死合い
てなわけで、陽平の正体はこんな感じです。
まぁ、ぶっちゃけて言ってしまえば、俺はいわゆる人造人間という奴だ。
世界を裏側から管理する組織が、人間の種の限界を突破するために作った<NH>シリーズという人造人間の一人なのである。
コンセプトとしては確か、人間が人間を一から作り直して、それぞれの分野に適した天才を導出するとか、そんなんだったような気がするなぁ。ちなみに俺のコンセプトは『カリスマ』。より大勢の人間を掌握し、統率するために作られた。だから、タイプ【エンペラー】というわけだ。ネームレスの奴は戦闘力や、殺傷力を重視したので、タイプ【アサシン】という区分になっている。
この<NH>シリーズの共通点は、強靭な肉体と再生力、そして灰色の髪。
前者は意図的に付け加えた物なのだが、後者はなぜか改善することが不可能な不良点だったらしい。まぁ、髪の色ぐらいどうとでも誤魔化せるから得に問題にはされてなかったみたいだけどな。
で、なんでそんな人造人間である俺がこんな田舎でのほほんと高校生活の楽しんでいたかという理由を説明したいところだが、今は割愛しておこう。
その理由は実に面倒で、いろいろな事情が複雑に絡み合っているし、それに――――今、この瞬間、そんなことに思考を裂いている暇は無い。
「るぅぉおおおおおおあおおおあああああああああっ!!!」
俺は叫びと共に、ネームレスの体躯を砕かんと右手を獣の顎に見立てて襲い掛かる。
人間としてのリミッターをかけず、手加減もせず、正真正銘、本気で。
空を裂き、骨を砕く一撃。
獣の顎のように、強靭な力で体躯を砕き、千切ることが可能な一撃。
「回避」
その一撃を。
音速にも届かんばかりの右手を、ネームレスは僅かなステップでかわした。
そして、息を吐く暇も無く、2本のアーミーナイフを振るう。
「っつあ!!」
右肩から左わき腹、左肩から右わき腹、それぞれに走る傷跡が×の字を描く。
飛び散る鮮血。
体を走る激痛。
人間同士の戦いなら、この一撃は紛れもなく致命傷だったろう。
「はっ! ぬりぃなぁっ!!」
「・・・・・・っ!」
俺はそんな『軽傷』には気も留めず、残った左腕でネームレスの腹部へ掌圧を叩き込んだ。
めきめきっ、という骨が砕ける音がして、ネームレスの口元から血が吐き出される。
――――だが、それでもネームレスは止まらない。そして、もちろん、俺もだ。
「警戒レベル最大。これより、体の損傷を度外視し、目標の排除を行います」
「排除? 上等だ、やってみやがれ」
ネームレスの無機質な視線が、俺の視線を混じり、次の瞬間、肉が絶たれる音と、体が砕ける音が聞こえた。
「るぅぉおおおおおおおおおおあおああああああっ!!!」
「排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除っ!!」
交差する拳とナイフ。
それは交互に相手の肉体を傷つけていく。
俺たち<NH>シリーズの人造人間は、カロリーが続く限り、いくらでも再生を行うことが出来る。これがどういった仕組みで行われているのか、俺は知らない。超科学による代物なのか、はたまたオカルト染みたものなのか? それは恐らく、あの研究所に居た所長にでも聞かなければ知ることは出来ないだろう。だがしかし、そんな理由はこの場においてはどうでもいい。
肝心なのは、どちらのカロリーが先に着くかだ。
俺たちの闘いは、先に再生できなくなったほうが負ける。
「・・・・・・」
数分ほど殺しあった頃だろうか、状況に変化が起きた。
ネームレスが無言で俺の拳の範囲外に飛び、距離を取ったのだ。
「おいおい、どうした、もう限界か? それとも、俺の射程範囲外から銃器でも使って頭を狙ってみるか?」
「・・・・・・」
ネームレスは答えない。
わかっているのだ。今更、銃器なんていう『遅い』攻撃手段に移行すれば、その瞬間、俺に頭蓋を砕かれるのだと…………いや、砕かないけどな!? さっきは殺し合いとか雰囲気で言っちゃったけど、実際、殺さねぇし。つか、殺したくねぇし。
今はとりあえず、死なないように必死で時間稼ぎをしているところで、俺はまともに戦ってはいない。というよりは、まともに戦えない。なにしろ、相手はは元々戦闘を重視して作られた『兵器』なのだ。人身掌握がコンセプトの俺とは性能が違う。
つまり俺は、ネームレス相手では、時間稼ぎぐらいしか出来ないのだ。
「…………自身の損傷が80%以上……条件クリア。これより、最終手段に移行します」
ネームレスは静かに呟くと、2本のアーミーナイフを、ばらした。
アーミーナイフというのはいわば、十徳ナイフのように缶切りやコルク開けなどといったさまざまな機能を折りたたんで一つにした便利用品である。
だが、ネームレスのそれは違っていた。
そのアーミーナイフ折りたたまれていたのは、便利用品などではなく、それぞれ異なった形状の刃。
「標本刀戯」
呟かれたその言葉は、この技の名前だろうか?
