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ライターアースと笑おう  作者: 六助
ダークカーテン
18/33

滑稽な推論

  緊迫する空気の中、剣はあっけからんと言葉を続ける。

 「実は能力の使い方、というか心構えを教えてくれたのがそのライターアースって人なんっすよ。自分の闇を否定するな、受け入れろ、ってね。いやぁ、さすがにそのアドバイスがなけりゃ、俺も今頃、明美みたいに暴走してましたぜ」

 ・・・・・・灯が能力を行使してまで情報操作したはずなのに、明美のことを知っていた。

 それはつまり、剣が灯の能力が及ばないライターアースの勢力下である何よりの証拠。

 そしてなにより、薄ら笑いを浮かべながら話す剣の瞳に、曇りは無い。

 「そんでもってですね、一応、アドバイスをしてくれたお礼として、ライターアースの頼みを少し引き受けてたんっすよ。ま、その内容は、この町に住む十代の人間の素行調査って感じっすね。それっくらいなら楽勝だぜぃ、と高をくくって行動してたんっすけど、いつの間にか怖い黒服のお姉さんに追われて、現在に至るってわけです」

 剣は皮肉げな笑みを浮かべて肩を竦めた。

 怖い黒服のお姉さんに追われていた、か。恐らく、それは人間を異能力者に変えるウイルスを開発した研究機関の人間だろう。猫子の情報でも、異能力者のサンプルが欲しくてそれらしい人間がこの町をうろうろしているって聞いていたしな。

 つーか、それよりも俺は、この後輩があそこまで追い詰められていたってことが信じられないんだが。

 破竜院剣という後輩は、その溢れる才気は、たとえ熟練の喧嘩屋、殺し屋と対峙したとしても、遅れをとらないだろう。

 『人間』だったとしたら、だけどな。

 「で、剣。いや、ダークカーテン。これからどうする?」

 「どうする、とは?」

 俺の問いに、剣は学校中の女子が思わず胸を押さえるような眩しい笑みで疑問を返してきた。

 白々しい、と思いつつも、俺はため息混じりに説明する。

 「つまりだな、俺とお前は現在、敵対状況にあるわけだ。そして、ここは俺の家、文字通りホームグラウンド。さて、お前はこれからどういう行動をするんだ? ってことだよ。ほら、それによって俺も対応しなきゃいけねーし」

 「・・・・・・へぇ」

 剣の目が細められ、挑発的な視線を俺に向けてきた。

 「なるほど、敵である俺をこのまま無事に帰すわけには行かない、ってことっすか?」

 「いや、その逆だ。お前を無事に帰すために、これから俺がどう対応すればいいのかって事だよ」

 「へ?」

 まったく、なにまぬけ面してやがる。イケメン台無しだぞ、こら。

 「だからよぉ、お前、今さ、かなり複雑な立場にいるんだぜ? ライターアースの勢力下にいるのに、それと敵対している俺のホームグラウンドに来ている。しかも、別勢力から追われているんだ。俺としてはこのままお前をある程度匿ってやりたいんだが、そうすると今度はライターアースの方に問題が生じるだろ? それで裏切り者扱いされたらお前が困るじゃねーか」

 剣がまぬけ面から、なにやら複雑そうな顔に変わる。

 「あ、あの・・・・・・勢力下にあるっていっても、そこまで密接な関係ってわけじゃなくてっすね、他に何にも頼る物がないから、仕方なく指示に従っているってだけですぜ。ライターアースとのやり取りだってメールだけですし、裏切る以前っすよ? 大体、世界を壊そうとしているって話も初めて聞きましたし。ライターアースの目的がそれだったら、正直、俺は手伝いたくないっす」

