
『マジかっ!?』
「違いますっ!」
即座に否定する灯。
だが、甘い。
この空間(教室)では、より面白そうなことが真実なるのだ!
「そうだな、心は女の子だって言ってたもんな」
「やめてくれませんか? そういう下手な言いがかりよりも性質が悪い発言」
「ごめん。でも、こういうことは早めにカミングアウトした方がいいと思って」
「だからやめてください、優しい笑顔で人を貶めるのはっ!」
既にクラス内では、灯=男の娘説が浮上している。
これを覆すのは並大抵の発言じゃできないぜ?
「くっ」
灯は悔しそうに俺を睨む。
ふん、悪く思うなよ? 仕掛けてきたのはそっちからだ。
「そっちがその気なら……」
灯の目が据わり、口元には引きつった笑みが浮かぶ。
こいつ、何をするつもりだ?
「私がれっきとした女の子だということ教えてあげましょう、陽平さん」
灯の目が怪しげに光り、
「うきゃー」
奇声を上げて飛び掛ってきた。
「うわ、きもっ」
俺が思わずそう呟いてしまうほどの大ジャンプで、灯は俺の席(ちなみに前から三列目)まで飛翔。
そのままの勢いに任せて俺を押し倒す。
「ほーら、陽平さん、確認してくださーい。ちゃんと胸がありますよねー? 本物ですよねー?」
「ちょ、やめっ」
俺の腕にやわらかい何かを押し付けてくる灯。
てめぇ、自滅覚悟かよ!
「やめろ、やめるんだ灯。こんなことをして何になるっていうんだ!」
「あれー? 胸だけじゃわかりませんか? 仕方ないですねー、陽平さんはー」
「落ち着けぇええええ! お前、絶対後で後悔するから! 自分を殺したくなるから!」
「うふふふー、えっちですねー、陽平さんはー」
「せめて会話を成立させろ!」
いろいろな場所を密着させようとしてくる灯を、俺は必死で押さえ込む。
これは……俺の体力が尽きるのが早いか、灯が素に戻るのが早いかの勝負!
「で、結局さ」
俺たちが変なバトルを繰り広げていると、先ほどの女子が冷静に俺たちに尋ねた。
「どういう関係なの? 君たち」
俺と灯は一瞬で素に戻り、声を揃えて答える。
「「ただの同居人」」
ふーん、と女子は興味なさげに相槌を打ち、
「とりあえず、仲良いね、君ら」
苦笑いしながらそう言った。
周りを見ると、ノリがいいはずのクラスメイトが、軽く引いていた。
灯の騒動も一通り収まり、そのまま放課後になった。
クラスメイトは灯にこの学校を案内したがっていたが、顔見知りということで俺が率先して案内することにさせてもらった。
とりあえず、これで二人だけで話が出来る。
「灯、まずは教室を出るぞ。今後の動きについて相談する」
「……」
「灯、行くぞ」
「…………」
「もしもし、灯さん?」
「私はここに居ません」
灯は現在、机に突っ伏したまま、自分の心を完全に閉ざしていた。
「なぁ、俺は別に気にしてないから。ほら、転校初日って、妙にテンションがおかしくなるものだから」
「変な慰めはやめてください。私の暴走のせいで、陽平さん引かれてたじゃないですかー」
「正確には俺たちの仲の良さに、らしい」
不思議なことに、クラスメイトの連中には俺と灯のやり取りがいちゃついているように見えたらしいのだ。
確かに、転校生がいきなりクラスの一人といちゃつき始めたら軽く引くが、なぜ俺たちにそれが適応されたのだろう? まったくをもって理解できない。
「とにかく、私の乙女ハートはもうずたぼろです。自ら引き裂いてしまったのです。今日はもう何もする気が起きませんよぅ」
「いきなり仕事ボイコットすんなよ。つーか、悪魔にも心があったんだな」
「今の一言にえらく傷つきましたー」
どよーん、と灯は黒いオーラを発生させている。
ああもうめんどくせぇ。
なんで俺が悪魔のメンタル面に気を使わなきゃいけないんだ?
「ちっ、わかったよ。俺にも原因の一端はあるからな。ある程度、お前に対して責任を取ってやる」
「具体的には?」
「お前が何か俺にして欲しいことを言え。ある程度だったら、実現させてやる」
「本当ですかっ!?」
がばっ、といきなり灯は起き上がる。
現金な奴め。
「嘘を言っても仕方ねぇだろ。いや、そもそも普通逆じゃね? 悪魔が人間の願いを叶えるもんじゃねーの?」
「まぁまぁ、たまにはおつなものじゃありませんか」
にこにこと笑顔で答える灯。
なんか、はめられた気分だ。
「ではでは、そうですねー。私が陽平さんにして欲しいことはですねー」
しばらく腕を組んで悩むそぶりを見せた後、灯は満面の笑みで俺に言う。
「陽平さん、私の頭を撫でてください」
「……別にいいけど、なんでだ?」
「なんでも、です」
首を傾げつつ、俺は素直に灯の頭を撫でてやった。
「ふにゅー」
灯が気持ちよさそうに、変な鳴き声を漏らす。
あー、そういえば昔、妹にもこんな風に頭を撫でてやったっけ。
「改めて気づいたんだが、お前、寝癖結構あるな」
「はいー、普段はそれを誤魔化すためにニット帽を被っていますから」
生暖かいクラスメイトの視線に耐えつつ、灯が満足するまで俺は撫で続けた。
なんか心が挫けそうになったけどな。
「で、灯がようやく満足したので、さっそく行動を開始するぞ」
「了解ですー」
……まだ、灯の顔がふにゃふにゃしているが、俺はかまわず話を続ける。
「まずは俺の知り合いに、お前を紹介する。出来るだけ多くの知り合いに紹介するつもりだから、とりあえずは簡単な挨拶程度な」
「ふむ、ということは私は前回の記憶から、陽平さんの知り合いと一致する人物が居ないか確認すればいいわけですねー」
つまりだ、俺の作戦はこうだ。
灯は前回の世界で、少なくとも俺とその周りの人間を知っているような口ぶりだった。
そして、記憶は削除されているが、恐らく、異能力者とも面識があるだろう。
もちろん、異能力者と会った記憶や、ほんのわずか姿を見かけた程度でも、ルールは忠実に灯の記憶を削除しているかもしれないが、それでも、以前の知り合いと関わっていけば、そいつに会う可能性が見えてくる。
「じゃ、行くぞ。一介の高校生がどこまでできるか、とりあえずあがいてみるぜ」
「その言葉には同意しかねますけどー、まぁ、協力は惜しみませんよー。私だって、世界には消えてもらったら困りますし」
「あ? 悪魔でもやっぱ、そういうこと気にすんのか?」
「はい。ほら、行きつけの本屋が潰れるのは忍びない的感覚で」
世界=行きつけの本屋かよ。
まぁでも、行きつけの本屋が潰れるのは嫌だよなぁ。
ここ田舎だから、一軒ぐらいしか本屋ねーし。
そう考えたら、是非とも世界を救わないといけない気がしてきた。
「庶民的だよなぁ、俺」
はい、つー感じで、世界を救う物語スタート。
できりゃー、笑い合える結末でありますよーに。
ゆるゆるはここまで。
世界を救う物語は、なかなかシビアになるみたいですよ?