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ライターアースと笑おう  作者: 六助
ベイビーボマー
13/33

傷を恐れず進む者

 誰だって傷つくのは怖いものです。

 それはきっと、この物語の主人公も一緒なんでしょうね。


 

 私と陽平先輩の出会いは最悪だった。

 もっとも、最悪だったのは主に私だったけれど。

 ちーちゃんと親友になってからしばらく経ったある日、私は陽平先輩を紹介された。

 陽平先輩を見ているちーちゃんの瞳は、それはもう輝きまくっていて、一目でこの人に惚れているんだなぁと分かった。

 だから、妬ましかった。

 せっかく出来た自分の居場所が失くなるのが怖かった。

 だから私は、いつも他人と接するよりもきつく、それはもうかなりきつく陽平先輩に接した。

 何度も自慢の毒舌で心を折ってやたりもしたのだが、それでも陽平先輩はまったくめげることなく、むしろ私に対する敵対心を燃え上がらせていったのだ。

 それから陽平先輩とは、出あう度に喧嘩をして、心底嫌いあって、それなり和解して、なぜか友達と呼べる関係になった。

 あっちはどう思っているかは分からないけど、少なくとも私はそう思っている。

 でも、所詮はただの友達だ。

 お互いに暇つぶし程度に付き合っているに過ぎない関係なのだ。

 助け合うだなんて論外、むしろ傷口を広げあうような関係。

 そのはずだったのに・・・・・・

 「なんであんたが、私の目の前に居るんだよ、陽平先輩」

 私が撒き散らした破壊の痕に、なぜか陽平先輩が居た。

 こんな異常な状況の中だっていうのに、陽平先輩はいつも通りの憎たらしい笑みを浮かべている。

 「なんで、と言われりゃそうだな。調子づいた後輩をシメに来たって言ったら、信じるか?」

いつもの軽口も健在だ。

正直、こんなわけ分からない状況の中で、見知った顔が居るというのは多少なりとも安心できるし、嬉しい。

けれど、もはやそんな感情は焼け石に水程度だ。

「早く私の目の前から居なくなれ、陽平先輩。今の私は・・・・・・おかしいんだ!」

 憎悪。

 自分の体さえも焼き尽くしてしまいそうな、溶岩のような感情が胸の中で暴れている。

 憎悪の対象であった、あの女子どもを爆殺しても、と言っても、寸前の所で殺しはしなかったのだが・・・・・・とにかく、落ち着かない。

 しかるべき復讐を果したというのに、私の中の憎悪を消えることなく、むしろその勢いを増して燃え続けている。

 何かを破壊したい。

 この感情の赴くまま、全てを破壊して、破壊して、破壊しつくしてしまいたい。

 「アァ――」

 熱い吐息が喉から漏れた。

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、よく分からなくなる。

 「抑えられないほどの破壊衝動。それがお前の闇だったんだな、明美。ああ、わかるぜ、明美。何の偶然か分からないが、お前のそれと俺の物はよく似ているらしい。はっ、安心したぜ、それならある程度救いようもあるってもんだ」

 目の前に居るのは誰だっけ?

 わからない。

 わからないなら、壊してしまえばいい。

 胸の中で狂い踊る黒い炎のような欲望に身を任せろ。

 「いいぜ、てめぇの暴力ぐらい、受け止めてやるよ」

 目の前の存在が何を言っているかわからないまま――――私は力を使った。



 ただの高校生で居たかった。

 中途半端は嫌だったから、俺はせめて『ただの高校生』として過ごして居たかった。

 そのために相棒の誘いも断って、それなりに普通を装って生きていた。

 だが、どの道そろそろそれも限界みたいだ。

 今思えば、俺はただ逃げていただけだったのかもしれねぇ。

 中途半端な自分を認めず、ただの普通になりたくて、自分自身を偽って生きようとしていた。

 みっともなく、現実に背を向けて逃げていたんだよ。

 「ああぁっ!!」

 叫び声と共に明美の能力が発動する。

 明美が叫ぶのとほぼ同時に、俺の胸の前辺りに衝撃が発生した。

 それが爆発だと気付いたのは、爆音が耳に届き、爆風と爆炎にとって体が吹き飛ばされたときだった。

 視界がぐちゃぐちゃに歪み、いつの間にか俺は地面に倒れている。

 致命傷、もしくはそれに近いダメージを受けた。

 爆心の発生点に近かった胸の部分は、火傷を通り越して炭化しているし、あまりの衝撃に、肋骨も折れて、呼吸するたびに激痛が走る。

 だが、この程度ならまだ、俺は大丈夫だ。

 「ったく、きついなぁ、おい」

 苦痛に顔を歪めながら、俺は力無く立ち上がる。

 この痛みが俺に現実を思い出させてくれた。

 平和ボケしていた脳みそをクリアにしてくれる。

 「偽装モードを解除、性能を通常レベルに戻す」

 自ら声を発することによって、意識的に脳に性能のシフトを命じた。

 体中に力が戻ったのを実感すると、俺は傷ついた部分、胸の炭化、及び肋骨の骨折を修復させる。

 皮膚が蠢き、じゅるじゅると音を立てながら傷が修復されていく。

 炭化した皮膚が剥がれ、下から新しい皮膚が構成される。

 折れたはずの肋骨も、もう痛まない。

 暴走状態にある明美も、さすがにこれには驚いたのか、化け物を見るような眼で俺を見ていた。

 はっ、安心しろよ、明美。

 俺は『本物の化け物』って奴を知っているけど、そいつはこんなに生易しくなかったぜ?

