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ライターアースと笑おう  作者: 六助
グラビティムーン
30/33

無自覚な皇帝

無自覚な者ほど、やっかいな者はなかなか居ません。。


 時々だけれど、僕は自分の性能が嫌になるときがある。

 例えば、万能無敵な後輩を目の辺りにしたときとか。

 世界を塗り替えられるくらいの才能を持った化物を目にしたときとか。

 僕は、人造人間だ。

 だから、性能以上の結果は多分、出せない。そういうように設計されている。例えば、【アサシン】タイプだと、暗殺に必要なありとあらゆる才能が詰め込まれ、それに見合った肉体で作り上げられている。その力は絶大で、恐らく、僕の知っている【アサシン】タイプのあいつなら、きっと大国の大統領だって鼻歌混じりに暗殺してみせるだろう。

 だというのに…………

 「なー、陽平。帰りにゲーセン寄ろうぜー、ゲーセン! 都心の方に新しい奴が出たんだってさ!」

 「当然、行くよな? つーか、行こうぜ! むしろ連れてくぞ、皆!」

 「ひゃっはー!」

 「了解だー!」

 「あいあいキャプテンー!」

 【エンペラー】の特性を持つ僕は、なぜか同級生にものすごい親しげに話しかけられていた。

 時間は放課後。

 今日も今日とて、気だるく騒がしい授業が終わった後、クラスの連中は僕を取り囲もうように集合したのだった。そして、現在に至る。

 うん、仲良くしてもらうのはいいんだけどさ、いいんだけどねー。こう、僕のイメージではさぁ、【エンペラー】の特性を持つ僕に対して、何処かしら畏怖を持ちながらも、一定の距離感を持った友好関係になるはずだったんだよ。少なくとも、所長から受けた説明では、僕のカリスマで皆をそんな感じに従わせるはずだったんだよ。

 なのに、現実はこれである。

 僕のカリスマに従っているというよりは、むしろクラスの人気者扱い。朝の登校では、多数の友達がローテーションを組んで僕を迎えに来て、昼休みは、クラスメイトはおろか、他の学年からも友達が遊びにくるし。放課後では、お菓子に群がるありのように、僕の周りに友達が集まる。うん、我ながら好かれすぎだろ、僕。

 「個人的には、もっとこう、カリスマ生徒会長みたいなのが理想なんだけどなぁ」

 「ん? 陽平、生徒会長がどーしたの?」

 「いーや、別にぃ」

 僕は美吉と春樹、そしてレミの三人と放課後の廊下を歩いていた。

 さすがに、あの人数を引き連れてぞろぞろ歩くのは色々無理なので、皆には後で埋め合わせをするということにして、僕は特に仲の良い三人と一緒に帰ることにした。

 もちろん、寄り道はしますよ? だって、年頃の男の子ですから。

 「そういやさー、陽平。陽平はどこの高校受けんだっけ?」

 「ん? 普通に地元の高校受けるけど、いきなりどうしたのさ、美吉?」

 僕が尋ねると、美吉だけでなく、他の二人も曖昧に笑って肩を竦めた。

 「や、俺らも陽平と一緒の高校を受けようと思ってよー」

 「このトリオが解消するのも寂しいですしね」

 「どうせなら、高校もオレらでつるみてーじゃん」

 僕は三人の答えを聞くと、ため息を一つ。

 「このばっかちーん」

 「いたっ!」

 「むぅ」

 「みゃっ!?」

 そして、三人の頭を軽く叩いた。

 なにするのさー、と抗議してくる三人に、僕は厳しい口調で語りかける。

 「いいかい? 三人とも。僕を好きになってくるのはとっても嬉しい。けどさ、そのために自分をおろそかにするのは、とてもいけないことだよ」

 秋山あきやま 美吉みよし。爽やかな笑顔がステキなスポーツ少年である。長身で、がたいもよく、後輩の面倒見もいいバスケ部の主将なのだ。バスケの腕は全国クラスで、こんな小さな田舎で燻って良いような人間じゃない。

 「美吉、君は前に僕に話してくれたじゃないか。地元を離れて独り暮らしになるけど、どうしても叶えたい夢があるから、遠くの高校へ行こうと思っているって」

 「……よく、一年前のバカ話なんか覚えてんなぁ」

 「当たり前だろ、友達のことなんだから」

 美吉はくしゃりと顔を歪めて、へたくそな笑顔を作る。まったく、いつもの爽やかスマイルはどうしたのさ?

