昔の話を始めよう
さて、ここら辺からそろそろ過去編に入ってきます。
何処とも知れぬ町の地下。
そこには巨大な研究施設が存在してあり、ある区画では、家一軒ほどの大きさもあるスーパーコンピューターや、それに準する機械が群れをなし、またある区画では、ガラスで区切られた水槽に浮かべられた『人形』がいくつも並べられている。
そして、その研究施設の最下層のとある一室。背の高い本棚には、意味不明の言語で書かれた大判の本が並べられ、木目調の机と椅子が真ん中に置かれていた。この研究施設には少々浮いた一室だが、その一室は研究施設の所長にして、真っ赤な白衣を纏うマッドサイエンティスト、岸辺隔の執務室である。傍目からでは分からないオーバーテクノロジーが、うじゃうじゃと詰まっているのだ。
その執務室で、隔は『それ』を眺めて満足げに笑っていた。
「ひゃひゃひゃ、幾分、邪魔はあったけど、これで完成だねぇ」
うっとりと、慈しむように隔は『それ』の頬を撫でる。
その横顔は自分の子供を愛する母のようであり、新しいおもちゃを自分で組み立てた子供のようだった。
そして、その様子を灰色髪の黒スーツの女――紅花散世は無表情で眺めていた。
「所長、『それ』はまだ試験運転中です。まだ『籠』から外に出すのは危険です」
隔の背後に控えていた散世は、平淡な口調で警告をする。
「ひゃひゃ、心配は無用だ、散世ちゃん。まだ完全に覚醒させていないからね。本格稼動させるのはもちろん、色々テストしてからだよ」
「ならばなぜ、こんな無駄なことをしているのですか?」
無表情に尋ねる散世へ、隔は軽くため息を一つ。
「わかってないねー、散世ちゃん。人間って奴はさ、たとえ危険だとしても、『達成感』を味わいたいときがあるもんさ。ふぅ、いくら戦闘タイプだからと言って、君もそろそろ稼動して大分経つんだから、もっと人間らしい感情を覚えなさい」
「拒否します。私はタイプ【アサシン】です、行動理由は標的の排除。不要なものをわざわざ搭載させる理由が不明です」
「あー、もう。ほんとに散世ちゃんは真面目だねぇ。少しは君の後続機である陽平君を見習いなよ?」
「…………必要ありません」
少しの沈黙の後、散世は無表情に呟く。
「おやぁ? ちょっと間があったねぇ。そういえば、散世ちゃんは昔っから、なにかと陽平君のことを気に掛けていたよねー。もしかして、陽平君に好意でも持ってるのか――――ぐぇ」
言葉を遮るように、散世の手が、蛇のように隔の首へ巻きついた。
「意味不明です。理解不能です。訂正を要求します」
「わ、わかった、わかったから、人の首を絞めるのはやめなさい、散世ちゃん!」
さすがの隔もこれにはあせったのか、必死にタップし、ギブアップを告げる。散世はそれでもしばらく隔の首を絞め続けていたのだが、数分後、時間と共に冷静になった散世は、あっさりと隔を解放した。
「ぷはっ、はぁ、はぁ。まったく、<NHシリーズ>の中でも、なんで君たちだけは創造主である私に逆らえるんだろうねぇ?」
「恐らく、所長が逆らわれるような言動をするからかと」
「…………いや、そいうんじゃなくて、プログラム的な意味でねー」
「……?」
首を傾げる散世。
そんな散世を、創造主である隔はため息を吐きながら眺めていた。
「ほんと、君たち『二人』は私の手を焼かせてくれる……あの『悪の執行人』の騒ぎのときなんかもー、クレームが来まくって凄かったからねぇ」
「はい。あの時の所長は、傍から見えても死にそうなほどでした」
「まー、予想外っちゃ、予想外だったからさー。まさか、<NHシリーズ>の中でも、一番温和に設定したはずの彼が、あんなことをするとは思わなかった」
目を細め、隔は追憶する。
ほんの数年前、世界を壊そうとした一人の少年と少女の物語を。
『悪の執行人』の物語を。
時は数年前に遡る。
僕の固体名称は『御影 陽平』だ。
人間ではない。
<NHシリーズ>No.547タイプ【エンペラー】。それが、僕の製造番号であり、役割を示す一文。
他の人間を操り、従え、皇帝となるべくして作られた存在、それが僕だ。
現に、僕は『フィクサー』と呼ばれる、世界を牛耳る巨大組織の幹部、御影時告に買われ、その息
子として行動している。
はず、なのだけれど……
「あのー、美月? ちょっと、くっつき過ぎじゃないかな?」
「えー、そんなことないよー。これっくらい、兄妹なら普通だよー」
「……まぁ、別にいいけど。そろそろ登校しなきゃだから、離してくれるかな?」
「やだ」
「やだじゃなくて」
「学校なんて、休んで、あそぼーよー」
「ダメだよ、ほら、義務教育だから」
「義務教育なんて、クソくらえだー」
「そんなアウトローなこと言わないで」
「汚物は消毒だー」
「そんな世紀末な事は言わないで。というか、美月の価値観ではモヒカンイコールアウトローなのかい?」
まるで氷で作られた人形のように、繊細で、美しい容姿をした少女が僕にじゃれついて来る。その少女――御影美月は僕の義理の妹だ。
美月は僕とは違い、きちんと時告とその母の間に生まれた子供らしい。生まれつき体が弱く、余り外に出られない所為か、友達も少ないようだ。
そのため、どうやら他者とのスキンシップに飢えているらしく、よく兄である僕に引っ付いてくる。
「あっはっは、美月と陽平は相変わらず、仲がいいなぁ」
そんな様子を眺め、時告……もとい、父さんは朗らかに微笑んでいた。
うーん、父さんってば、初めて会った時は、明らかに『組織の大幹部』みたいなダークっぽい雰囲気を出していたのに……一年経った今ではすっかり、アットホームな父親に変貌しているから驚きだ。
最初の頃は、僕に『早く使える様になれ』とか、『人を駒として扱え。それが上手に生きるコツだ』とか、『人権は確かにある。なぜなら、人権を売る商売があるからだ』とか、明らかに悪っぽい台詞を言っていたのに、今では『家族より大切な物なんかねぇ!』とか、『残業はしない! 家に直帰! それがジャスティス!』とか、完全に家族思いの父親にジョブチェンジ。週三回、家に帰ると手料理を振舞うようになっていました。
いやはや、どうしてこうなったんだろうね? ま、僕としては楽でいいんだけど。
あ、ちなみにね、僕たちが住んでいるのは、とある田舎町の一戸建ての日本家屋。なんかこう、日曜日の夕方にやっているアニメに出てきそうな家ね。なんか、僕が入学する記念に、馬鹿でかい洋館から一時的に引っ越したんだ。
父さん曰く、
「あの家じゃ、いちいち学校に通うのが面倒だろう? それに、まだ中学生であるお前を一人暮らしさせるわけにはいけない…………それに、お前が居ないと美月と私が寂しいじゃないか」
うん、父さんがそれでいいなら、いいけどさ。仕事の時は、ちゃんとダークネスってね?闇っぽい雰囲気出してね?
