青春の終わり
いつか必ずやってきます。
『悪の執行人』。
御影陽平と安田猫子の二人をトップとして、世界の最大悪となるために創られた組織。
組織のメンバーの全容は、トップである二人すら、把握していない。というのも、基本的に『悪の執行人』とは陽平と猫子の二人を指すもので、後のメンバーというのは、ほとんどが陽平のカリスマによって集まった、いわば協力者なのだから。
しかし、その協力者の数が千人を超せば、そして、その千人が万、いや、億の人を動かし、世界中の金を操れるほどの資産、国すらも自在に操れる権力を持っていたとしたら? 世界を統べる皇帝を生み出そうとしているとしたら?
加えて、人間程度では絶対に敵うことのない『力』を持つ魔女、安田猫子が皇帝の側にずっと仕えていたとしたら?
きっと、子供向けアニメに悪の組織が謳う、バカらしい絵空事すら叶えるだろう。
――――――即ち、世界制服すら可能とするのだ。
「「かんぱーい」」
どこの国の領土でもない、あるいは、この世界ですらないとある孤島に、俺たち『悪の執行人』の本拠地はある。
まぁ、本拠地といっても、漫画に出てくるようなどでかい秘密基地や、地下施設、摩天楼とかじゃなくて、普通の一軒家だ。
世界制服を狙う、悪の組織のツートップが、そんなところを拠点にして良いのか? というツッコミが飛んで来そうだが、その実、ここはこれ以上ないくらい、安全で秘密裏な場所なのである。なぜならここは、猫子の『力』によって、世界から隔離され、どんな兵器を使用しても、辿り着くことが敵わない場所なのだから……とか、偉そうに言っている俺だけど、実際は猫子が何をしているかなんてさっぱりだった。確か、魔術理論に基づいて、うんぬんかんぬん? 世界の皮膜の間にほにゃららかんにゃら? という感じ。とにかく、この場所は超常的な何かが働いているので、俺と猫子以外、入ってこれないらしい。
そんなスペシャルな一軒家の茶の間で、俺と猫子は、ささやかな祝杯を上げていた。
「やー、征服したねー、世界」
「征服したよなぁ、世界」
世界征服、達成の。
「にゃははは! まさか、半年で達成できるとは思わなかったけど、さすが、陽平だよね! というか、組織のほとんどが陽平のために集まった有志たちだし!」
「いやいや、猫子の『力』が無かったら、危なかった部分が結構あったし。ぶっちゃけ、俺はほとんど動いてねーしな。なんか、いつの間にか人が集まって、いつの間にか世界征服しちゃってたぜ! って感じ」
「あー、後半になってくると、陽平はほとんど神輿状態だったからね。下手に前線に出られたら困るし、ほとんど、この家で暇つぶししてたっけ?」
「おう。主にずっとゲームしてたぜ! RPGのゲームを十二本ぐらいクリアしてたら、いきなり猫子から『祝! 世界征服ぅー!』とか、言われて、正直、リアクションに戸惑ったぜ…………つか、今更ながら俺、何もしてねぇ」
下手に外に出たら暗殺の危険性があるとかいわれて、ほとんどニートみたいに暮らしてたもんなぁ。後は、暇を見てミィに日本語を教えたりしていたぐらいだ。
皇帝というよりは、なんかこう、虎の威を借る狐みたいなー。
「はいはい、ネガティブにならないでね、陽平。ぶっちゃけ、陽平の【皇帝】としての力があったから、この世界征服が達成できたようなものなんだよ? 皆、陽平のためを思って、力を貸してくれたんだよ? 私の『力』なんかよりも、ずっと、陽平の『力』の方が、ステキだと思うよ。にゃははははっ」
「猫子……」
「だからさ、陽平、胸を張ってよ。ここまで来るための犠牲は、うん、多分少なくなかったし、失った仲間も居た。救えた命もあったし、救えなかった命もあった。けど、忘れちゃいけない。私たちは『悪』なんだ。『悪』はね、世界を征服したら、精一杯高笑いしなきゃいけないんだよ?」
「ははっ、どこの悪の総帥だよ?」
俺は苦笑し、猫子は穏やかに微笑んだ。
そして、ふと、思い出す。
あの夜の約束を。
『にゃははは! それでね、陽平。君へのお願いなんだけど――――』
『引き受けた』
