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ライターアースと笑おう  作者: 六助
グラビティムーン
32/33

悪の執行人

悪で、執行人なのか、悪の、執行人なのか?

どちらにせよ、正義の味方ではありません。


 草木も眠る丑三つ時。

 けれど、光の途絶えない繁華街は、眠ることなく夜を照らし続けていた。

 ざわめきが収まらないこの街は、世界の掃き溜めとも言えるような場所だった。

 簡単に人が犯されて、

 簡単に人が狂って、

 簡単に人が死んで、

 あっさりと幸せが踏みじられるような街だった。

 この街では力こそが全て。

 暴力。

 権力。

 財力。

 知力。

 何だって良い。

 ただ、他人を出し抜いて、貶めて、人よりも長く呼吸するために、全力を尽くさなければいけない。

 そんな、世界の裏側を象徴するような街だった。

 世界中の悪徳がヘドロのように澱んで溜まったこの街を、人類最古の罪になぞらえて、『アップルシティ』と呼ばれていた。

 彼が街に現れる、その日までは。



 その男は奇妙な存在だった。

 年恰好はおよそ、十代半ばぐらいだろうか? 髪は灰色がかっているが、顔は完全に日本人のものだった。よく、アジア系の人間はどいつも似たような顔をしていると言う奴が居るが、オレは、日本人だけは簡単に判別が付くと思う。

 それっくらい、纏っている空気が違うのだ。

 纏っている空気が、ぬるくて、たるんでいるのだ。

 そう、初対面の相手に、のんきに笑顔で握手を求めてくるような、ぬるいこいつと同じように。

 「あ? どーしたんだよ、ミィ。変な顔して」

 「別に」

 今、オレの隣に座って、アホ面でオレの顔を覗き込んでくるのが、ミカゲ・ヨウヘーだ。

 二週間前ぐらい前にふらっと、この街に現れ、オレのテリトリーのすぐ近くに住み着くようになった厄介者。

 いつも真っ黒なジャケットに身を包み、拳銃やナイフの一つも持たずに、この『アップルシティ』をふらふらと歩き回っているバカでもある。

 ストリートのガキどもにいつもたかられて、笑いながら身包み剥がされるような、バカである。

 オレが下手打って死に掛けているところを、『なんとなく』で助けやがった、大バカ野郎でもある。

 「……気のせいか、俺を見るお前の目が、その、凄く冷たいんだが?」

 「んなもん、初めっからだろーが」

 「はんっ、そうだったな」

 苦笑するミカゲ。

 なんで、そんな程度のことで笑えるのか、オレにはわからない。

 オレに分かっていることは、このバカは心底のお人よしで、このアップルシティでは真っ先に死んでいくような奴ってことだけだ。

 こんなバカを世話してやっているのは、命を助けられた借りを返すためだけであって、好き好んで係わり合いになっているわけじゃない。

 もっとも、世話をするといっても、無料で寝泊りが出来る、いつ崩れるかわからないと好評のボロアパートの一室を貸してやっているだけなのだが。まぁ、それでも、この街で鍵付きの部屋で寝れるんだ。贅沢は言わせない。今、オレとこいつがのんびり会話できるのも、オレがしっかり、こいつに安全な部屋を貸してやったおかげなのだ。むしろ、感謝しろ。

 ちなみに、オレは今、このバカの部屋で一緒にベッドに座っているが、断じてそう言う関係じゃない。こいつの部屋に入ったのは、『仕事』の連絡をするためであって、一緒にベッドに座っているのは、そこ以外に座る場所が存在しないからだ。このバカは二週間前にこの街へ流れ着いたばかりなので、椅子すらまともに持っていないのである。ま、だからこうしてオレがわざわざ世話をしてやっているわけだ。

 「んじゃ、連絡はしたぞ。仕事に遅れたら殺すからな?」

 「ははっ、誰に言ってやがる?」

 お前だよ、お前。

 得意げに鼻を鳴らすミカゲを不安に思いつつも、これ以上こいつのために時間を割くのはごめんなので、さっさと部屋から出て行くとしよう。

 だが、それより前にミカゲの声がオレの足を止めた。

 「なぁ、ミィ」

 「…………なんだよ?」

 振り返らずにたずねると、ミカゲはまるでなんでもないような、気軽に映画にでも誘うように、言った。

 「お前さ、この街から出られたら何したい?」

 オレは、振り返って、ミカゲの能天気な面を睨みつけた。

 ありったけの敵意と殺意を込めて、睨みつけた。

 「オレを憐れむんじゃねぇよ!」

 ああ、お前ら日本人はいつだってそうだ。オレたちを見たら、勝手にかわいそうだとか、ほざきやがって! ふざけんじゃねーよ! お前らがオレたちの何が分かるってんだよ!? お前ら程度が、勝手にオレたちを憐れんでんじゃねぇ! オレたちを勝手にかわいそうな存在に貶めるな!!