 「春樹は確か、物理学者になりたいんだったよな?」

 相沢あいざわ 春樹はるき。銀縁眼鏡をきらりと光らせる、細身の美少年。春樹の頭脳はとても中学生レベルで収まるものじゃなく、大学レベルの数式を難なく解き明かし、日常的に科学雑誌に載っている論文を楽しげに読んでいる。加えて、春樹自身も、いくつも論文を発表しており、新鮮な切り口で物理法則の新しい観点を見出すその才能は、紛れも無い本物。

 「アメリカの大学から推薦状が届いてたよね? あっちでは年齢に関係なく、好きな物理がやれるってはしゃいでいたじゃないか。いつもクールな君が、あんなにはしゃいでいるところを初めて見たよ」

 「……そう、でしたね」

 春樹は苦笑し、目を細める。

 「レミだってさ、目指してんだろ? 役者」

 桜木さくらぎ レミ。すらりとした手足に、出るところはしっかりと出ているモデル体型。軽く脱色した茶髪と、すっきりとした鼻筋と、力強い瞳。美少女、と言われて違和感の無い女子は少ないが、レミは紛れもない美少女だ。そして、演劇部に所属する未来の役者でもある。しっかりと自分の中でキャラクターを作り込み、そしてまるでそのキャラクターに憑かれたかのように演じる姿は、とても中学生とは思えない。

 「芸能系の高校、目指しているって言ってたじゃんか。まったく、僕が一緒に君の親を説得してあげたのに、今更、躊躇うなよな」

 「あははは、そうだったよなー」

 いつもは無駄に元気なのに、今日だけは乾いた笑いを漏らすレミ。

 ……わかってる。三人とも、僕と一緒に居たから、言ってくれたんだってことぐらい、わかっている。けどさ、僕はこの三人に立ち止まって欲しくない。

 友達だから、前を向いていて歩いて欲しいんだ。

 「三人ともさ、高校がバラバラだったとしても、僕らは友達だよ。ベタだけどさ、離れていても絆はちゃんと繋がっている、って奴ね」

 だから、と言葉を繋いで、僕は言う。

 「今はとりあえず、バカみたいに遊ぼうぜ。今は今しかないんだからさ、せいぜい楽しんでやろうよ」

 「うぐ……」

 「……」

 「あははは、ひっく」

あーもう、三人とも、泣かないでってばー。後、そのまま抱きつくのやめんしゃい。鼻水が制服に付くから。

……まったく、しょうがないなぁ。

僕は仕方が無いので、抱きついて来る三人の頭を撫でて、気を落ち着かせようとする。

 「おやおやっ? 青春ドラマの真っ最中だったかなっ!?」

 そんな時だった。

 場違いなまでに明るい声が、廊下に響いたのは。

 その声に反応して、三人はびくりと肩を震わせる。

 「そうだよ、猫子。視聴率20%越えは確実なドラマさ。だから、茶々を入れないでくれるとありがたいよ」

 「にゃはははっ、そりゃー悪かったね! ごめんごめんっ!」

 僕らの前に現れたのは、陽気な声を響かせる少女。スレンダーな体型に、天然色の綺麗な茶髪。肩にかかる程度のショートヘアーだけれど、充分、女性らしい可愛らしさを持つ容姿。動物で例えるのなら、その名の通り、猫以外に思いつかない。

