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ライターアースと笑おう  作者: 六助
ダークカーテン
20/33

世界を壊す理由

誰だって、一度は世界なんてなくなってしまえばいいと思うものです。

 「・・・・・・と言うことでだな、現在、剣がその怖いお姉さんとやらに命を狙われているというわけだ。これで、俺が今まで体験した事実を話してみたんだが、理解できたか、お前ら?」

 「にゃはっ、りょーかい、了解。一から十まですっかり理解できたよ」

 猫のように目を細めて、安田先輩は笑う。

 いや、安田先輩だけ笑っている。

 当事者を除いて、俺を含めた三人の後輩組は、先輩の異常さにつくづつ呆れ果てて何も言えなかった。

 「やっぱり、陽平先輩はバカだ、アホだ、というかお人よし過ぎる」

 そして、一番復帰が早かった明美が俺と千穂の気持ちを代弁する。

 「おいおい、明美。いきなり先輩を罵倒するんじゃねぇよ、というか、さりげなくこっちにピーナッツを投げるんじゃねー、食べ物は大切にしろ」

 先輩は華麗な手さばきで明美が投げたピーナッツをキャッチし、そのまま口の中へ放り込む。

 あー、先輩、悪いっすけど、今回ばかりは俺も先輩のことはバカとしか言いようが無いっすわ。

 「陽平先輩、本当に、本当にそんな理由でライターアースって奴と、世界を壊せる力をもった奴と戦おうとしているのですか?」

 先輩にベタ惚れしている千穂も、さすがに今回ばかりは先輩の理由を肯定していない。

 いや、本来なら肯定なんて出来るわけがないっすよ。

 「お前らなぁ、俺の話を信じてくれたのは感謝するけどよ、なんでそんなに呆れたような、信じられないものを見るような目をしてんだよ?」

 本当にわけがわからない、といった風に先輩は首を傾げた。

 そんな先輩に、俺たち後輩は揃ってため息を吐く。

 そして、後輩を代表して俺が先輩に言う。

 「あのっすね、先輩。先輩は本当に、その、前回の、前回先輩の親友だった奴の頼みだから世界を救おうとしているんっすか? この世界を破壊するような、冗談みたいな存在と戦おうとしているんっすか?」

 正直、否定してもらいたい気持ちで俺は先輩に尋ねた。

 「ああ? 違うぞ、剣。んなわけねぇだろ、ったく、俺の話をちゃんと聞いていたのか?」

 俺たちの祈りが届いたのか、先輩は俺の疑問を否定する。

 ああ、やっぱり、そうっすよね! そんな、自分が覚えても居ない親友のために、そんな、命を賭けて戦うだなんて――――

 「俺は戦わない。俺はライターアースと戦わずに、徹頭徹尾話し合いで解決するつもりだぜ」

 今度こそ、俺たちは本当に言葉を失った。

 「にゃはははははっ! さっすが、陽平! 相変わらず、ぶっ飛んでるね! さすがは私の相棒っ!」

 「はっ、『元』ですがね、猫子さん。今の相棒は私、聖名灯ですから、お忘れなくー」

 にゃはは、と笑う安田先輩へ、灯先輩は氷点下の笑顔を向けている。

 あ、いやいや、お二人とも、なんでそんな会話をしていられるんっすか?

 先輩は、この木島陽平という人は、ただでさえ絶望的な状況だっていうのに、自分で残りの希望を削っているようなことをしているんっすよ?

 常人だったら、泣き叫んで逃げ出したくなるような状況にいるんすよ?

 「・・・・・・先輩、先輩はおかしいっすよ! なんでそんなにあっさりと現状を受け入れられているんっすか!? もっと悩んでもいいんっすよ!? 泣き言を吐いても、逃げ出しても、誰も先輩を責めないっす!  『世界』なんて曖昧な馬鹿でかいものを先輩が背負う必要なんてこれっぽっちも無いんっすから!」

 気付いたら、俺は先輩に対して怒鳴っていた。

 俺は先輩のことを心底尊敬しているし、先輩みたいになりたいと思っている。その思いは今も変わらない。

 だから、だからこそ、俺は怒鳴らずには居られなかった。

 先輩が『世界』なんて大多数の他人のために命を賭けるのが、他人以下の、覚えても居ない親友の頼みを動機にしているのが許せなかった。

 「他人なんかほっとけばいいんっすよ。世界が壊されるなら、この世界から逃げ出す方法を考えればいいじゃないっすか。きっと先輩だったらそれくらいあっさり出来るっすよね? なら、先輩はそうすべきなんだ。先輩が見ず知らずの他人のために命を賭けるなんて、バカらし過ぎる・・・・・・バカらし過ぎるんだよ!!」

