第34話 「真の美しさ」
「カロリー…?!!」
パルムが口を開く。
今まで銀之助が口にしなかった言葉。
いや、勿論カフェで働く以上提供する商品などの説明にカロリーの表記があるのでそれを覚えたりはしている。なので概念自体は分かっているのだが戦闘時にまさかその単語が出てくるとは思いもしなかった。
「カロリーか…………ケケケッ…、確かにさっきから腹ぁ減ってるな。」
「そらそうや。さっきから魔力消費の激しい魔法ばっかり使っとるんや。腹も減る。所詮魔法なんざ身体能力の延長線。」
まだ銀之助は話を続ける。
「銀河政府は因果関係を否定しとるが魔法とカロリーは明確な関係性がある。とくに魔力が高い人間ほどコントロールが難しい上にカロリー消費が激しくなる。」
眉間に皺を寄せているがどこか笑顔のディブロス?腕を組みながら銀之助の話を聞いていた。
「お前なんかあるんか?」
「あ?なんかあるって…んだよ。」
「最初こそファンサでもしてんか思ってた。でもなんか違う…。人に見せてるのは見せてるけど、なんか…こう…………。」
「承認欲求か?」
「せや、まさにそんな感じや。」
「………………………………ケケケッ…。」
眉間の皺が消えた。
腕を組みこそはするが、どこか嬉しげな笑顔を浮かべる。しかし何か裏に持ってそうな面影も伺える。
「正直…人様によっちゃ、俺の思想は下らねぇもんよ。」
「話してくれよ。せっかく遥々遠い惑星から来てくれたんや。こんな縁めったないぜ。」
「随分と優しいんだなおい。そういやお前、カフェで相談事にも乗ってんだってな?素っ頓狂な事しやがる。」
「宇宙は広いんや。そんぐらい素っ頓狂な事あってもええやろ。」
ニシシと笑う銀之助。
ディブロスは少し間の抜けた顔になり静かに笑い出した。
「俺はな…認められねぇんだ。一族にも惑星に住む他の種族にもよ…。」
「認められへん…?」
ディブロスは語りだす。
そうだ…。
俺の種族は見ての通り鮫一族だ。
地球に棲んでる鮫は遠い親戚みたいなもんだ。
そんな事はどうでもいい。
俺の種族は水遁…水芸が得意の一族でな。
誰しもが美しい芸術のような魔法を披露する。
それが当然の世界だ。
しかしそれが時に残酷な現実にもなる。
俺は昔から今に至るまで酷評を受けてきた。
「技が荒い。」
「美しさがまるで無い。何を食ったらそんな下品な水芸が出来るんだ?」
「ガキ以下だな。」
「見るに堪えない。失せろ。」
まぁこんな具合でな。
あくまでもこれは水芸に関してだ。
人柄を否定された訳じゃねぇ。
でもよ…俺からしたら否定されてるも同然。
誰も俺の水芸なんか見向きもしねぇ。
どんだけ技を磨いても上には上がいる。
痛感すんだよ。所詮俺はこの程度か…ってな。
それに宇宙貿易が始まって以来、他の異星人の水芸も嫌ってほど見せつけられる。
堪ったもんじゃねぇよ。
水芸で人助けても褒めやしねぇ。
違う種族の雌鮫のガキが私掠船で好き勝手してるからそれを止めたとしても褒められねぇ。
しかもその後そのガキはまだ小さいからって理由で釈放。罵詈雑言を浴びたのは俺だった。
止めるんならもっと上品な水芸で止めろってよ。
ここまで聞いたらわかんだろ?
俺がこの大会に参加した理由…。
それはなぁ…………!!!!!!!!
「俺の水芸が一番だって事を宇宙に証明するためだッッッッ!!!他の参加してるスペース・ファイターと違って下らねぇ理由だろうがなッッッッ!!!大義名分なんかありゃしねぇただの私利私欲と承認欲求が入り混じったクソみたいな理由でもなッッッッ!!!」
はち切れんばかりに握られた拳。
少しだけポタポタと血が滴り落ちる。
銀之助は悩んだ。
確かにディブロスは悩んでいるのだろう。
苦しんでいるのだろう。
しかしだ。
(……………あ、あんまり違いわからんのやが…。普通に綺麗じゃね…………?)
ズコーッ!!!