 安田猫子という少女は、レミとは違うタイプであるが、間違いなく美少女。そして、僕の同級生でもあり――――この学園の『魔女』だ。

 「それで、僕に何の用かな? できることなら、君とは余り係わり合いになりたくないんだけどなぁ」

 「にゃはっ、そんなつれないことを言わないで欲しいねっ! 自分で言うものなんだけど、こんな美少女とお友達になれるなんて、めったにないんだぜ?」

 「残念だけど、美少女はレミで間に合っているよ」

 陽気に笑う猫子。

 その少女の姿は、まるでこの世の穢れを知らない無垢な子供のようだ。

 だが、僕は知っている。

 この猫子という少女はむしろ、そういった『悪』に属する存在なのだと。

 「そっかー、うらやましいなぁ、レミちゃん」

 「ひっ……」

 猫子がにこやかな視線を向けただけで、レミは凍りついたように動かなくなる。恐らく、恐怖で動けないのだろう。無理もない。一介の中学生がまともに対峙するには、猫子という存在は余りにも暗すぎる。

 「はいはい、僕の友達を脅すのはやめてね、猫子」

 僕は猫子の視線を遮るように、レミを背後に庇い、そして後の二人も同じように背中へ張り付かせた。

 「ひっどいなぁ、陽平。ちょっと『お話』しようとしただけじゃないか」

 「その『お話』が問題なんだけどねー。君ってば、暴力じゃなくて情報とか、権力とか、見えない物で相手を攻撃するから性質が悪いし」

 「にゃはははっ、君の問答無用さに比べたら可愛いものだと思うけどね?」

 猫子の言葉に、僕は首を傾げた。

 ん? いまいちよく意味がわからないけど……まぁ、とりあえずは、

 「とにかくさ、僕の友達に手を出さないでくれ。僕に用件があるなら、他に構わず僕だけを見ていれば良いだろ?」

 「にゃはっ、痺れる台詞だにゃー」

 陽気に笑う姿からは想像もできないけれど、この猫子は、僕が来るまでこの学校を恐怖で支配していたカリスマである。学校中のありとあらゆる情報を掌で転がし、自らの支配下に生徒はおろか、教師すらも置く。

 ……うん、僕より猫子の方が皇帝っぽいね。

 「まー、今日、私はちょっと高校の話を耳にしたから、声をかけてみただけだよ。私も陽平と同じ学校に進むから、来年もよろしくってね」

 へらりとした笑みでそう言うと、猫子は翻して廊下を歩いていく。背中越しに、片手をひらひらと振り、底知れない余裕をまとって。

 正直、僕には安田猫子の正体を測り知ることは出来ない。人造人間という、常識外の存在でさえ、彼女の根底にある『闇』に比べたら、見劣りするだろうね。

 けど、ここで黙っているのもシャクというもの。

 僕は猫子の背中に向かって、堂々と言い放つ。

 「同じ高校なら好都合って奴さ、猫子。高校では、ずっと君の側にいて、君が悪さしないように見張っていてあげるよ」

 「にゃっ!?」

 僕の言葉に反応し、猫子は悲鳴のような声を上げて、足を止める。よくわからないが、少しは啖呵を切った甲斐が合ったらしい。

 猫子はしばらく僕に背を向けたままプルプル震えると、ゆっくりと振り返って、一言。

 「バカ」

 そう言い残すと、猫子は素早く身を翻して走り去っていく。

 顔真っ赤だったけど、一体、僕の何がバカなんだろう?