 戸惑いの視線が俺に集まるのがわかる。

 特に、明美と千穂が驚いているようだ。無理もないっすね、だって俺、こんなことを叫ぶキャラじゃないっすから。

 こんならしくないことを言ったのは多分・・・・・・ダークカーテンの所為っすよねぇ。

 「・・・・・・はぁ、キャラ崩壊するまで、何言ってやがるんだよ、剣」

 今度は先輩が呆れて、俺に言った。

 

 「お前らが見知らぬ他人なわけねーだろうが、ボケ」


 あっさりと、当然のことを言うように先輩は言った。

 そこでやっと俺は理解できた。先輩は、俺たちを守るために、俺たちが居る世界を壊さないように命を賭けているのだと。

 「先輩・・・・・・」

 俺は何かを言おうとして、結局、何も言えなかった。

 この先輩に、バカみたいなお人よしの先輩に、何を言うべきなのか、俺にはまだわからなかったから。

 明美も千穂も同じように、何か先輩にかける言葉を捜して、でも見つからずに言いよどんでいる。

 「――――――そこまで」

 そこに、ぱぁんと、拍手の音が響いた。

 「あのさぁ、後輩たち。これ以上、陽平の行動理由について愚痴愚痴言うのなら、帰ってくれないかな?」

 拍手の主は安田先輩。

 安田先輩は、普段からは想像もつかないほどの冷たさを含んだ言葉で、俺たちを嗜める。

 「陽平は自分で決めたことは覆さない。それは君たちもよくわかっているんじゃないかな? だったら、黙って陽平の話を聞いて、少しでも陽平の助けになれるように意見を出したほうが有意義ってもんさ。わかるかな? ここはそういう話し合いをするための場所なんだよ」

 苛立っている。

 表情こそ笑顔だが、確実に安田先輩は苛立っているだろう。

 そして、俺たちはそれがどれほど恐ろしいことかを知っている。

 安田猫子という人物を怒らせてはいけないということを知っている。

 「すいませんです、猫子先輩! ちょっと、私たち感情的になっていたみたいですー。本当に反省してます、ごめんなさいなのです。ほら、あーちゃんも謝って!」

 「・・・・・・ごめんなさい」

 危機察知に長けた千穂が素早く謝り、それに続いてあの明美ですら謝った。

 つまり、それだけ安田猫子という人物はやばいっす。

 やばいっすけど、でも、俺は・・・・・・・・・・・・

 「うん、千穂ちゃんと明美ちゃんは良い子だね。きちんと人に謝れるのは素晴らしいことさ!」

 安田先輩は、二人を気さくな笑みで許したあと、ぐるん、と眼球だけこちらを向けた。

 「君は良い子かい? 破竜院剣くん?」

 ただ、それだけのことで俺の体が震えはじめる。

 がちがちと、奥歯が噛みあわない。

 悲鳴すら出ない。

 他者を圧倒する才能を持っていようが、俺は、安田先輩にはまるで敵う気がしなかった。

 なぜなら、安田先輩に対しては才能も、強さも、そして力さえも何の役に立たないのだから。

 怖い。

 ああ、怖いっすよ、マジで! 正直、今すぐにでも土下座して謝りたいくらいっす。むしろ、なんで自分が謝らないのか不思議で仕方ないっす。

 安田先輩を敵に回したら最後、彼女の気が済むまで掌で踊らされ続けて、最終的には一片の希望も無い絶望に落とされるのに、なーんで、俺は謝らないんっすかねぇ?