 「落ち着けよ、ミィ。そうじゃねーよ」

 「ああん!?」

 今にも噛み付かんばかりに吼えるオレに、ミカゲは平然とした顔で答える。

 「もうすぐこの街は消える……つーか、消すから、その後、お前がどうしたいか、要望を聞こうと思っただけだ。予め聞いておいた方が楽だからな」

 「この街を、消す? はぁ?」

 何を言っているんだろう、このバカは。

 一国の大統領ですら、世界中の罪悪が詰まったこの街を消すことはできない。それは即ち、世界中にこの罪悪をばら撒くということで、世界を敵に回すことと同じだ。

 そんなこと、できるわけがない。

 こんな戯言ばっかり吐く、能天気なバカに、できるわけが無い。

 「ふん。バカみたいなこと言ってないで、さっさと仕事に行けよ。オレと違って、ゴーストの旦那は優しくねぇぞ」

 「はいはい、心得てるよ」

 まったく、あんまりバカなことを言うから、気が抜けちまったじゃないか。

 「…………はぁ」

 オレは部屋から出ると、ため息を吐いた。

 そして、自分の掌を眺めてみる。

 両方の、傷だらけでちっぽけな掌を眺めてみる。

 「こんな手じゃ、未来なんて掴めるわけねーだろ、バカ」

 オレはミィ。

 アップルシティ西区のガキ共を統率する、ボス鼠。

 化物どもの食べかすを、おこぼれとしていただく、卑しい鼠。

 たった十二歳の、ちっぽけなガキだ。



 アップルシティは東西南北四つのエリアにエリアに区切られている。そして、そのエリアには、アップルシティを四分する四人の化物がそれぞれ君臨する。

 東区のヴァンパイア。

 年齢不詳の金髪碧眼の美少年。無類の女好きであることと、何度も暗殺者に襲われて、その度に生還する不死身さから、そうあだ名される。

 西区のゴースト。

 オレたちのボス。年齢不詳、誰も姿を見たことが無い、虚像のボス。ノイズ交じりの機械音声で指示を出し、誰もその姿を知らない不気味さから、そうあだ名される。

 南区のデーモン。

 中年の男で、見た目はアジア系。いつも胡散臭い笑顔を浮かべ、他人を貶める。まるで、悪魔のような知略で、次々と敵対組織を潰していった所から、そうあだ名される。

 北区のウィッチ。

 純白のローブを被った老女。噂に寄れば、とっくに百は超えていて、もしかしたら二百年ほど生きているかもしれない、とか。まるで魔法を使ったかのように、不可能を可能に塗り替えていく様から、そうあだ名される。

 この、四人の化物によって、世界の罪悪は管理されている。ここでは、彼ら四人がルールであり、神だ。彼らに一度逆らえば、この街で生きていくことはできない。いや、この街から生きて出ることすら、叶わない。

 アップルシティでうまく生きていくコツは、どれだけ彼らに擦り寄るかに尽きる。自分がどれだけ有用なのか、必死でアピールして、何とか仕事を貰って、生きていくしかないのだ。

 そんな弱肉強食の世界では、オレたちガキは、非情に弱い立場だ。

 ろくな教育を受けていないから、頭が悪い。

 小さいから、力が無い。

 できることといったら、哀れみを誘って、体を売るか、もしくは、変態野郎のペットに成り下がるかぐらい。

 もっとも、オレはそのどれにも当てはまらなかった。

 オレは、ガキの癖に賢しくて、そこら辺の大人より腕があって、変態野郎すら寄り付かない、醜い傷だらけの体をしていた。

 だから強くなるしかなかった。

 中途半端な強さしか持って居ない奴は、他人を蹴落として、貶めて、どんどん上に上っていくしかない。それが出来ない奴は、あっという間に転げ落ちて、死ぬだけだ。

 ――――――――――――この、オレのように。

 「いいざまだな、鼠の大将」

 街の片隅、薄暗い路地裏に、オレは這いつくばっていた。

 仕事の依頼を受けに来たところで、いきなり黒服の男どもに囲まれ、たった数分間殴られた程度で、このざまだ。やはり、多少腕が立つ程度じゃ、この街では通用しないらしい。

 「ゴーストの旦那から、命令受けたのか? 始末しろって?」

 「は、わかってんだろ? あの方は、有能な人間にはそれ相応の待遇を用意する。お前がガキでもそれなりの暮らしが出来ていたのも、そのおかげだ。だが、一度失敗した奴を、あの人は有能とは認めねぇ」

 黒服の男たちの一人が、オレを見下して語り始める。

 「お前もバカだよな。手前の手足であるガキどもを、よりにもよってこの街から逃がそうとして、そのガキ共に裏切られて、取引先に殺されかけた。まぁ、その時にどっかのバカが割って入って来たおかげで助かったみたいだけどよ……世の中、そんなに甘くはねぇよなぁ?」

 まぁ、よくある話だ。

 どっかのバカが、アップルシティに棄てられたガキ共を、街の外に逃がそうとしたところで、その隙を他の区の奴らに突かれて、死に掛けた。

 仕事には失敗。処理されるのは、目に見えていた。

 ゴーストの旦那の、最後の慈悲なのか? 失敗した直後から、今まで、執行猶予として時間をもらえたらしい。もっとも、どうせガキ共の引継ぎとかをさせるつもりだったんだろうけど。

 そして、現在に至る、と言うわけだ。

 実によくある話だ。

 こんな街じゃ、それこそ、ゴミのように溢れかえっている。

 「じゃあな、クソガキ。一足先に地獄に逝ってろや……ああ、ちなみに何か言い残すことはあるか? 聞くだけ聞いてやるぜ?」

 それはご親切なことで。

 銃口を突きつけられながら、オレはふと、思い出す。

 『お前さ、この街から出られたら何したい?』

 バカで、お人よしで、この街には似合わない奴の言葉を思い出す。

 この街から出られたら、か。

 なんて、意味の無い問いだろう?

