表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライターアースと笑おう  作者: 六助
グラビティムーン
28/33

兄妹

殺しあっても、何があっても、兄妹です。

 ある時、私に兄ができた。

 どうやら、父が研究所から買い取ってきた人造人間らしい。なんでも、仕事の関係上、人身掌握に特化した人間が欲しかったからとか。

 けど、私には関係ない。

 父がどんな仕事をしていというが、私にはまったく関係無いのだ。父がどんな仕事をしていようが、私を養ってくれているならそれなりに感謝はするし、慕いもしよう。けど、それだけだ。私と父という人間は、ちゃんと個人として独立しているのだから、父がなんのために何をしていようが、私という個人には関係ない。関係ないのだ。

 なので、私が重要だと感じたのは、一人っ子の私に兄ができるということである。

 だって、兄だ。

 念願の兄だよ。

 来る日も来る日も、お兄ちゃんが欲しいなぁ、お兄ちゃんが欲しいなぁ、と父にねだった甲斐があったってもんだよ。

 兄になる人かぁ、どんな人かはわからないけど、優しい人だったらいいな。

 休みの日とかは、一緒に遊んでくれたり、どこかデパートに連れて行ってくれたりしてくれて。勉強が分からなかったときは、肩を竦めながら優しく微笑んで教えてくれて。

 そして、時々ちょっと意地悪な兄。

 …………うん、わかってる。そんな兄は存在しねぇ! という意見は重々承知。

 けど、ちょっと妄想するぐらいはいいじゃんか。

 もう少し、もう少しだけ。

 兄になる人が来るまで、もう少しだけ、幸せな妄想に浸らせて欲しい。



 「押し潰せ、グラビティムーン」

 ドアをノックした瞬間、急に俺の体が重くなった。

 いや、そんな表現では生易しすぎる。

 文字通り、体が鉛になったように重みを増し、足が震え、膝を着かざるを得ないほどの圧力が肩に降り注ぐ。

 「が、ぐ、これは、重力か!」

 俺の足元が、突如発生した超重力に耐え切れずにひび割れ、俺の体からは、骨が軋む音が聞こえてきた。内臓が重力に耐え切れず、いくつか潰れるのを感じる。

 このままではいずれ脳も潰されてしまうだろう。

 いくら異常な復元能力を持つ<NHシリーズ>でも、脳を潰されれば確実に死ぬ。

 「ちぃっ!」

 とっさに偽装モードを解除。人造人間としての全力をもって、超重力に逆らい、部屋の外側へと飛びのく。

 「陽平さん!」

 灯が悲鳴のような声を上げて近づいてくるが、俺は片手でそれを制した。

 潰れた内臓に意識を集中し、復元。血が巡り、無くなったモノが形を取り戻していく。

 そして、前方から発せられる殺気の源へと、目を向ける。

 「グラビティムーンによく耐えたよね、兄貴」

 か細い声とは裏腹に、どこまでも冷たい声。

 その声は、俺の記憶にある妹の物と違っていた。

 「おいおい、いきなり兄を殺しにかかってくる妹がいるかよ?」

 「それはそれは、妹を見捨てて失踪した兄貴に言われるとは思ってもいなかった」

 冷笑と共に、皮肉を放つ妹の姿からは、あの健気で可愛らしかった――ってほどでもなかったけど、まぁ、うん、可愛らしいといえば可愛らしかった――妹の面影は無い。

 もうすぐ高校に入るというのに、その体躯は小学生のように幼く、華奢。顔も童顔だが、それはよくできた氷細工のように繊細で、触れがたい美貌を携えている。その身を包むのは、純白のレースがついた、まるでお姫様のようなドレスだ。

 ただ、その外見と相反するように、瞳は何処までも冷たい刃の光を宿している。

 「美月、お前はまだ少女趣味なんだな。否定はしねーけど、そろそろ高校生だろ? それなりの格好をしたらどうだよ?」

 「帰ってきて早々、随分兄貴風吹かせるんだね。この一年、顔も出さなかったくせに」

 何かを言おうとして、言葉が詰まる。

 今更、中途半端な言い訳なんかほざけるわけがねぇ。だけど、真実を語るには、あまりにも俺には覚悟が足りてなかったんだ。

 ドアを開ける瞬間まではあんなに勇んでいたくせに、いざ、妹と顔を合わせたらこの体たらくかよ? まったく、自分の情けなさに嫌気がさす。

 「ねー、兄貴。今更さ、何しに帰ってきたの?」

 「あ、ああ。それはだな――――」

 「黙れ」

 封殺の言葉と共に、再び巨大な鉄槌に押しつぶされるかのような圧力が降ってきた。

 「――がっ!?」

 人間を超えるはずの怪力を宿しているはずの俺が、なすすべも無く膝を着き、まるで許しを請うように、美月の前で頭を垂れる。

 「訊いといてなんだけど、聞きたくないよ。兄貴の言葉なんて」

 頭を下げる俺の目線に合わせるように美月はしゃがみ、無感情に言い放つ。

 「逃げたくせに。全部私に押し付けて、逃げたくせに。今更、どんな言葉を吐けるんだよ? 今更、何を言うんだよ? どうにもならないでしょ? どうにもできないでしょ? 一年って長いんだよ? 人が変わるには十分すぎる時間だよ。心が潰れるには十分すぎる時間だよ」