 ・・・・・・ああ、多分、きっとそれは――――

 「ストップだ、猫子。俺の後輩を脅しすぎんなよ」

 「にゃは、ごめんごめん。ついつい君の後輩たちが怯える姿が可愛くてね」

 先輩の一言で、あっさりと安田先輩は機嫌を直した。

 多分、安田先輩にとっては俺なんかが粋がっているという事実より、例え注意であったとしても、先輩に声をかけてもらったという事実の方が上位になっているんだろう。

 どうして安田先輩が、先輩に対してそこまでの好意を持っているのはわからないけれど、どうやら、俺が助かったことだけは確かみたいっす。

 「大体な、賛成意見ばっかりの会議なんざ、やる意義ねーしな。だからほら、あんまり気にすんじゃねーぞ、剣」

 「はは、りょーかいっす、先輩」

 先輩が声をかけてくれたおかげで、やっと緊張が解ける。

 気付くと、俺は自分の爪が食い込むほどに、手を握り締めていた。



 「うし、んじゃまずは剣の安全確保についてだな」

 まず、俺は剣の現状について、卓を囲む五人に話していく。

 「剣の現在、謎の黒服女から命を狙われている。恐らくは、ウイルスを開発した研究機関がサンプルほしさに派遣したエージェントと見ていいだろう。それも、かなり凄腕だと予想しているが、実際はどうなんだ? 猫子」

 「はいはーい、実にその通り。陽平の言うとおり、剣くんに派遣されたのは、あの研究機関のエージェント。しかも、聞いて驚け、あの名高い『ネームレス』が出張ってきているらしいのさ」

 『ネームレス』というあだ名を聞いて、俺は思わず眉をひそめた。

 おいおい、いくらなんでも表側に住んでいる奴に『ネームレス』を派遣するんじゃねぇよ、その研究機関。ったく、どれだけサンプルが欲しいんだか。

 「あのー、先輩? そのネームレスっていうのが、あのお姉さんの二つ名なんっすか? なんか、先輩の反応から凄くやばそうな相手だってことはわかったんっすけど」

 剣が引きつった笑顔で俺に尋ねてくる。

 俺は剣から目線を逸らし、ネームレスについて説明する。

 「・・・・・・ネームレス、その名の通り、固有の名前を持たないエージェントだ。名前は任務に応じて使い捨て、自分自身をまったく省みずに任務達成のためだけに存在しているような奴だよ。そいつは任務を達成するまで絶対に諦めることはないし、今までにそいつが自分自身に任務を中断したことは無い。そして、ネームレスは上から依頼された任務は全て、成功させてきた化け物だ」

 「・・・・・・つまり、俺、絶体絶命っていうことっすか?」

 頬を引きつらせ、額に冷や汗を掻いている剣へ、俺はゆっくりと首を横に振った。

 「ネームレスが任務を引き受けたっていうことは、その任務が達成されたのと同義なんだよ。だからな、お前はネームレスに狙われた時点で研究所のサンプルになったようなもんだぜ」

 俺の言葉に、場の空気がざわめく。

 「よ、陽平先輩! どうにかならないのですか!? いくらスケベでエロスで、いつも私に面倒なトラブルを押し付けてくる、ぶっちゃけ半殺しになったぐらいだったら笑って眺めていられる剣くんでも、一応私の幼馴染なのです! さすがにホルマリン漬けはどうかと!」

 「そうだぞ、陽平先輩、いや、陽平。ちーちゃんがそう言っているんだから、なんとかしろよ。まぁ、ぶっちゃけ剣が居なくなれば私が幼馴染のポジションをいただけるから、私自身はまったくかまわないんだけど。というか、ちーちゃんを困らせる諸悪が消えてくれるなら万々歳だけど」

 「落ち着け、お前ら! かえって剣にダメージを与えているぞ!? そして明美は先輩を呼び捨てにするな!」

 俺が指差した先には、いつもの輝かんばかりの笑顔はどこへやら、暗い表情で膝を抱えている剣の姿があった。

 「ははっ、そーっすよね。どうせ、俺なんか消えたほうがいいような人間っすしー、ぶっちゃけ、このまま生きててもなんか良いことありそうにもないっすしぃ」

 そして、なにやら黒いカーテンみたいなものが出現し、剣を覆う。

 「ふむふむ、なるほど。これが剣さんの能力、『ダークカーテン』ですかー。能力として攻撃力はあまり無いにしろ、そのカーテンは無尽蔵に出現し、攻撃遮断、対象捕獲に使えそうなものですねー」

 「ええい、解説している場合かよ、灯。このままじゃ、最悪、剣が暴走するかもしれねぇんだぞ! というわけで、千穂ちゃん! なんでもいいから剣を褒めろ! 通常の状態にまでテンションを戻すんだ!」