 「陽平はやっぱりさすがだぜ」

 「あの魔女にもフラグを立てるとは」

 「女殺しだよなー。私も含めて」

 僕が首を傾げていると、背中でなにやら三人が頷き合っている。 

 ま、よくわからないけれど、皆が無事なら、それでいいか。



 とある街の地下に存在する、研究所。その執務室に、血染めの白衣を着た金髪の少女と、彼女にかしずいている灰色髪の少女がいる。金髪の方は十代後半ほどの外見で、灰色の方はそれよりも少し幼く、十代半ばといった所。

 「タイプ【エンペラー】――御影陽平の観察結果を報告します」

 灰色髪の少女――紅花散世は無機質な瞳で、『所長』――岸田隔を見上げる。

 「現在、彼の通う中学校、及び近隣住民、その全てと友好関係。その制圧率98%を超えました。制圧範囲はなおも拡大を続け、『御影陽平』という名が郊外から都心まで知られています。彼と知人レベルの人間の中で、彼に害意を抱く者は極僅か。加えて、害意のレベルも、『関わるのが面倒』というありえない低さを誇っています。この現状を、所長が推測していたデータと比べると……180%を上回る結果です」

 「……んー、なんというか、相変わらず私の予想を裏切ってくれるねぇ、彼は」

 散世の報告を聞くと、隔はにやりと唇を三日月に歪めた。

 「ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ。実地稼動から一年で、まさかここまでの成果を出してくれるとは! さすがは『エンペラー』と分類されただけはあるねぇ」

 <NHシリーズ>。

 それは、岸田隔が製作している人造人間のことを指す。

 最新の科学技術と現存する魔術知識を混合させ、新たなる人類を生み出すというコンセプトで作られた彼らは、それぞれのタイプに応じた性能を発揮する。

 【アサシン】であるなら、暗殺技術に特化した性能を。

 【エンペラー】であるなら、人心掌握に特化した性能を。

 現在はまだ、本格的に稼動している者は数百体程度しか存在しないが、彼らには人間同様の生殖機能があり、一般的な人間と、子を為すことが可能である。

 製作者である隔の最終的な目標は、<NHシリーズ>が多くの人間と交配し、多くの子を為し、その遺伝子を世界に広めることだ。正確に言えば、遺伝子を広めることによって、人類がより良いものへと進化させる、という壮大なのか滑稽なのか分からないものだが。

 「加えて言えば、彼の周りに集まる人材は優秀な者が多い。世界すら塗りつぶす画家の卵に、万能の天才。さらに、優秀なアスリートの卵に天才物理学者、そして鬼才の演者。くっくっく、たった数例でこれだよ? こんなのが彼の周りにはうじゃうじゃいる。これがどういう意味か、わかるかい、散世ちゃん?」

 「キャラが濃すぎてうざい」

 「うわぁ、さらって切り捨てちゃったよ、この子。うん、勿論不正解だからね?」

 「所長がうざい」

 「直接的な罵倒っ!? あー、もう、散世ちゃんってば任務以外のことには、ほんと、無関心だよねー。正解はね、国を、いや、世界を回しうる人材が彼の周りに集まっていて、彼と友好関係を気づいている、ということだよ」

 指導者に求められるのは、実際のところ、個人的な能力ではない。

 どれだけ指導者が正しかろうと、賢かろうと、優秀であろうと、人が付いてこなければ何の意味も無いのだ。

 必要なのは、他者をまとめ、他者から好かれるカリスマ。後は、ある程度尊敬されるだけの人格があれば良い。それだけ在れば、一流の指導者として文句は無いだろう。

 だが、陽平はそれに加えて、圧倒的な人脈が存在する。世界を回しうる人材たちが回りに存在し、それら全てを友人となり、協力し合える関係。恐らく、現在のレベルでも、陽平がその気になれば、彼が住む田舎町を掌握することも……いや、既に掌握しているといっても過言ではない。

 「まさに皇帝だね。これで本人にまったく自覚が無いんだから恐ろしいよ。これで、彼が本気になったら、どうなるだか」

 自分が造った『作品』の、思いもよらない成果に歓喜を抑えられずに笑みを深める隔だったが、ふと、素の表情に戻って呟く。

 「でもね、陽平くん。皇帝というのは、いつも他者から狙われる立場の存在でもあるんだよ。無自覚な君は、それに気づいてないだろうけどさ」

 それは、狂気の科学者には似合わない、そう、まるで我が子を心配する親のような口調だった。



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