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ライターアースと笑おう  作者: 六助
グラビティムーン
29/33

昔の話を始めよう

 さて、ここら辺からそろそろ過去編に入ってきます。

 何処とも知れぬ町の地下。

 そこには巨大な研究施設が存在してあり、ある区画では、家一軒ほどの大きさもあるスーパーコンピューターや、それに準する機械が群れをなし、またある区画では、ガラスで区切られた水槽に浮かべられた『人形』がいくつも並べられている。

 そして、その研究施設の最下層のとある一室。背の高い本棚には、意味不明の言語で書かれた大判の本が並べられ、木目調の机と椅子が真ん中に置かれていた。この研究施設には少々浮いた一室だが、その一室は研究施設の所長にして、真っ赤な白衣を纏うマッドサイエンティスト、岸辺隔の執務室である。傍目からでは分からないオーバーテクノロジーが、うじゃうじゃと詰まっているのだ。

その執務室で、隔は『それ』を眺めて満足げに笑っていた。

 「ひゃひゃひゃ、幾分、邪魔はあったけど、これで完成だねぇ」

 うっとりと、慈しむように隔は『それ』の頬を撫でる。

 その横顔は自分の子供を愛する母のようであり、新しいおもちゃを自分で組み立てた子供のようだった。

 そして、その様子を灰色髪の黒スーツの女――紅花散世は無表情で眺めていた。

 「所長、『それ』はまだ試験運転中です。まだ『籠』から外に出すのは危険です」

 隔の背後に控えていた散世は、平淡な口調で警告をする。

 「ひゃひゃ、心配は無用だ、散世ちゃん。まだ完全に覚醒させていないからね。本格稼動させるのはもちろん、色々テストしてからだよ」

 「ならばなぜ、こんな無駄なことをしているのですか?」

 無表情に尋ねる散世へ、隔は軽くため息を一つ。

 「わかってないねー、散世ちゃん。人間って奴はさ、たとえ危険だとしても、『達成感』を味わいたいときがあるもんさ。ふぅ、いくら戦闘タイプだからと言って、君もそろそろ稼動して大分経つんだから、もっと人間らしい感情を覚えなさい」

 「拒否します。私はタイプ【アサシン】です、行動理由は標的の排除。不要なものをわざわざ搭載させる理由が不明です」

 「あー、もう。ほんとに散世ちゃんは真面目だねぇ。少しは君の後続機である陽平君を見習いなよ?」

 「…………必要ありません」

 少しの沈黙の後、散世は無表情に呟く。

 「おやぁ? ちょっと間があったねぇ。そういえば、散世ちゃんは昔っから、なにかと陽平君のことを気に掛けていたよねー。もしかして、陽平君に好意でも持ってるのか――――ぐぇ」

 言葉を遮るように、散世の手が、蛇のように隔の首へ巻きついた。

 「意味不明です。理解不能です。訂正を要求します」

 「わ、わかった、わかったから、人の首を絞めるのはやめなさい、散世ちゃん!」

 さすがの隔もこれにはあせったのか、必死にタップし、ギブアップを告げる。散世はそれでもしばらく隔の首を絞め続けていたのだが、数分後、時間と共に冷静になった散世は、あっさりと隔を解放した。

 「ぷはっ、はぁ、はぁ。まったく、<NHシリーズ>の中でも、なんで君たちだけは創造主である私に逆らえるんだろうねぇ?」

 「恐らく、所長が逆らわれるような言動をするからかと」

 「…………いや、そいうんじゃなくて、プログラム的な意味でねー」

 「……?」

 首を傾げる散世。

 そんな散世を、創造主である隔はため息を吐きながら眺めていた。

 「ほんと、君たち『二人』は私の手を焼かせてくれる……あの『悪の執行人』の騒ぎのときなんかもー、クレームが来まくって凄かったからねぇ」

 「はい。あの時の所長は、傍から見えても死にそうなほどでした」

 「まー、予想外っちゃ、予想外だったからさー。まさか、<NHシリーズ>の中でも、一番温和に設定したはずの彼が、あんなことをするとは思わなかった」

 目を細め、隔は追憶する。

 ほんの数年前、世界を壊そうとした一人の少年と少女の物語を。

 『悪の執行人』の物語を。



 時は数年前に遡る。



 僕の固体名称は『御影 陽平』だ。

 人間ではない。

 <NHシリーズ>No.547タイプ【エンペラー】。それが、僕の製造番号であり、役割を示す一文。

 他の人間を操り、従え、皇帝となるべくして作られた存在、それが僕だ。

 現に、僕は『フィクサー』と呼ばれる、世界を牛耳る巨大組織の幹部、御影時告に買われ、その息

子として行動している。

 はず、なのだけれど……

 「あのー、美月? ちょっと、くっつき過ぎじゃないかな?」

 「えー、そんなことないよー。これっくらい、兄妹なら普通だよー」

 「……まぁ、別にいいけど。そろそろ登校しなきゃだから、離してくれるかな?」

 「やだ」

 「やだじゃなくて」

 「学校なんて、休んで、あそぼーよー」

 「ダメだよ、ほら、義務教育だから」

 「義務教育なんて、クソくらえだー」

 「そんなアウトローなこと言わないで」

 「汚物は消毒だー」

 「そんな世紀末な事は言わないで。というか、美月の価値観ではモヒカンイコールアウトローなのかい?」

 まるで氷で作られた人形のように、繊細で、美しい容姿をした少女が僕にじゃれついて来る。その少女――御影美月は僕の義理の妹だ。

 美月は僕とは違い、きちんと時告とその母の間に生まれた子供らしい。生まれつき体が弱く、余り外に出られない所為か、友達も少ないようだ。

 そのため、どうやら他者とのスキンシップに飢えているらしく、よく兄である僕に引っ付いてくる。

 「あっはっは、美月と陽平は相変わらず、仲がいいなぁ」

 そんな様子を眺め、時告……もとい、父さんは朗らかに微笑んでいた。

 うーん、父さんってば、初めて会った時は、明らかに『組織の大幹部』みたいなダークっぽい雰囲気を出していたのに……一年経った今ではすっかり、アットホームな父親に変貌しているから驚きだ。