 「了解です、陽平先輩!」

 いきいきとした表情で頷く千穂ちゃん。

 よし、千穂ちゃんから褒められれば、すぐに剣もテンションが上がってくるだろう。

 理由はまぁ、プライベートに関わることなんだが、一言で言うと、男は単純ってことだ。

 「元気出して、剣くん! 私はちゃんとわかっているよ、剣くんは消えたほうがいい人間なんかじゃないってことを!」

 千穂ちゃんの言葉に、剣はぴくりと反応する。

 「剣くんはスケベだけど、女の子が嫌がることは絶対しないし、女の子が泣いていると、すぐに駆けつけて慰めていてあげたよね?」

 「そして何人もの女子が剣に好意を持って、修羅場になったけどね」

 「スポーツも勉強も得意で、クラスの皆から頼られていたよね?」

 「そしてクラス全員に、才能がある人間とそうじゃない人間の格の違いを見せつけた、っと。剣の所為で挫折した人間は数知れずー」

 「幼馴染の私が困ったときには、よく助けてくれたよね?」

 「その所為でかえってちーちゃんが困ったことになったけどな? 知ってるだろ? 剣の幼馴染ってだけで、ちーちゃんがクラス中の女子からはぶられて過ごしてきたってことを。まったく、小さな親切大きなお世話ってこういうことをいうんだよ」

 あれ? おかしいな? 千穂ちゃんの言葉の後に、余計なものがくっついてるんだが。主に剣が一番ダメージを喰らう形で。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・死のう」

 「けぇええええええん!?」

 いつに無く暗い表情で、黒いカーテンを纏った剣がふらふらと席を立つ。

 「待て、落ち着け! 早まるな!」

 「離してください、先輩。俺なんかは生まれてきちゃいけない人間だったんです。便器に顔を突っ込んで溺死するのがお似合いなんです」

 「やばい、語尾の「っす」を忘れるぐらいテンションが下がってやがる!?」

 ゾンビのような足取りでトイレに向かう剣を、俺は羽交い絞めにして拘束した。

 くそ、いつもの剣だったらここまで打たれ弱くねーんだが、やっぱりウイルスに感染するとどうも精神的に不安定になるみたいだな。

 「というか、明美! お前は何を余計な事を言ってんだよ!?」

罪悪感の欠片も無い顔で明美は答える。

 「いや、ちーちゃんが剣を褒めているのがむかついたから」

 「我慢しろって! お前は人の心を傷つけることに関しては剣以上の天才なんだから!」

 「・・・・・・・・・ふん」

 なぜか頬を赤く染めてそっぽ向く明美。

 いや、褒めてないぞ? そこは照れるところじゃじゃねーぞ?

 「ていうか、会話の方向が段々ずれてきたぞ、こんちくしょう!」

 「あはははー、今更、何を言っているんですかー、陽平さん。私はこのメンバーが揃った時点で、こうなることを予期していましたよー」

 俺の隣で、灯はのほほんと茶を啜っている。

 人が事態収拾に苦労してるときにてめぇは・・・・・・

 「そんな怒り狂った瞳で見ないで欲しいですよー、ちょっとぞくぞくしちゃいますから。それと、一応、こういう事態を予期していたのですから、対策ぐらいは練っていますよぅ」