 けどまぁ、あれだ、親切にタネ明かしをしてやるとしよう。

 「お前も知っている通り、俺は中途半端な奴だ」

 ボロボロに焼けた制服の前を破り裂き、すでに完治した胸をさらけ出す。

 

 「白状するとな、明美。俺は中途半端に『人間』じゃねぇんだよ」

 

 


 よくわからない。

 目の前の生物は人間のはずだ。

 そして私は、それに向かって能力を使って、致命傷を与えたはず、破壊したはずだ。

 なのになぜ、目の前の人間は立ち上がる?

 「おい、聞こえてんだろ? 人がせっかく、とっておきのネタを晒したってーのに、無言っていうのはどうかと思うぜ」

 目の前の人間は、この状況が理解できないのか、まだそんな軽口を叩いていた。

 いや、そもそも目の前にいる存在は人間なのか?

 そいつが言うには『中途半端に人間じゃない』らしいが、意味がわからない。

 ああ、またイライラしてきた。

 どうだっていい。

 人間だろうが、何だろうが、もう一度壊せばそれで終わりだ。

 「うわああっ!」

 胸に澱んでいる欲望を吐き出すように、私は叫ぶ。

 それの叫びに呼応するように、目の前の存在、ちょうどその横っ腹らへんに爆発を生じさせた。

 「ぐがっ!」

 目の前の存在とは二十メートルほど離れているが、今回生じさせた爆発の威力は高く、私の髪を焦がすほどの熱風を感じる。

 そして、その直撃を食らった存在は、無様に吹き飛ばされて、地面に当たり、それでも衝撃を殺しきれず、何回も水切りの石のように跳ねて地面に倒れた。

 確実に壊した。

 「ふはっ、ふははははははっ」

 破壊による爽快感が私の背筋を駆け、思わず大口を開けて笑う。

 「ったく、何がそんなに面白いんだよ、お前は」

 自分じゃない声が聞こえた。

 壊したはずの存在が倒れ付している場所を向くと、そいつは、ゆらりと力無く、しかしふらつくことも無く立ち上がっている。

 「はっ、思ったよりもやべぇな。最近、カロリーを貯めていねぇからな、回復がおせぇ。つーか、このままじゃ死ぬかもなぁ、くそ」

 ぶつぶつとそいつは呟きながら、私の方へと歩いてくる。

 足取りはゾンビのようにもたもたと、遅いものだったが、そいつの目は真っ直ぐ、それることなく私に向いていた。

 怖い。

 私の胸に、憎悪とは違うもう1つの感情が生まれた。

 それは恐怖。

 自分の能力を駆使しても破壊できず、なおも自分に向かってくる者が、私は怖くて仕方が無かった。

 「来るなぁっ!」

 私は乱暴に能力を振るう。

 何度も何度も、叩きつけるように能力を行使する。

 しかし、それでもそいつは歩みを止めることなく私に近づいてきた。

 どうして?

 恐怖のせいで、目測が雑になって爆発を直撃させることはできなかったけど、それでも爆風はそいつの体に衝撃を与え、爆熱はそいつの体を焼いている。

 こんなに傷つけているのに、なんで目の前の存在は私に近づいてくるんだっ!?

 「来るな、来るな、来るなっ!!」

 「はっ、そんなにビビんなくても俺はお前を傷つけねーよ」

 気付くと、そいつと私の距離は五メートルほどまで縮まっていた。

 この距離で私が能力を使えば、私もその余波で巻き込まれるだろう。

 けど、そんなこと知るかっ!

 「なんで近づいて来るんだよっ! 私はお前を傷つけているんだぞ! 傷つくことが怖くないのかっ? 私が怖くないのかっ!?」

 ここまで近ければ、目測は関係ない。

 最大の爆発で私ごと吹き飛ばす。

 そうすれば、この不可解な存在は壊れるだろう。

 私も壊れてしまうかもしれないが、『誰かをこのまま傷つける』くらいなら、自分が壊れた方がマシだ。

 あ、れ?

 おかしい。

 私はなんで目の前の存在を傷つけているんだ?

 そうだ、私は『誰も傷つけたくない』のに、何で傷つけているんだ?

 憎いから?