というか、そろそろ僕に命令をして欲しいんだけどなぁ。
一応、最初の命令通り家族としては振舞っているけど、僕は人造人間。造られた兵器だ。やはり、周りの人間とは、隔絶が生まれるのは、しかたな――――
「おっはよー、ございまーっす! おらー、陽平! ガッコー行くぞ、ガッコー!」
「陽平くーん、一緒に行こうよー」
「あ、おはようございます、陽平のお父さん。先日はどうも。お料理、凄く美味しかったです」
「うひゃー、朝から生美月様だー! やっぱり、お前の妹はすげぇ可愛いよなぁ、陽平! 妹さんをオレにください!」
僕ん家の玄関から、ぞろぞろと友人ズが入ってくる。憂鬱なはずの月曜日なのに、まったく、元気な奴らだよなぁ……あー、うん。ほら、僕ってばタイプ【エンペラー】だし、皇帝だし? 周りから好かれるスキルが合って当然というか? ほら、皇帝らしく、尊敬されているというか?
「おいおい、またレミの奴が美月様に告ったぞ」
「またかよ、自重しやがれ、レズ」
「はっはっは、貴様ら、せめて格調高く百合と呼べぇい!」
「うるさい、叫ばないで、バカ。後、私はお兄ちゃんと結婚するから、貴方の嫁にはなりません」
「ふ、ふられたぁ!? しかも、禁断の兄妹愛!? くそう、オレも混ぜでください!」
「ダメだ、こいつ」
「早く何とかしないと」
そ、そんけー。
「ほらほら、何、ぼーっとしてんだよ、陽平!」
「早く行かなきゃ、遅刻すんだろ!」
「「朝のデュエルに」」
「カードゲーム大好きだなぁ、君たち!?」
けらけら、笑いながら僕を引っ張ってくる、友達ズ。正確には、美吉と春樹。
うん、尊敬されていません。超、馴れ馴れしくて、超、友達です。
「まったくお前らってば…………今日の僕は、一味違うぜ?」
「おおっ、鮮血の決闘者がやる気だ!」
「いつの間にか、カードを構えているっ!? く、そのカードは、まさか、伝説の……」
んでもって、すげー楽しいです。
こんな風にね、バカやって、笑って、友達と遊ぶのが、すげぇ楽しい。今まで、研究所でしか生きてこなかったから、こんなに楽しいのは初めてだった。
任務とか、命令とか、人造人間とか、どうでもいいくらいに楽しい。
兵器? 存在理由? はっ、ないない、今更、そんな考え、これっぽっちも持っていませーん。元々、所長のクソババァが無理やり植え付けた価値観だし? そんなの、友情パワーで解除したし? ぶっちゃけ、あの研究所とは縁切ってあるしー。研究所に居た、他の個体とはたまに連絡取り合うけど、それは個人的な友情関係で、別に『フィクサー』とか組織がらみの関係じゃないしねー。
と、いうことで、僕は気兼ねなく中学生活を楽しむことにしたのである。
<NH>シリーズのタイプ【エンペラー】じゃなくて、御影家の長男、御影陽平として。
「しゃー、お前らー、今日もはじゃぐぜー! 僕に続けー!」
『おー!』
「美月は自分の学校へ行けー」
「えー」
「えー、じゃ無くて」
「んじゃあ、行って来ますのキス」
「みんなぁー! 僕に続けぇー! ゴーアヘッド! ゴーアヘッドだ!」
『サー、イエッサー!』
何かを期待して目を瞑る美月を置き去りに、僕は友達を引き連れて走る。
笑顔で、走る。
「ははっ、ばっかみてー」
さぁて、今日も今日とて、青春しますか。
陽平の様子を眺める影が一つ。
「楽しそうだね、陽平」
影の主は薄く笑い、独り呟く。
「でも、気をつけたほうが良い。この世界には、赤城時春が居ないんだから」
この世界には存在しないはずの名前を、呟く。