 灯はそう言うと、ぱちんっ、と軽快に指を鳴らした。

 「かもーんですよー、キョーコさん!」

 その瞬間、気のせいかもしれないが、空気がうっすらと重みを持ったような、そんなイメージを抱いた。

 「とりあえず、皆さん、生気が有り余っているようなので、ちょっと抜いてもらうのですよー」

 「あ? お前、一体何を言って――――」

 俺が灯に尋ねようとすると、急に押さえつけていた剣の力が抜ける。

 どうやら、何かとてつもなく怖いものを見てしまったようで、青い顔で気絶していた。

 異能を行使する本人が気絶すると、能力も解除されるらしく、剣を覆っていた黒いカーテンはいつの間にか消えていた。

 俺は首を傾げながら、とりあえず剣を畳に寝かせる。

 「「きゃあああああああ!?」」

 と同時に、千穂ちゃんと明美から悲鳴が上がった。

 「なんだ!? 何が起こってやがる!?」

 「まー、霊感が無い陽平さんにはわからないでしょうけど、今、キョーコさんが血気盛んな後輩さんたちのテンションを下げているところなんですよー」

 のほほんと言う灯だったが、これはテンションを下げるというより、阿鼻叫喚といった方が正しいだろう。

 「くっ、逃げて、あーちゃん! ここは私が喰い止めるっ!」

 「だ、ダメだよ、ちーちゃん。私がちーちゃんを置いて逃げられるわけないじゃん!」

 「いいから、早く逃げ・・・・・・・・・・・・あ、あああああああああああああああ、くふっ」

 「ちーちゃん? ねぇ、ちーちゃん? ちーちゃぁああああああああん!!」

 どうやら、キョーコさんが気合を入れて後輩たちを脅しているらしいのだが、霊感が無い俺から見たら、後輩たちが寸劇をやっているようにしか見えないのだが。

 「にゃは、陽平の家に亡霊が憑いているの知ってたけど、実際、この目で確認できないのが残念だよ。せっかく、面白そうな事態になっているのに」

 同じく、後輩たちの寸劇を眺めていた猫子はポツリと呟きを漏らす。

 「あぁ、そういや、猫子も霊感無いんだっけか?」

 「にゃははん、そうだよ。陽平とお揃いでねー」

 猫子が無邪気な笑みを浮かべて、俺の肩にもたれかかって来る。

 俺はそれをため息混じりに受け入れた。

 ちなみに灯は露骨に舌打ちしていた。

 「つーかな、猫子。キョーコさんに頼らなくても、お前がもう一度後輩たちに注意してやりゃーよかったんじゃねーの?」

 「やだなぁ、陽平。陽平が言ったんじゃないか、あまり君の後輩を脅さないようにってさ。私はそれを忠実に守っているだけだよ?」

 「・・・・・・お前は相変わらず、変なところで真面目だよなぁ、猫子」

 ふと、昔を思い出す。

 俺がまだどうしようも無い、ガキで、荒れてて、この世界を変えてやろうとしていたあの時も、猫子はこんな風に俺の隣に居続けてくれた。

 それがどれだけ俺にとって嬉しかったか、今更ながら口にしようと思い、言い留まる。

 「ん? どーしたのさ、陽平」

 「いいや、ちょっと後輩たちの寸劇に見入っていたんだよ」

 千穂ちゃんと明美が、力を合わせて何かに立ち向かっていく姿を眺めながら、俺はごまかした。

 礼を言うのは今度にしよう。

 まだ中途半端な俺じゃ、こんな台詞を猫子に言ってやる資格は無いから。



 「あー、というわけで、お前ら、少しは落ち着いたか?」

 後輩三人はのそのそと手を上げて答える。

 「一応な、俺には剣の奴をどうにかできるツテがあるから、お前らは心配するな。それに、俺の家の周りに灯が結界を張ってくれたから、ある一定以上離れなきゃ、そいつが剣を見つけることはできねーよ」

 「・・・・・・わー、さすが陽平先輩なのです・・・・・・」

 「・・・・・・別にそれくらい、陽平先輩なら出来て当然だろ? 調子に乗るなよ、陽平先輩・・・・・・」

 「・・・・・・なんで、明美が偉そうにしてるんだが。先輩、超感謝っすよー・・・・・・」

 机に突っ伏している後輩三人は、明らかに疲れ果てたような口調だった。

 キョーコさん、よっぽど気合入れてたんだなぁ。

 霊感はないけど、後で、キョーコさんルームにお供え物でも置いておくか。

 「んじゃまぁ、これで剣の問題は終わりにしておいて、次が本題だな」

 剣のことについては、会議というよりも、報告みたいなものであり、これから話すことこそ、俺がこいつらを集めた本当の理由。

 話し合わなければいけない重大事項なんだ。

 「お前らに話したとおり、今、この世界はライターアースという異能力者によって危機に晒されている。そのライターアースっていうのは、史上最強にして最悪の能力を持っていて、正直、俺じゃ何をどうしようが勝てる可能性が見つからない。いや、文字通り『世界』全てを相手にしたって、破壊せしめてみせるだろうお。むしろ、それが出来るからこそ灯っていう悪魔が俺の所に着たんだ。そして、現に前回の世界はライターアースによって破壊されている」

 卓を囲む仲間の姿を見渡し、挫けそうになる心を叩き直しながら俺は言葉を続ける。

 「そのライターアースはどうやら、もうその力の使い方を熟知しているらしく。悪魔である灯の能力さえ制限できるほどだ・・・・・・なのに、ライターアースはまだ目立った行動をとっていない。まぁ、水面下で着々と世界を壊すための準備を始めていると言われちゃそれまでだがよ。それでも、スプーン一杯程度には希望が欲しいからな、こういう仮説を俺は提唱してみる」