 最初の頃は、僕に『早く使える様になれ』とか、『人を駒として扱え。それが上手に生きるコツだ』とか、『人権は確かにある。なぜなら、人権を売る商売があるからだ』とか、明らかに悪っぽい台詞を言っていたのに、今では『家族より大切な物なんかねぇ!』とか、『残業はしない! 家に直帰! それがジャスティス!』とか、完全に家族思いの父親にジョブチェンジ。週三回、家に帰ると手料理を振舞うようになっていました。

 いやはや、どうしてこうなったんだろうね? ま、僕としては楽でいいんだけど。

 あ、ちなみにね、僕たちが住んでいるのは、とある田舎町の一戸建ての日本家屋。なんかこう、日曜日の夕方にやっているアニメに出てきそうな家ね。なんか、僕が入学する記念に、馬鹿でかい洋館から一時的に引っ越したんだ。

 父さん曰く、

 「あの家じゃ、いちいち学校に通うのが面倒だろう? それに、まだ中学生であるお前を一人暮らしさせるわけにはいけない…………それに、お前が居ないと美月と私が寂しいじゃないか」

 うん、父さんがそれでいいなら、いいけどさ。仕事の時は、ちゃんとダークネスってね?闇っぽい雰囲気出してね? 

というか、そろそろ僕に命令をして欲しいんだけどなぁ。

一応、最初の命令通り家族としては振舞っているけど、僕は人造人間。造られた兵器だ。やはり、周りの人間とは、隔絶が生まれるのは、しかたな――――

 「おっはよー、ございまーっす! おらー、陽平! ガッコー行くぞ、ガッコー!」

 「陽平くーん、一緒に行こうよー」

 「あ、おはようございます、陽平のお父さん。先日はどうも。お料理、凄く美味しかったです」

 「うひゃー、朝から生美月様だー! やっぱり、お前の妹はすげぇ可愛いよなぁ、陽平! 妹さんをオレにください!」

 僕ん家の玄関から、ぞろぞろと友人ズが入ってくる。憂鬱なはずの月曜日なのに、まったく、元気な奴らだよなぁ……あー、うん。ほら、僕ってばタイプ【エンペラー】だし、皇帝だし? 周りから好かれるスキルが合って当然というか? ほら、皇帝らしく、尊敬されているというか?

 「おいおい、またレミの奴が美月様に告ったぞ」

 「またかよ、自重しやがれ、レズ」

 「はっはっは、貴様ら、せめて格調高く百合と呼べぇい!」

 「うるさい、叫ばないで、バカ。後、私はお兄ちゃんと結婚するから、貴方の嫁にはなりません」

 「ふ、ふられたぁ!? しかも、禁断の兄妹愛!? くそう、オレも混ぜでください!」

 「ダメだ、こいつ」

 「早く何とかしないと」

 そ、そんけー。

 「ほらほら、何、ぼーっとしてんだよ、陽平!」

 「早く行かなきゃ、遅刻すんだろ!」

「「朝のデュエルに」」

 「カードゲーム大好きだなぁ、君たち!?」

 けらけら、笑いながら僕を引っ張ってくる、友達ズ。正確には、美吉みよし春樹はるき

 うん、尊敬されていません。超、馴れ馴れしくて、超、友達です。

 「まったくお前らってば…………今日の僕は、一味違うぜ?」

 「おおっ、鮮血の決闘者がやる気だ!」

 「いつの間にか、カードを構えているっ!? く、そのカードは、まさか、伝説の……」

 んでもって、すげー楽しいです。

 こんな風にね、バカやって、笑って、友達と遊ぶのが、すげぇ楽しい。今まで、研究所でしか生きてこなかったから、こんなに楽しいのは初めてだった。

 任務とか、命令とか、人造人間とか、どうでもいいくらいに楽しい。

 兵器? 存在理由? はっ、ないない、今更、そんな考え、これっぽっちも持っていませーん。元々、所長のクソババァが無理やり植え付けた価値観だし? そんなの、友情パワーで解除したし? ぶっちゃけ、あの研究所とは縁切ってあるしー。研究所に居た、他の個体とはたまに連絡取り合うけど、それは個人的な友情関係で、別に『フィクサー』とか組織がらみの関係じゃないしねー。

 と、いうことで、僕は気兼ねなく中学生活を楽しむことにしたのである。

 <NH>シリーズのタイプ【エンペラー】じゃなくて、御影家の長男、御影陽平として。

 「しゃー、お前らー、今日もはじゃぐぜー! 僕に続けー!」

 『おー!』

 「美月は自分の学校へ行けー」

 「えー」

 「えー、じゃ無くて」

 「んじゃあ、行って来ますのキス」

 「みんなぁー! 僕に続けぇー! ゴーアヘッド! ゴーアヘッドだ!」

 『サー、イエッサー!』

 何かを期待して目を瞑る美月を置き去りに、僕は友達を引き連れて走る。

 笑顔で、走る。

 「ははっ、ばっかみてー」

 さぁて、今日も今日とて、青春しますか。



 陽平の様子を眺める影が一つ。

 「楽しそうだね、陽平」

 影の主は薄く笑い、独り呟く。

 「でも、気をつけたほうが良い。この世界には、赤城時春が居ないんだから」

 この世界には存在しないはずの名前を、呟く。



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