 途絶えることなく続く言葉の刃が、俺の体を切り刻んでいった。

 正直、俺には超重力より、こっちのほうが身にこたえるぜ。

 「兄貴が学校で楽しく現実逃避している間、私が一体どんな思いをしていたと思う? 私がどんな重しに耐えていたと思う? ねぇ、答えてよ。楽しく学生生活を謳歌していた、木島陽平さん?」

 「……ッ! 俺は――」

 「だから、聞きたくないって」

 重みを増す圧力。

 その名の通り、月が押しつぶそうとしていると錯覚するほどだ。

 体中が鉛の泥に沈められ、そのまま圧殺されるイメージが俺の頭を駆け巡り、やがて、俺はそのイメージの通りに俺は潰されてしまうのだろうと推測する。

 「だからさ、このまま潰されておいてよ。兄貴」

 トドメとばかりに振り下ろされた右腕。

 それと共に増加する圧力。

 既に床はその下の大地まで露出するほどに、破壊され、俺の体も節々から血が噴出し、骨にもいくつもヒビが入っている。

 俺はただ耐えるだけで、指一本動かせやしない。

 ――――だが、それでも動かなきゃいけねーだろうが。

 「残念っ、だがよ、可愛い妹の頼みでも、そいつは、御免だ、ぜっ!」

 俺にのしかかる月を背負うように、俺は超重力に逆らって顔を上げる。

 顔には不敵な笑みを貼り付け、いかにも余裕綽々といったように装う。

 「俺はテメェじゃねーから、テメェの気持ちなんてわかんねーけどよ。それでもお前の兄貴だからな、それなりに察することもあるぜ?」

 軋む体を無理やり稼動させ、ゆっくりと立ち上がっていく。

 まずは体を上げ、膝を立て、腰に力を入れ、足を使って重力に逆らう。その度に体のどこかが壊れていくが、問題は無い。

 このまま美月を救えないのと比べれば、些事にすぎねぇ!

 「……さすが陽平さんです」

 俺が完全に立ち上がり、目を丸くする美月を見下ろしていると、灯の賞賛の声が聞こえた。ルールの制限があるとはいえ、俺が最初に示したとおり、灯はずっと俺を見守るだけで、手を出さないでいてくれた。

 俺を信頼してくれていた、と考えるのは、少し自惚れだろうか?

 まぁ、自惚れはともかく、少なくとも強がりはしねーとな。

 だってほら、相棒である灯と妹である美月が見てんだ。せめて、強がって格好つけねーと、男じゃねーだろ?

 「いいから、聞きやがれ、美月」

 「…………うぅ」

 俺に見下ろされているせいか、それともグラビティムーンに逆らっているせいか、美月は先ほどまでとはうって違い、怯えるように目を伏せる。

 その瞳には、冷たさよりも、戸惑いが浮かんでいた。

 「なぁ、美月。お前の言うとおり、俺はお前にぺらぺらと言い訳を並べる資格なんざありゃしねーよ。けどな、このままじゃ何も解決しねー。何も解決せず、何も進まず、ただ、逃げているだけになっちまう。俺は、それだけは嫌なんだ」

 美月は上目遣いに目を上げ、眉間にしわを寄せて、俺を睨みつけた。

 戸惑うような視線で、けれども冷たい視線をぶつけてきた。

 「だったら、教えてよ。逃げないって言うなら、この『御影』から逃げないっていうなら、教えてよ、兄貴! 一年前、どうして兄貴が家を出て行ったのか! なんで、私たちから逃げたのか、教えてよ!」

 俺を攻め立てる悲鳴を合図に、押しつぶされるような圧力が解除された。

 その反動で、うっかり体から力が抜け、倒れそうになってしまうが、それでも四肢に力を入れて踏み留まる。

 「いいぜ、答えてやる、美月。それはな――」

 ふらふらのままだが、ボロボロのままだが、俺はこれから長い話をする。

 いや、むしろこの姿なら、あの話をするには相応しいだろう。

 かつての相棒にして、情報を操る魔女――安田猫子と出会った、あの時を語るには、ちょうどいだろう。


 「あの時の俺は、お前に顔向けできないほどの『悪』だったからだ」


 『悪の執行人』として、世界に反抗期をやっていた頃の、いわゆる黒歴史という恥ずかしくも誇らしい過去を語るには、ちょうどいい。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