 街は一つの生き物みたいなものだ。そして、オレたちはそこから生まれた、街の一部。どこへ行こうが、どこへ逃げようが、街の闇が追ってくる。それこそ、街ごと全部が無くなってしまわない限り、この呪縛からは逃げられない。

 …………けど、死の間際なんだ。そんな、問いに答えるぐらいの、酔狂さがあってもいいかもしれない。

 オレは苦笑しながら、口を開いて、バカみたいな答えを口にした。


 「一面のお花畑とか、作ってみたかったな」


 その答えは、銃口を突きつける黒服の男ではなく、

 「いいぜ。その願い、聞き入れた」

 黒服の男を横から蹴飛ばした、ミカゲに届いた。

 いったい、いつからそこに居たのか?

 というか、どうしてここに居るのか?

 そもそも! なんで、こんなバカなことをしていんだ、このバカ!?

 目の前の状況についていけず、オレは口をぱくぱくと動かしている。

 そして、目の前でオレを守るように立ちふさがるミカゲの背中へ、なんと声をかけようか迷っていると、蹴飛ばされた黒服の男たちが、怒声を上げてミカゲに銃口を向けた。

 「おせぇ」

 ミカゲは、何気なく右腕を振るった。

 少なくとも、オレにはそれだけに見えた。

 なのに、黒服の男たちは全員、暴風にさらわれたように吹き飛ばされ、路地の壁に叩きつけられている。

 黒服の男たちが全員気絶しているのを確認すると、ミカゲはいつも通りののんきな笑顔を浮かべて、オレに歩み寄ってきた。

 「ったく、人に散々言っといて、お前が一番、バカじゃねーか、ミィ」

 「う、うるさ――――ひゃあっ!?」

 ミカゲは這いつくばっていたオレを、問答無用で抱きかかえる。しかも、お姫様抱っこっていう、クソみたいな態勢で、だ。

 「や、やめっ、やめろっ!」

 「はいはい。怪我人は大人しくしとけって」

 ちくしょう、人を猫みたいに扱いやがって!

 つか、そんな場合じゃねーんだってば!

 「ミカゲ! お前、なんてことを……こいつらはゴーストの旦那の子飼だぞ! こいつらに手を出したら、西区全部を敵に回すことになるんだぞ! わかってんのか!?」

 「あん? 西区全部を敵に回す? ……………ははっ、なーに言ってやがんだよ?」

 ミカゲはけらけらと、陽気に笑ってオレに告げた。

 「今、俺が相手にしてんのは、この街全部だぜ?」

 その言葉を証明するかのように、街の何処かで、爆音が鳴り響いた。

 いくつも、いくつも。

 人々の怒声と悲鳴を混ぜながら、まるで音楽のように爆音が鳴り響いていく。

 「さらに言えば、俺たちが相手にしてんのは『世界』だ。こんなちっぽけな街ぐらい、どうってことねーな」

 犬歯をむき出した、野獣の笑み。

 圧倒的強者だけが見せることができる、獰猛な笑い。

 いつもと違うミカゲの表情を見て、オレは半年前から流れ出した、とある噂を思い出した。

 世界中の悪党を敵に回し、

 自分たち以外の悪を罰し、

 世界相手に喧嘩を売っている、狂った二人組の噂を。

 「さぁて、こんな腐った街はさっさと潰して、花畑でも作りに行こうぜ、ミィ。つーか、一応、お前の手下どもも含めて戸籍とか買うつもりなんだが……国はどこがいい? 俺のお勧めは――――」

 「日本がいい」

 オレは体から力を抜き、ミカゲの腕に身を任せる。

 「たまには、ぬるくてだるいのもいいと思ってよ」

 「あー、日本語むずいぞ?」

 「お前が教えろ」

 「んー、別にいいけどよー」

 オレはだらだらと会話しながら、ミカゲの腕でまどろむ。

 爆音と悲鳴を子守唄代わりに、オレはゆっくりと瞼を閉じていく。

 今まで生きてきた分の安らぎを取り戻すように、オレは眠る。

 とりあえず、このバカの腕の中で我慢して。

 「なぁ、ミカゲ」

 「なんだよ、ミィ」

 「…………バーカ」

 この、ありえないような奇跡に身を委ねよう。



 悪を罰しながら、正義の味方ではなく、

 大小関係なく人を救い、貶めて、

 自分たち以外の悪は認めず、

 世界を敵に回す二人組は、こう名乗っている。

 『悪の執行人』と。


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