『はやっ!? そ、即断なのは良いことだけど、せめて内容を聞いてから言って。結構、私、無茶なこと頼むから』
猫子の口から出てきたのは、『世界征服』という、荒唐無稽なもの。
あまりにも荒唐無稽すぎて、俺は最初、冗談だと思ったが、猫子の真剣なまなざしを見て、猫子が、本気で、しかも正気でそう言っているのだと分かった。
猫子曰く、世界はどうしようもなく歪んでいて、このままではどうしようもなくなってしまう。だからその前に、誰かが世界の基準を作らなくていけない。国家や思想を越して、適用される絶対的な存在が必要だと。だから、猫子は世界の最大悪となり、この世界を征服しなければいけないらしい。
本当に、今、冷静に考えれば、どうかと思うような話だったと思う。
『ああ、わかった。いいぜ』
『あっさりとした決断!?』
さらっと、そのお願いを受けた俺も含めて。
心底驚いた顔をしている猫子に、確か、俺はこう言った。
『なんだっていいさ。お前がやりたことを、俺は全部叶えてやる。俺は今から、そのために生きてやるよ』
我ながら、なんて臭い台詞だろう。
だが、こうやって有言実行できたのだから、それはそれで良い思い出だ。
あの時から半年…………長いんだが、短いんだか、よくわからない時間だった。
楽しいときもあったし、泣き叫んだこともあったと思う。
でも、それ全部ひっくるめて、俺たち二人は青春していた。
血みどろだったけれど、世界を相手にしていたけれど、紛れも無く、俺と猫子は、かけがえの無いジュブナイルを過ごしていた。
そして、それも、もうおしまい。
「んじゃ、そろそろ私は行ってくるよ」
「おう、気をつけて」
ささやかな祝杯も終わり、猫子は席を立つ。
世界を征服したといっても、まだ、安心は出来ない。というか、征服したといっても、全世界の全てを思うがままに支配できる、ということではないのだ。せいぜい、主な主要国家、もしくは連盟を手中に収めた程度。おまけに、まだ親父が幹部を務めるフィクサーという組織との交渉も残っている。と、言っても、相変わらず俺には荷が重過ぎることばかりなので、猫子や他の仲間たちに任せてばかりなのだが。
「にゃははは! 早く陽平が外を堂々と歩けるようにしてくるよー!」
「んじゃ、その時はデートでもするか?」
「にゃっ!?」
動揺する猫子の顔はやはり面白い。
というか、可愛い。
「……もー、勝手に死亡フラグ立てないで欲しいよ」
「死亡フラグなんて、猫子なら楽勝で折れるだろ?」
「ま、そうだけどね」
猫子は肩を竦めると、片手を振って、玄関から出て行った。
…………さて、また暇になっちまったし、適当に積んであるゲームでも漁るか。
『ピンポーン』
と、本来なら不要であるはずの呼び鈴が鳴る。
なぜならば、この家、この空間に出入りできる者は猫子ただ一人。俺でさえ、猫子の許可が無ければ、この家が建っている孤島から出ることは不可能。
そして、猫子と猫子が連れて来る人物は、呼び鈴を押さない。押さないように、している。こういう不測の事態のために。
「…………」
俺は静かに息を整え、偽装モードを解除。
通常モードの聴覚で、玄関先の動向を窺いながら忍び足で近づいて行き――――
轟っ!!!
玄関がドアごと、いや、玄関から茶の間まで吹き飛ばされ、爆音と衝撃が、俺の体に叩きつけられた。
「あ、うあ……」
<NHシリーズ>である俺の体は、その程度では行動不能にはならない。
だが、
「なんだよ、なんなんだよ! これ!?」
爆煙に隠れていても、分かってしまう。思い知らされてしまうほどの、存在感。
ただ、そこに居るだけで世界を捻じ伏せ、全てを捻じ伏せ、空気が鉛のような重さを持つ、規格外の化物。
人間とか、人造人間とか、そんなレベルではなくて、文字通り、存在の格が違う。
違いすぎるっ!!
「初めまして、御影陽平君」
余りにも場違いなのんきな声。
鈴が鳴ったような、澄んだ声。
藍色の着物を纏い、絹のような黒髪をなびかせて、煙の中から、美しい化物が登場した。
「悪いけど、君の青春はここまでだ」
その時、俺は半年振りに絶望という奴を思い出した。