友達を助けるということ
「やはー、陽平。君の興味を引きそうな情報が入ったんだけど、聞きたい? って、あれ? どうしたのさ、そんなに息を荒くして、発情中?』
「はぁっはぁっ、るせぇ、バカ野郎。こちとら、ただ今っ、夕日に向かって青春中なんだよ。情報料なら惜しまねーから、さっさと話しやがれ」
『はいはいっと。じゃあ話すけどさ、ついさっきね、君の可愛い後輩をイジメようとしていた女子グループが救急車で運ばれたよ。まだ情報が錯乱していて詳しくはわからないけれど、どうやら、体にひどい火傷と打ち身が出来ていたらしい。それと、校舎の中からすんごい爆音が聞こえたって話だから、何か爆発物でも使って襲われたって見方が一番有力かなっ? ああ、ついでに言うとね、その直後、君の可愛いもう一人の後輩がふらふらとした足取りで校門を出て行ったのを見かけたよ』
「・・・・・・猫子、てめぇ、どこまで見透かしているんだよ?」
『どこまでも、とでも答えておくよ』
「はっ、相変わらず喰えねぇ奴だな。まぁいい、情報はありがたく買わせて貰うぜ」
『あいあーい。情報料は後でしっかり払ってもらうよん。ちなみに、体で払うのも君限定でオッケーさ』
「安心しろ、しっかり現金払いしてやる」
俺は携帯の通話を切ると、並走している灯へ報告する。
「灯、最悪な知らせだ。明美の奴が第三段階目まで症状が悪化、能力を使用して数人を病院送りにしたっぽい」
「うわぁ、それは随分性急ですねー。本来なら、第三段階まで悪化するには最低、一週間はかかるとのレポートだったんですけど、やっぱり実験と実践は違いすぎるというわけですかー」
しかし、と逆接で言葉を繋ぎ、灯は目を細めながら言った。
「なかなか盛大に能力を使ってくれたみたいで、やっと私のレーダーも感知できましたよー」
「つまり、明美の居場所がわかるってことだな!?」
「よく分からないジャミングのせいで多少精度は落ちていますが、彼女、明美さんはどうやら能力を使用しながら移動しているみたいなので、確実に補足可能です」
居場所がわかるという事実が少なからず焦る心を安堵させるが、灯の言葉が、俺に違和感を覚させる。
「能力を使用しながら? おい、それってまさか」
「ウイルスを開発した研究所のデータでは、第二段階から第三段階、さらにその先にまで僅か一日で進むという可能性は限りなく低いとされていますが、不可能というわけではありませねー」
考えうる限り最悪の結末が脳裏をよぎり、思わず足を止めそうになったが、俺の意地がそれを許さない。
「くそがっ!」
悪態をつき、無理やり心を奮い立たせる。
奥歯を噛み締め、地面を強く蹴り出した。
「急ぐぞ、灯。さっさと明美の場所まで案内しやがれ」
「了解ですよー」
俺たちはさらに速度を速め、明美の下へと疾走する。
私、桐生明美は怪獣だった。
小さい頃、気に入らないことがあったり、怒ったりしたときは、近くにあったものを手当たり次第に周りに投げつけ、周りを全部破壊しつくすまで止まらなかった。
最初の動機がなんにしろ、後半からはほとんど『破壊する』という行為に取り憑かれて、まるで怪獣のように破壊をばら撒いていた記憶がある。
私がそんなのだったから、両親は育児を放棄し、田舎町に住んでいた母方の祖母に預けられることになった。
当然、小さい私は両親から離れたせいで、寂しく、そして悲しくて余計に暴れまわるようになった。
そんな私の『破壊』を、祖母は笑顔で制止し、武力で制圧した。
どうやら祖母は何かの武術を納めていた達人らしく、私の子供じみた暴力なんてあっさりと封殺してくれたのだ。
そして、暴力の爆発と武力による制圧を繰り返したことで、私はやっと自制するということを覚えた。
その頃が、私が唯一まともに私が学校に通えていた時期。
私という暴力が爆発したとしても、祖母が封殺してくれると安心できた、幸せだった日々。
けれども、そんな日々もやがて終わる。
祖母はある日、あっさりと他界した。
詳しい病名は覚えていないけれど、ほとんど末期の状態だったらしいということは覚えている。
そんなボロボロの状態で、祖母はなんでもないように私を抑え続けてくれていたのだ。
私は泣き喚き、手当たり次第に暴れまわった。
気付くと、周りには誰かが倒れていた。
それは、私が学校に通い始めて、初めて出来た友達だった。
そこからだった。
私は周りに誰も近寄らせないような生き方を選んだのは。
私みたいな怪獣に近寄ったら、皆を踏み潰してしまうから、誰も私に近寄らないように、言葉に棘を潜ませ、周囲に壁を作り、孤立した。
自分の中にある破壊衝動を押さえ込むために。
そうしたら、大分楽になった。
誰も傷付けなくていいと思ったら、心がとても軽やかになった。
始めからこうしておけばよかったんだ。
そうすれば、私も傷つかずに、誰も傷つかずに、幸せな日々を送れる。
全てが丸く収まったんだ。
だから、寂しいとか思うなよ、私。
爆心地。
今、俺が目の辺りにしている光景を一言で表すのなら、それ以外にしか答えが出ない。
町の外れ、山に近く、半径一キロほどの林がある場所。うっそうと木々が茂っていて、幼い子供が迷い込んだら命の危機を覚えるだろう。