水芸の綺麗さなんて正直同じように見える…。
どれもこれも一緒だくだらない…。と言うわけではない。
どれも他者から見れば美しいのだ。
美しさが違う、キレが違う、煌びやかさが違う。見る視点はされあれど、どれを取っても水芸なのだ。
銀之助はディブロスの攻撃…もとい水芸は荒々しさの中に美しさがあると思っていた。
価値観の違いだろう。
「………でもよ、ホンマに人生の中で1回も褒められた事ないんか?ホンマに好かれた事ないんか?」
「そらぁあるよ。でもな、俺からしたらただのおべんちゃらにしか聞こえねぇんだよ。その場しのぎのな。その証拠に俺の水芸を褒めたやつは気がつきゃ違うやつの水芸に見惚れていつしかこっちの事は蚊帳の外だ。信じられるかよ。」
銀之助は腕を組み悩んだ。
芸術に間違いはあれど、正解は無い。
種族間のせいで認知が歪みディブロスは傷ついているのだろう。
なれば言う事はひとつだけ。
「俺は………俺は…好きやぜ。お前の水芸。」
「あ?」
「荒々しさの中にどこか儚げな美しさがある…。正直、技を受けてる俺も見惚れてまう瞬間はあった。」
「……………………。」
「信じられへんか。それとも、地球人如きに褒められても嬉しくないか?」
「褒めて俺の油断誘ってる訳じゃ…なさそうだな。敵に塩送ってどうすんだ?何考えてんだお前。」
「なんや感想言うてもあかんのか?綺麗なもんに綺麗言うて何が悪いんじゃ。」
少しいじわるな笑みを浮かべる銀之助。
ただ語り合うだけでなく、今のうちに傷を修復する良いタイミングでもある。
ディブロスは真顔でこちらを見るだけ。
「…………まぁ信じられねぇわな。」
「ほなよ…俺がお前に勝ったら…認めるけ?」
ディブロスは思った。
なんなんだこの目の前の対戦相手は。
何故こうも俺の水芸を肯定的に捉える。
褒めるのか…と。
良いものには良いという。
確かにそれが普通ではあるが何か腑に落ちない。
今まで受けてきた感想のせいでもあるだろう。
しかしそれだけではない。何故か目の前の地球人は温かさがあり、安心してしまう。
この不思議な力は一体なんなのか。
それを確かめるには…もうこれしかあるまい。
「そうだな。俺に勝ったら…本当に言ってんだろうな。」
腕を構えるディブロス。
「決着…つけるか。」
ファイティングポーズを取る銀之助。
「1つだけ。俺はさっきの会話で魔力が少し回復した。カロリー的に考えてもあと一発撃つのが精一杯だ。」
「ほぉ、またタダで水芸見せてくれるんか。サービスしすぎちゃうか?」
「こんな縁めったにないって言ったのお前だろうよ。そらサービスもするさ…。」
互いにいい笑顔である。
そしてその刹那、両者はリングを蹴り飛ばし中央向かい走り出した。
シンプルな近接格闘である!!!
ドオオオォン!!!
まるで周り一帯の空気が吹き飛んだかのような右足からなる上段回し蹴りのぶつかり合い。
脚に魔力を込めて放った銀之助であるが、やはりというか体格差で少しふらつく。
ディブロスはそこに爆弾のような右フックをかけるも銀之助は両手をリングに合わし蹴りを炸裂させた。所謂バク転蹴り。
皮膚が少し裂け血が迸る。
ディブロスは負けじと両腕でラッシュ。
パンチの雨あられ。常人では太刀打ちできないその手数に銀之助は追い込まれる。
しかしながら腐っても退役軍人。
パンチを回避したり流したりで相手の動きの癖を量っていた。
ディブロスの右回し蹴りが飛ぶ。
(今やッッッッ!!!)