 すぅ、と息を吸い、肺の中に空気を居れ、声がぶれないように強く言葉にした。


 「ライターアースの目的は世界を壊すことじゃなくて、もっと別の何かだ」


 「・・・・・・陽平さん、それにはちょっと反論させてもらいますよー」

 予想していた通り、灯は先ほどまでののほほんとした雰囲気は消し、悪魔としての冷徹さをもって俺に異論を唱える。

 「いいですか、陽平さん? 確かに、現状をそう言う風に考えることも可能かもしれません。もしかしたら、ライターアースの目的は本当に世界を壊すことではないのかもしれません。けど、それが一体、どうしたというのですか?」

 冷たく、俺を射抜くような視線。

 普段の灯からは考えられないほどの迫力、威圧感に、この場に居るほとんどの人間は緊張を強いられていた。

 「陽平さん、忘れてもらっては困りますけどね、ライターアースは前回、世界を滅ぼしてしまったのですよ。物理的に、この惑星を粉々に破砕して。つまり、『世界を壊せるほどの心の闇を持った人間』なんですよ? 正直、それだけの心の闇を背負った人間の目的なんて、常人に理解できるとは思えません。話し合いで解決できるとは思えません」

 灯とこういう会話をするのは一体、何度目になるだろうか?

 俺はため息混じりに、俺の信念を貫くために言葉を紡ぐ――――

 「ちょっと待って欲しいのです」

 その直前、別の言葉によって封殺された。

 「灯先輩、あ、あのですねー、ちょっとだけそれに反論です」

 言葉を発したのは、さっきまで机に突っ伏していたはずの千穂ちゃん。

 って、千穂ちゃん!? あ、いや、これはもちろん会議だから、意見はどんどん言ってもらっていいんだが、まさかこの状態の灯に千穂ちゃんが反論するとは思わなかった。

 そんな俺の驚愕はよそに、千穂ちゃんは言葉を続ける。

 「灯先輩はその、ライターアースって人のことをどれだけ知っているんですか? 能力とか、世界を破壊したとかじゃなくて、性格とかどんな暮らしをしていた、とか」

 「千穂さん、あいにく異能力者に関しての記憶は制限されています。ですので、その質問には『知らない』と回答しましょう」

 淡々と機械的に答える灯に対し、千穂ちゃんは瞳に強い意思の光を灯して言った。

 「なら、灯先輩に教えてあげます。私たち人間は、ライターアースとかいう異能力者じゃなくても、世界を壊せるぐらいの心の闇を背負って無くても、人生で一度くらいは本当に『世界を壊したくなる時』っていうのがあるのです」