その林が、随分と見晴らしが良くなっていた。
何か強力な爆弾によって焼き払われたように、周囲の木々はなぎ倒され、焼かれ、大地は円形に抉り取られている。
その惨状は、ほぼ林全体にまで及んでいた。
「あぁ――――」
それを作り出した張本人であろう、俺の後輩、桐生明美は、呆然と爆心地の中で立ち尽くしている。
明美の瞳は虚ろで、感情の色が見えない顔が、灰色の空を仰いでいた。
「陽平さん」
灯に声をかけられて、やっと俺自身も明美の姿に呆然としていたのだ気付いた。
「残念ですが、あれはもう手遅れです。完全に第四段階にまで病状が悪化しています。今の彼女はもはや、異能を撒き散らすだけの化け物になっています」
感情を感じさせぬ声で、機械的に灯が告げる。
「殺すしか、対処法がありません」
ふざけるな。
なんで俺が後輩を、友達を殺さなくちゃいけねーんだ。
そんなの、だたの高校生がすることじゃねーだろ。
「陽平さんもわかっているでしょう。貴方はこういうことに関しては、すばらしく勘が鋭いですから。その感が貴方に告げているはずだ、彼女はもう壊れていると」
うるせぇ、そんなこと、わかりたくもない。
そんなものを認めるわけにはいかない。
そう俺の心が叫ぶが、俺自身の根底にある物が紛れも無く明美を見抜き、叫んでいる。
『あの人間はもう壊れてしまっている』と。
色んな人間を『壊して』きた俺だからこそ、わかってしまう。
壊れてしまった人間がどういうものなのかを。
「幸い、今なら最小の被害で彼女を仕留められます。だから――――」
「黙れよ、悪魔」
灯の言葉を無理やり俺は遮る。
「前にも言ったじゃねーか、俺は誰も殺さないと」
俺の言葉に、灯は悪魔と呼ぶにふさわしく、冷徹な視線を向けてきた。
「理想論はもう結構です。貴方が言っていることは所詮、机上の空論に過ぎないのですよ。実行可能なものでなければ、現実では何も役に立たないのです。いくら貴方が私に向かって吠えようが、現実が変わるわけではないことぐらい、貴方にはわかっているでしょうが」
「いいや、わかんねーな。俺はまだ何もやっちゃいない。わかるか? まだ、何もやってねーんだよ! 何もしてねーのに、無理だって決めるけるんじゃねぇ!」
「やる前から分かる事もあります」
俺が吠え、灯が冷徹に否定する。
「暴走状態になった異能力者には、言葉はもはや通じません。その状態で、一体貴方はどうやって彼女を救うというのですか?」
「はっ、それも前回のデータって奴かよ」
このくそったれな引き起こした研究所が、前回残したデータ。
それは確かに、俺たちにとって重大な情報源だし、俺たちの行動を決定付けるに値するものかも知れないな。
だが、絶対じゃねぇ。
「忘れるなよ、灯。もう、この事態こそがデータに無いイレギュラーなんだ。だとしたら、まだやれることはあるだろうが」
少なくとも、友達を殺すだんて最低最悪の方法よりも、数段マシなものがよ。
「・・・・・・俺が引き戻してみせる」
「無理です」
「決め付けんな」
「決め付けたくもなります。というか、よしんば明美さんと会話が成立したとしても、陽平さんは確実に彼女から攻撃を受けますよ」
「ま、だろうな」
けれど、明美が俺を攻撃するということはつまり、明美が俺を見ているということでもあるんだ。
それで俺の存在を認識してくれるなら、むしろ好都合だぜ。
「陽平さん、あまり彼女の能力を舐めないでください。彼女、明美さんが発症した能力は『ベイビーボマー』。己の感情が爆発させることにより、それに比例した爆発を起こすことが出来る能力です。攻撃性と凶暴性だけを言うならば、恐らく、他の二つの異能力者よりも強力なものなんですよ。いくら陽平さんだとしても、彼女の能力を受ければ、命の保障はありません」
「バカ言うなよ。人間、生きてる限り命の保障なんてものはありゃしない。道端を歩いていたって死ぬときは死ぬんだ」
「貴方の場合は、自分から死にに行くようなものです」
灯の容赦ない言葉に、俺は思わず苦笑を漏らす。
まったく、普段はふわふわしているくせに、こういうときだけきついな。
「死なねーよ、灯。約束してもいい、俺は絶対に死ななねー。なぜならよ」
俺は不敵に微笑んで、灯に言ってやった。
「まだ借りた同人誌読んでねーんだよ」
灯はぱちくりと目を瞬かせ、やがて深い深いため息を吐く。
「陽平さん、もう止めません。けど、1つだけ聞かせてくれませんか?」
「なんだよ?」
「なんでそこまでして明美さんを助けようとするんですか? 友達だから? はっ、そんなのは偽善者が騙る奇麗事でしょう。実際、陽平さんと明美さんは親友と呼べるほど親しくありません。広く浅い人間関係だと、自分でも言っていたじゃないですか。そんな浅い友達のために、貴方は命を懸けるんですか?」
「愚問だぜ、灯」
俺は灯の問いを鼻で笑い、答える。
「可愛い後輩に約束しちまったからな、助けるってよ」
灯はしばらくどうしようもないものを見るような目で俺を見つめると、にっこりと微笑みながら言った。
「この偽善者め」
「その通りだが、何か?」
犬歯を剥き出しにして笑い返し、俺は明美に向かって一歩踏み出す。
さぁて、説教の時間だぜ、後輩。