一切の無駄を省いて戦うはずのネームレスが口にするその言葉にどれだけの意味があるのかわからない。
ただ、俺にわかったのは――――――――人造人間の反射速度ですら捉えられない速さで、ネームレスが動き、俺の体を刃で『固定』したことぐらいだった。
俺は激痛に耐えながら、口元を歪めて笑う。
「……なるほど、だから『標本刀戯』かよ」
ネームレスは恐るべき速さで、ばらした刃を俺の体、特に間接や駆動するために必要な場所て刺しこんだらしい。様々な形状のナイフはより確実に相手を固定し、動けなくするための特注品なのだろう。
もっとも、その所為で自分も武器を失くしてしまうから、最終手段なのだろうけれど。
「…………っあ、はぁっ、はぁ」
その上、消耗も激しいらしいな。
自分の限界を超える動きをした代償なのか、ネームレスは先ほどまでの機械染みた雰囲気を崩し、膝を着いて息を荒くしている。無表情は崩していないが、その額からは汗が流れ出始めていた。
……まぁ、同じシリーズである俺が一つしかナイフを弾けないほどの動きだったのだから、無理はないだろうけれど。
「排除、する」
ふらつきながらも、ネームレスは俺に止めを刺そうと歩みを進めてくる。
右腕一本しか満足に動かせない今では、その歩みを止めるのは難しいだろう。
つまり、絶対絶命だ。
『PLLLLL……』
俺が冷や汗を流して頬を引きつらせていると、ポケットから電子音が鳴り響く。
俺はその音に素早く反応し、唯一動ける右腕で電子音を鳴らしている携帯電話を取った。
『陽平さん、生きてますかー?』
「たった今、死にそうだよ」
「『ああ、ならよかったですー。間に合って』」
最後の一文は、電話と肉声との両方から聞こえてくる。
声の方へ視線を逸らすと、そこには俺の相棒であり、正真正銘の悪魔――――
「助けにきましたよ、陽平さん」
聖名灯が子犬を連想させる笑みで佇んでいた。
「いやぁ、本当に焦りましたよー。急に結界が干渉を受けるわ、陽平さんの身にやばいことが起こっていると悪魔レーダーが反応したりと、もう、寿命が縮む思いでしたよー」
「悪魔って寿命あるのか?」
「無いですけど、そんな気分ってことです」
灯が微笑みながら、ぱちんっ、と指を鳴らすと、俺の体が急に拘束から解放される。
「おおう?」
ふらつきながら自分の体を確認すると、自分を固定していたナイフがいつの間にか消え去り、傷口も跡形も無く塞がれていた。
「……すげぇな、いつ見ても」
「ふふっ、悪魔ですから、これくらいは出来ますよー。そして、貴方が望むのなら」
にぃ、灯は唇を三日月に歪め、目を細める。
「あの程度の障害。一瞬で灰に還してあげましょう」
灯は、この悪魔は、頼もしいことに、ネームレスを指差してそう言い切った。
そうなのである。
実際、この悪魔は対象が異能力者でなければ、大抵の場合、一瞬で消し去ってしまえるほどの『何か』を持っているのだ。今回の事例も、異能力者である剣が関わっていなければ、結界などというまどろっこしいことはせず、直接、ネームレスに干渉して事態を解決できるほどに、この悪魔は万能で、チートな存在なのである。
「……対象に増援を確認。戦力は不明。現状での対抗策は無いと判断…………」
ネームレスは現状の不利を理解すると、傷ついた体にも関わらず、人間よりはるかに早い足で逃げ去っていく。
あっという間に消え去っていく背中を眺め、灯は俺に尋ねる。
「消しときますか? あれ」
「必要ない。つーか、アレでも俺の昔馴染みだからな、死なれると悲しいんだよ」
「ふぅ、相変わらず優しいですね、陽平さんは」
「甘いだけだよ、俺は」
俺は解放された体をゆっくりと解しつつ、灯と会話を続けた。
「それよりも、だ。どうだ? 剣の野郎は? 少しは病状が良くなったかよ?」
「んー、そうですねぇ」
灯は、地面に気持ちよさそうに気絶している剣を眺めて答える。
「ほぼ、大体完治したっていうところでしょうか? うん、このままの状態が続いたなら、数日以内に完全に回復するかとー」
「そ、か」
俺はほっと胸を撫で下ろした。
色々と痛い思いはしたけど、まぁ、結果はなかなかじゃねーかな?
少なくとも、ナイフで標本にされてまで頑張った甲斐はあったと思うぜ。
「それで、どうしますか、陽平さん? あの黒服のお姉さんはきっとまた、剣君を襲って来ますけど、一応、記憶改ざん魔法でも唱えておきましょうか?」
相変わらずこの悪魔は便利だなぁ、と思いつつ、俺は少し考え、答える。
「いや、やめておこう。ライターアースが剣に接触してきたなら、何かしら意味があるはずだ。記憶改ざんしたら、その痕跡も消えてしまう可能性が高い。それに、ネームレスの方は俺の方で何とか対処できる。会議で言っただろう? 一応、ツテがあるんだよ……できれば、使いたくはなかったけどな」
「んー、どういう意味ですか?」
「そのうち、わかる」
見上げてくる灯の頭に掌を乗せ、軽く撫でてやる。
「おお? 珍しいですねー、陽平さんから頭を撫でてくれるなんて。ついにデレましたか?」
「うるせぇよ」
デレるというか、なんというか、今回は灯に助けてもらったからなー、それなりにお礼は必要だ。
だから、お礼のために撫でているのであって、見上げてくる灯の顔が可愛かったから不意に撫でたくなったわけじゃねーんだ。
「ふふっ」
そんな俺の思考を読み取りやがったのか、灯はおかしそうに笑っている。
「……ふん」
俺は、子犬みたいにじゃれついてくる灯の頭を、しばらく撫で続けた。