 強い千穂ちゃんの言葉に、俺は拳を強く握る。

 「努力が報われなかった時、理不尽な目にあった時、大切な人を失った時、人は思わず世界を壊したくなってしまうのですよ」

 「・・・・・・なぜですか? 出来もしないし、仮に出来たとしても自分によって何の利益もないでしょう?」

 眉をひそめる灯に、千穂ちゃんは答えた。

 「理由なんてないのですよ。世界を壊したい、世界なんて終わってしまって欲しい、とつい思ってしまうののに、きっと理由なんて無いのです」

 灯はしばらく動作が止まったロボットのように硬直していたが、やがて、何か納得したように頷く。

 「ふむ、なるほど、それは一理ありますね・・・・・・では、悪魔である私から、人間である皆さんに質問があります」

 そして、静かに席を立って、灯は俺たちを見渡して尋ねてくる。

 「皆さんが世界を壊したいと思うときはどんなときですか?」

 「・・・・・・灯、それはこの議題に対して必要な問いなのか?」

 俺は胸の奥に、苦い痛みを感じつつ、灯に問い返した。

 「ええ、とても、とても必要なことですよ、陽平さん。この質問はきっと、悪魔である私にも、そして――――人間である貴方たちにとっても重要な質問です」

 灯はそう、断言する。

 俺は、灯がなぜ、そう言ったのかはわからない。

 しかし、俺は知っているのだ。

 灯は、この悪魔は正しいことしか言わないのだと。それがどんなに残酷に聞こえても、この悪魔の言葉は本当に正しい。

 だから俺は、この苦味に耐えて答える。

 「何もかもがどうでもよくなったときだ、灯。少なくとも俺は過去に一回、何もかもがどうでもよくなって世界を壊しそうになったときがある」

 俺の言葉に、猫子を除く全員が困惑する。

 特に、後輩たちは目に見えて困惑していた。

 「色々聞きたいことはあると思うが、これに関しては本当に何も言いたくないんだ。悪いが、俺の話についてはまた今度にしてくれ」

 俺は誰かが何かを言う前に、拒絶の言葉を吐く。

 その言葉を、後輩たちは、灯は、黙ってあっさりと受け入れた。

 灯と後輩たちは特に追及することも無く、次に剣が挙手して質問に答える。

 「んじゃ、次は俺っすね。俺は周りの人間と自分が違うってことに気付いたときっすかねぇ。正直、割とショックだったんっすよ、周りの人間以上に何かをこなせるって。それはつまり、周りに人間とは『違う』ってことっすからね」

 件に続くように、千穂ちゃんと明美も挙手して答えていった。

 「私はそうですね、一時期、絵が思うように描けなくなったときなのです。あの時は本当に、何もかも見るもの全てが『描けない』という事実を突きつけられるような、そんな気分になりましたから」

 「・・・・・・私は、昔、友達を傷つけたときだよ。そのときは本当に、なにもかもが憎くて仕方なかったんだ」

 俺も含めて、四人の人間が悪魔に向かって告白をした。

 世界を壊したいと思ってしまうほどの、過去の出来事を。

 そして、灯は俺たちの言葉を聞き終わると、何度も頷いて呟く。

 「なるほど、ああ、やっと理解できました。人間というのは『逃げたい』と思う感情を、何か世界のような大きなものの所為にしてぶつけたいのですね。それが、世界を壊したいと思ってしまう原因」

 ああ、まったく、この悪魔はなんて堂々と見透かしやがるんだか。

 図星を突かれすぎているので、俺たちは何も言えずに灯の言葉を聞き続けるしかない。

 「なら、貴方たち人間は自覚すべきなんです。『逃げたい』と思う気持ちがどれだけ恐ろしいのかを。その逃避願望が、どれだけ大切なものでもないがしろにしてしまうことを・・・・・・もしかしたら、貴方たちがライターアースのように世界を壊してしまうことになってしまうのですから」

 やっと、俺はこの悪魔が何を言いたいのかを理解した。

 この悪魔は俺たちに『逃げるな』と言いたいのだ。

 ライターアースと呼ばれる、世界破壊者と関わるのならば、それほどの心の闇を持つ者に近づく気なら、自分自身から逃げているようじゃ話にならないと。偉そうに説教をしてやがっているのだ。

 「上等だ」

 「上等なのです」

 「上等だよ」

 俺と千穂ちゃんと明美の声が重なる。

 『誰が逃げるか』

 俺たちの答えに、灯はどこか微笑ましそうに笑った。

 「・・・・・・俺は」

 だが、剣は何も言えずに黙っている。

 ダークカーテンに感染している剣にはきっと、灯の言葉はあまりにも芯を突いていたのだろう。

 しょうがねぇなぁ、俺の後輩は。

 俺は何かを躊躇うように言い澱む剣の背中を押そうと思い・・・・・・やめた。これはきっと、俺が手を貸してはいけないことだ。手を貸すのならせめて、剣が一人で自分の闇と向かい合ったときにしよう。

 「にゃはっ、にゃはははははははっ! 言うねぇ、みんな! なかなか熱血な展開で喜ばしい限りさ」

 そんな時、一人だけ灯の質問に答えなかった猫子はけらけらと笑う。

 おかしくて仕方ないように、けたけたと笑う。

 「何がおかしくて貴方が笑っているのかはわからないのですが、貴方には無いのですか? 世界を壊したいと思った時が」

 一転、冷たい瞳で尋ねる灯に、猫子は嘲るように答えた。

 「あるよ、数え切れないほどにね」

 猫子の瞳は暗く澱んでいる。

 底が、見えないほどに。

 「でも、強いて言えばそうだね――――」

 猫子はゆっくりと俺の方を向き、おかしいように、悲しいように笑いながら言う。


 「――――恋に破れたときかな?」


 その言葉で、俺はやっと自分がどれだけ最低だったのかを理解した。




2010/3/9 誤字訂正しました

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