 「つまり、このまま俺に助けを求めても立場的に大丈夫ってことか?」

 「というか、俺は初めから先輩と敵対するつもりは無いっすよ」

 うし、なら安心だな。

 ライターアースの勢力下にあるって聞いたときは驚いたが、思っていたよりも薄い関係でよかったぜ。これなら俺が剣を守っても、剣に不都合が生じることは無い。

 「つーことだから、いい加減、お前はその威圧をやめろ、灯」

 「はい、了解しましたよー、陽平さん」

 にぱっ、と無邪気に微笑んで灯は返事をした。

 この変わり身の早さには相変わらず恐れ入るぜ。

 なにせ、剣がライターアースの勢力下にあるってわかったときからずっと、剣を射殺さんばかりに睨んでたからなぁ。

 並みの人間じゃ精神が抹殺されるレベルの視線だったが、そこは万能な後輩、並々ならぬ胆力で耐えていた。

 まぁ、それでも若干、手が震えてたけどな。

 つまり、それくらいさっきまでの灯は怖かった。超、怖かった。今更ながら、灯が悪魔だということを思い知らされた。

 「じゃ、とりあえず、剣が追われている組織から匿うために、一時的に俺の家に寝泊りさせようと思うんだが、同居人として許可を求めるぜ、灯」

 「オッケーですよ。というかですねー、私はただの居候なのですから、家主である陽平さんが決めたなら反対しませんよ。ちょうど部屋も余っていますしねー」

 俺が借りている家は、四人家族が悠々と暮らせるぐらいの部屋がある。

 使っていない部屋を一つ掃除すれば、剣をしばらく泊めるぐらいは可能だろう。

 「キョーコさんはなんて言っている?」

 「大丈夫です。さっき頷いているところを見ましたー」

 ふぅ、もう一人の同居人からも許可を貰えたか。

 キョーコさんは俺がこの家を借りる前から居たらしいからな、一応、許可は取っておかないといけない。

 「・・・・・・すいません、ちょっと質問なんっすけど、先輩」

 「ん、どうした?」

 剣はなぜか少し顔色悪くして、おずおずと手を上げた。

 「その、キョーコさんって誰っすか? 俺、灯先輩が転校してくる前は、先輩、一人暮らししているって聞いてたんっすけど?」

 「生きている奴とはな」

 俺の言葉に、剣の笑みが引きつる。

 「先輩、それは灯先輩が用意してくれたお茶の数が一つ多いのと関係しているんっすか?」

 「まぁな。俺には見えないけど、ここら辺にキョーコさんっていう幽霊がいるらしいぞ。なぁ、灯」

 「はい、ただ今、剣さんの後ろでなんか呪いの言葉呟いていますねー」

 「さっきから妙に肩が重かったのはその所為せいっすか!?」

 のんびりと茶を啜る灯とは対照的に、剣がひぃ、と悲鳴を上げて自分の肩を抱いた。

 「というか、なんで幽霊がいるんっすか!? え? ちょっと待って。そもそも、幽霊って実在するんっすか!?」

 「悪魔に超能力者がいるんだ、幽霊がいてもおかしくないだろ。まぁ、俺は霊感無いからまったく見えないし、影響受けないらしいが」

 「ジャンルが違うっすよ、ジャンルが!」

 んなこと言っても居るものは居るしなぁ。

 「大体、高校生がこんな家をまともに借りれるはずが無いだろ。前の住人が四人続けて変死でもしなきゃな」

 「したんっすね! 変死しちゃったんすね!?」

 がくがくと、額に冷や汗を掻きながら剣は俺の方を揺さぶる。

 ふぅ、幽霊の一人や二人ぐらいでがたがた言うなんて、まだまだだな、後輩も。

 「俺は自分が影響受けなきゃ、それ良いんだよ」

 「ひぃ、なんて自己中心的な! んじゃ、俺はどうなるんっすか!?」

 「お前はほら、なんとかなるんじゃね?」

 俺の後輩は素晴らしく出来がいい、万能な奴なので、きっと、幽霊なんかには負けないと信じているぜ。

 「ちなみにキョーコさんは今までにお祓いに来た霊能力者を七人ほど返り討ちにして、呪ってやったって自慢してましたー」

 「めっちゃ、強力な悪霊だぁああああああっ!!」

 灯の奴が余計な事を言った所為で、剣は頭を抱えて叫んだ。

 勘弁してください、マジ、勘弁してください、と剣が俺に縋り付いてくるが、ここは厳しく突き放す。

 「いいか、剣。お前は最悪、命を狙われるかもしれない立場にあるんだ。幽霊ぐらい我慢しろ、怖いのがなんだ! 命を失うよりはマシだろっ!?」

 「いやいやいや、そのキョーコさんって幽霊が既に命の危機なんっすよ!」

 「信じろ、自分を! 信じろ、キョーコさんを! 人間と幽霊だって、信じあえればきっと二人の距離は縮んでいくさ」

 「それはつまり彼岸までの距離が縮まるってことじゃないっすか!」

 うるさい後輩め。

 俺はこれからお前の分の生活用品を買い揃えなければいけないから、すげぇ忙しいんだぞ。それなのにいつまでも幽霊が怖いだとなんだと・・・・・・はぁ、もういい、めんどうだ。

 「灯、ショック療法だ。今からこいつを開かずの間、またの名をキョーコさんルームに閉じ込めて、キョーコさんと二人っきりで話し合ってもらう。うまくいけばきっと、剣だってキョーコさんと仲良くなれるからな」

