こんにちわ、悪魔です
さて、そろそろ幕を上げましょうか。
「こんにちわ、悪魔です」
目の前の少女がそう言った瞬間、俺はためらう事無くドアを閉めた。
……おかしいな?
いつも通り、俺は普通に学校へ行こうと思ってドアを開けた。なのに、どうして悪魔(自称)が出てくるんだよ?
「春、だからかなぁ?」
春になるといろんなモノが出てくるからなぁ。悪魔を名乗る少女が出てきてもおかしくはないかもしれない。
いや、落ちつけよ俺。十分おかしいぞ、この状況は。
「あのー、悪魔さん? 俺のところは新聞と悪魔とは契約を取らないって決めてますんで、悪いんですけどさっさと帰ってください」
俺はきっぱりと言うと、厳重に鍵をかけた。
こういう輩は一度しっかりと拒絶してら、相手にせずに無視し続けるに限る――――
「いえいえ、安心してください。今日は契約を取りに来たんじゃないんですよー、木島 陽平さん?」
は?
俺は唖然と口を開けた。
ちょっと待てよ。なんで、俺が振り返った先にこいつが居るんだよ?
さっきまでドアの外に居ただろ、おい。
「瞬間移動しましたからー」
少女はにっこりとほほ笑んで答えた。
いや、瞬間移動って……つーか、今、心読まれたし!
「いやだなぁ、心なんて読めませんよ」
「読んでるじゃねーか!」
無視を決め込もうとしていたのに、思わず俺はツッコミを入れてしまった。
それほどまでにこの状況に俺は呑まれていた。
正確には、目の前に居る、自称悪魔とやらに。
改めてよく観察してみると、少女の格好は不自然におかしかった。
少女自体は、小柄で小動物系のかわいい顔立ちをしているだが、来ている服装が恐ろしくアンバランスなのだ。
禍々しくプリントされた髑髏マークのニット帽に、じゃらじゃらと音が鳴るほどのシルバーアクセサリーを身に付けている。しかも、上から下まで黒を基調としたシャツとデニムで、まさに黒ずくめという感じだ。
きれいにズレている。
それが俺が少女の風貌に対して感じた第一印象だった。
「陽平さん、色々と聞きたいことはあると思いますけど。まずは腰を落ち着かせてからにしませんか?」
「……俺、学校があるんだけど?」
「たまにはサボるのもいいもんじゃないですかー」
こうして俺は、笑顔でサボりを強制されることになった。
「あ、私はコーヒー飲めないので、お茶をお願いします」
とりあえず客間へ通したけれど、図々しいことに少女はお茶を要求してくる。
別に要求を無視をしてもよかったのだけれど、変に騒がれるよりはおとなしくお茶を淹れた方がいいと判断。ついでにせんべいも付けてやることにした。
「おー、気が効いていますねー。さすが陽平さん」
「初対面のくせに名前で呼ぶなよ」
それ以前に、どうやって俺の名前を知ったんだか。
いや、今のご時世だ。俺の個人情報なんてあっさり公開されているのかもしれない。
「初対面、ですかー」
ふふっ、と意味ありげに含み笑うと、少女はばりぼりとせんべいを食べ始める。
俺は少女がせんべいを食べ終わるのを待ち、質問をした。
「で、わざわざ茶と菓子まで出してやったんだ。それ相応の説明はしてくれるんだろうな?」
「ずずーっ。いいですよー、なんでも聞いちゃってください」
のんきに茶を啜りながら少女は答える。
「まず第一に……あんた、何者だ? 悪魔とか名乗っていたが、まさか本物じゃないよな?」
「何を本物と定義するかはわからないけど、少なくとも、私たちは自分を悪魔と呼称しているよ」
「月並みだが、それを証明することはできるか?」
「証明、ですかー」
くすくす、と少女はおかしそうに口元を押さえた。
「悪魔に『悪魔の証明』をさせるだなんて、皮肉が効いていますねー。もっとも、この場合、悪魔が目の前にいるんですけどねー」
「御託はいいから、さっさと証明しろよ」
「ふむー、では聞き返しますけど、どうやって? どんなことをすれば私が悪魔だと認めてくれるんですかー? 瞬間移動はさっき見せましたし……目の前に大金でも出せばいいんでしょうか? それとも、魔法でも使って大量虐殺でもしてみますか?」
「む」
言われて気付いた。
そういえば、俺はどんなことをされたら目の前の少女を悪魔だと認めるのだろうか?
羽が生えていたら悪魔か?
魔法で人を殺せば悪魔か?
人を超えていれば悪魔か?
結局のところ、そんな不確かな存在の証明なんてできないのかもしれない。
そもそも、何ができれば『悪魔』だとはっきり断言できるのかがわからないのだ。
だからまぁ、なんだ、俺は俺ができないことをやってもらうことを証明とすることにした。
「じゃあ、せんべいを音を立てずに食べてくれ」
「ほえ?」
「それが出来たら、俺はあんたを悪魔だと認めるし、尊敬だってしてやるよ」
少女は俺を奇異のまなざしで見つめ、やがてにっこりと微笑む。
「相変わらず、変な人ですねー、陽平さんは」
「うるせぇ。つーか、相変わらずってなんだよ」
微笑んだまま少女はせんべいを手に取った。
「では、よーく耳を澄ませておいてくださいよ」
少女は大きく口を開けると、そのまませんべいに齧りつく――――
「あんぐっ」
わけではなくて、そのまま丸ごと口に頬り込み、飲み込んだ。
飲み込んだ? たとえ口の中に入るサイズだったとしても、のどに詰まるだろ、普通。
だというのに、少女ののどはまったくを持って異常がないようで、涼やかな声を俺にかけてくる。
「どうです、これで証明できましたか?」
「ああ、認めるし、尊敬するよ」
俺は軽く両腕を上げて、降参の意思を示した。
「ふふっ、それでは、他に何か聞きたいことはありますか? 今のうちに色々と聞いておいた方が今後のためですよー」
今後ってなんだよ?
そう聞こうとしたが、このまま悪魔のペースにはまるのが気に食わないので、思い切った質問してみることにした。
「じゃあ、悪魔さん。逆に、あんたは俺に何を聞いてほしいんだ? というか、あんた、何か俺に説明したいこととかあるだろ。質問はそれを聞いてからにする」
「おー、それはこちらとしても助かりますねー」
すぅ、と笑みを消し、悪魔は真剣なまなざしで俺と向かい合った。
「簡単に言ってしまえば、陽平さん、貴方に世界を救ってもらおうと思っています」
俺は無言で目を逸らし、自分でも驚くほどの機敏さでこの場から逃げ出した。