 ・・・・・・違う、私はそいつを憎んでいないはずだ。

 この胸に渦巻く衝動も、本来ならそいつに向けられるはずじゃなかったはずだ。

 なら、怖いからか?

 傷つくことを恐れずに私に近づいてくるものが怖いから、傷つけているのか?

 それだっておかしい。

 だって私は、誰かを傷つけるのが怖くて、誰も近づけなかったのに。

 ああ、よくわからない。

 矛盾した願望と欲望がごちゃごちゃになって、何もかもわからなくなりそうだ。

 「明美」

 目の前の存在に、自分の名前を呼ばれた気がした。

 ごちゃごちゃになった思考が、目の前の存在に集中する。

 「俺だって、怖いぞ。誰かに傷つけられるのも、誰かを傷つけるのも。けどよ、怖いからって、お前を放っておくわけにはいかないだろ」

 「・・・・・・なんで?」

 私の問いに、そいつはあっけからんと答えた。


 「だってお前が一番傷ついているじゃねーか」

 

 そいつは決して無事じゃなかった。

 回復し切れていない傷や、焼け爛れた皮膚が、ボロボロになった学生服の隙間から見えている。

 まともに会話しているけど、それもかろうじてだ。

 そいつの呼吸は全力疾走を終えた後のように荒く、乱れている。

 私を見る目だって、焦点がろくに合っていない。

 対して私は、多少服が汚れているだけで、怪我のひとつも無く、五体満足だ。

 なのに、そいつは私が一番傷ついているという。

 なんて的外れな言葉。

 まるで場違い。

 検討外れにもほどがある。

 けど、私の視界は歪んでいく。

 頬には、生暖かい液体の感触が。

 いつだっただろう?

 前にも似たような言葉をかけてくれた人がいた気がする。

 誰だったろう?

 凄く凄く、大切な人だった気がする。

 「何よりさ、そんな苦しそうに泣いている奴を放っておけるわけねーだろ――――そうだよな、千穂ちゃん」

 背中がやわらかい感触に包まれた。

 焦げ付いた匂いの他に、懐かしい、優しい甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 私は、誰かに抱きしめられていた。

 「あーちゃん、大丈夫だよ。私がついているから、あーちゃんは絶対に独りにならないから。寂しくなんか、させないから」

 その声で、言葉で、やっと私は思い出す。

 誰よりも大切で、何よりも大好きな私の親友の名前を。

 「ちーちゃん」

 私が名前を呼ぶと、抱きしめられる感触が強くなった。

 胸の中に在った熱くてドロドロとした物は、もう消えている。

 私の胸の中は、背中から伝わるちーちゃんの体温と同じくらいの、温かい気持ちで満たされていた。

 

 

 「友達になろうよ」

 まるでなんでもないように、ちーちゃんはそう言った。

 当時の、中学生の時の私は、それはもう闇歴史もいいところな感じで他人との関わりを絶っていたし、今の十倍ぐらい暗いオーラを出していた。

 そんな私に、よりにもよって初対面での一言がそれだったのだ。

 私はその時は、こいつはどれだけ空気を読まないんだ? とか、また善人面した偽善者が寄ってきたか・・・・・・とか、その程度にしか考えていなかった。

 今思えば、なんて甘い思考だったろう。

 ちーちゃんは確かに優しくて、人当たりがいい人間だったけれど、それ以上に、とても強欲な人間だったのだ。

 彼女は、今まで近寄っていた偽善者とは違い、ただ純粋に、自分の欲望のために私と友達になりたかったらしい。

 一応言っておくが、彼女は女の子を好きになる趣味は無い。

 友達になってから聞いた話なのだが、ちーちゃんは私を一目見た瞬間に、「あ、なんとなく友達にしたいなー」と、実に身勝手な思いを抱き、それを実行したとのことだ。

 同情や憐憫の心も多少は無いことも無かったと言っているが、彼女が私に近づいてくるときの目は確実にハンターのそれだったことを覚えている。

 結局、何が言いたいのかというと、私は『嬉しかった』ということだ。

 同情なんかじゃなくて、ただ単純に私と友達になりたいって思ってくれる人が居て、私はとても嬉しかった。

 何度も何度も、毒舌を吐いて遠ざけても、何度も何度も私に近づいてきて、「友達になろう」といってくれる彼女が、とても好きだった。

 だから、私はちーちゃんと友達になれてよかった。

 ちーちゃんの親友になれて救われた。

 そして今も、ちーちゃんに救われている。

 

 「ありがとう、ちーちゃん」

 

 背中から抱きしめてくれる親友に、心の底から感謝の気持ちが湧き上がって、溢れてしまいそうだ。

 だからね、ちーちゃん。

 君は遠慮するかもしれないけど、たっぷりお礼をさせてもらうね。

 多分、嫌だっていっても、迷惑だったとしても、無理やり押し付けるから、そのつもりで。


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