 「ああ、なるほど。それはグッドアイディアですねー。あそこなら霊気が半端無いほど集まってますから、剣さんほどの素質があれば、キョーコさんと会話できますしね」

 「ちょ、待ってください! うまくいかなかった場合のリスク尋常じゃないですよね、それ!?」

 「男は度胸~♪」

 俺は剣の首根っこを掴み、開かずの間へと引きずっていく。

 ちなみに開かずの間は、もろ鬼門の方角にある和室である。

 大家曰く、その部屋に入った者の死亡率は六割を超えるのだとか。

 「ひぃ、た、助けてください、先輩!」

 「前に言ってただろ? 女の人と二人で密室に閉じ込められてみたいって。今がそのときだ」

 「女の人って、幽霊じゃないっすかぁああああっ!!」

 「でも和服美人らしいぞ?」

 「え? それはちょっとうれし――――」

 バタン、俺は開かずの間の襖を開き、そのまま剣を放り投げた。

 不思議なことに、襖は自動ドアのように自然に閉まっていく。

 「さぁて、買い物買い物っと」

 遮られていく後輩の悲鳴を背に、俺は今日の朝刊に入っていたチラシの広告を思い浮かべた。

 あ、やりぃ、今日はトイレットペーパーの特売だ。

 

 

 トイレットペーパーと生活用品などをもろもろと準備した俺は、早速、剣の部屋を作るべく、空き部屋を片付けていた。

 元々、この家のほとんどは古き良き日本式の建築方法で建てられており、全て和室だったらしいのだが、さすがに何十年も経つと色々とボロが出てくるらしく、いくつかは現代風に普通の部屋とリフォームされている。

 今、片付けている部屋もそのうちの一つだ。

 「しっかし、我ながら荷物が少なくて手間が掛からないというか、なんというか」

 この空き部屋は、ここに引っ越してくるときに持ってきた荷物を置いておく倉庫として使っていたのだが、うん、我ながらほとんど何もない。

 中学の時、部活で使っていたスケッチブックや、アルバム、後は・・・・・・・・・・・・ちょっと荒れていたときに集めてしまった思い出深い凶器たちが数点。

 「とりあえず、この凶器は隠さないとだめだよなぁ」

 本来なら銃刀法に違反するから処分しなければいけないのだが、これはあの時の俺を思い出させて、戒めてくれる大切な品だ。たとえ、法律に違反したとしても、これは処分してはいけないだろう。

 ということで、『拳銃』と『アーミーナイフ』は俺の部屋で厳重管理行き、と。

 「お? 随分、懐かしいものが出てきやがった」

 凶器が入っていた箱から、少し色あせた写真が数枚出てきた。

 そこに映っているのは、中学生時代、自暴自棄でどうしようもなかった俺と、一緒にコンビを組んでいた猫子。

 「本当に、懐かしいぜ」

 寂寥感が胸を締め付け、過去の出来事が苦く口の中に広がる。

 あの頃の俺は本当にバカだった。

 『師匠』と出会って、更正してもらえなかったら、今頃どうなっていたか、考えるだけでも恐ろしく、それ以上に恥ずかしい。

 中学生時代は、誰だってバカなことをやるだろう。

 けれど、俺のやっていたことは、恐らく、その中でも群を抜いてバカだった。

 夢を見ていたといってもいい。

 猫子と二人で、『世界を変える』ことを夢見ていたのだ。

 だから俺は、世界を本気で壊そうとしているライターアースのことを笑えない。

 俺たちもある意味、世界を壊すようなことをしていたのだから。

 「ん?」

 と、ここでふと、何かが引っかかった。

 あれ? 確か、ライターアースって前回の記憶を引き継いでいるんだよな?

 なら当然、自分の能力の使い方も熟知しているはず。

 なのになぜ、世界を壊さない?

 灯みたいに、何らかの理由で能力の一部を制限されているのか?

 それとも、ライターアースほど異能をもってしても、世界を壊すにはある特定条件下ではいけないのか?

 「・・・・・・いや、それよりも」

 

 ひょっとして、ライターアースの目的は、世界を壊すことではない?

 

 灯の説明を聞く限り、ライターアースが世界を壊したことは紛れも無い事実だ。

 だが、事実であると同時に、結果にしか過ぎない。

 もしも、ライターアースには何か別の目的があって、それが失敗したから、結果として世界を壊したというのなら?

 「だとしたら、希望が見えてきたじゃねーか」

 世界を壊すことが目的でないのなら、あるいは説得できる可能性出てくるかもしれない。

 詳しくは後で灯と話すとして、今はとりあえずつかの間の希望に浸っておこう。

 なぜか自然と手に力が入り、思い切り手を握り締めてみた。

 どうやら人間って言うのは思ったよりも単純で、どんなに滑稽な推論だったとしても、ほんの僅かに光が見えたら、気力って奴は湧き上がるらしいぜ。

 「っしゃあ! それじゃあ、まずは、この部屋をさっさと片付けますか」

 でもってその後は、顔面蒼白で廊下に倒れている後輩を片付けないとな。


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