銀之助は左腕を体ごと一気にディブロスの右足に接近させ、その足をレールの如く利用し滑らせる。
こうなれば回し蹴りは死んだも同様。
一気に近づかれたディブロスはみぞおちに膝蹴りを貰った。
「ゲグエッッッッ!!!」
しかしまだ終わらない。
そのまま銀之助は右膝から浸透勁の発勁を放つ。
二段構えのゴリ押し戦法。
空気が口から飛び出し呼吸が止まる。
追い打ちをかけようとした銀之助だが、胸に強烈な痛みを覚えた。
「いっっっっっっっでええええぇぇぇぇぇッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!」
ディブロスの肘から生えていた日本刀のような刀が腕に移動したのだ。
それに少し水を纏っている。
「水刀。」
次第に銀之助は体中を切り刻まれていく。
拳や膝で水刀を壊そうにも水なので弾け飛ぶだけ。
まるで無限に再生する細胞のように。
「おまっっっ!!!わ、技てこれのことか!!!」
「違ぇよ。この技はほとんど魔力使わねぇからよ!!!奥の手はもっと後で出すから奥の手って言うんだぜ!!!」
ディブロスは両腕で銀之助の抱え、両足の裏から水遁と風遁の合わせ技で放ち空高く飛び上がった。
このままホールドして下に叩きつけるつもりだろう。
「心配すんなや銀之助ッッッ!!!テメェがくたばっても俺の水芸を認めた地球人って記憶の片隅にとどめてやっからよぉ!!!」
がっちりと銀之助をホールド。
そしてそのままリングに真っ逆さま。
銀之助の頭部は下を向いている。
このままでは当然KO負けは免れない。
「ドロップスクアーロッッッッッッッッッ!!!」
(や、やべぇ!!!なんちゅう力で掴んどんねん…!!!いや待て…!!!そろそろのはずや…!!!)
「くたばれや地球人ッッッ!!!」
物凄い速度で落下する2人。
隕石のようなドロップ技がもう少しで炸裂するそのタイミング。
若干ではあるがディブロスの左腕のロックに甘さが出た。
ディブロスは勝ちに集中しているからか、気づいていない。
銀之助は一気に脱力から力を込め左足を引っこ抜いた。
「なッッッ!!??!無理やり解きやがったのか!!!」
「ちゃうわい!!!お前にくれてやった膝蹴りの発勁!!!アレのダメージが遅れて腕に来たんじゃ!!!」
「ケッ!!!だからどうした!!!まだこっちはホールド…」
言いかけた言葉を外に、銀之助は渾身の頭突きをお見舞い。
解いた足で攻撃するものと思っていたディブロスは油断しよろめいた。
それを逃さず銀之助はロックされている片足なども自由にし、目の前まで迫っているリングの狭間で土壇場の技にかけた。
そう、エルボードロップである。
それをディブロスの喉元に当て、そのまま叩きつけた。
ドッッッッゴオオオオォォォォッッッッッッ!!!
砂煙が舞うも一瞬。
一気に吹き飛んだ砂煙の中に、エルボードロップを決めた銀之助と横たわるディブロス。
「ゲベハッッッ」
吐血したディブロスは腕を動かしたが、そのまま力尽きリングへと垂れた。
カンカンカンカンカンカンカン!!!!!!!!
20分53秒。
銀之助の勝利である。
ウオオオオオオォォォォッッッッッッッッ!!!
観客も勿論の事大盛りあがり。
空中決戦の後、逆転劇を決めたのだ。
膝に手を当て脂汗と血を流し息切れを起こす銀之助。
「ハァ…ハァ…な、なんとか勝てた………。なぁ、大丈夫かディブロ………」
名前を最後まで呼ぼうとしたとき、ディブロスがガバッッッ!と上体を起こし銀之助の腕を掴んだ。
試合は既に着いている。
観客やパルムたちが口を開き、ディブロスの悪あがきに驚愕。
銀之助もこんな事をするとは思わなかったものなので何も出来ずに腕を引っ張られるだけ。
「おまっっっ!!!な、なにすんねんッッッッ!!!」
直後、ディブロスは口から水の塊を発射。
しかし、放たれたのは銀之助に向かってではなく空であった。
銀之助はディブロスの顔を見ると真剣な表情で空を見ていた。まるで最後まで見届けてくれと言わんばかりに。
観客やパルムたちも上を見上げ水の塊の行く末を見守る。
モゴモゴと蠢く水が収縮、そして一気に拡散。
キラキラと迸るまるで水の花火。
所々が虹色に輝き、勝者への手向けにも思える。
まさに芸術そのものであった。
青ざめていた客も顔色を変え手を叩き喜んだ。
「ケケケッ………悪いな…こんなもんしか出来ねぇわ………。勝てよ…銀之助。」
「……………………サンキューなディブロス。やっぱり、綺麗やぜ。お前の水芸。」
「……………ケッ……、ホントかよ…。」
そう呟くディブロスの表情はどこか落ち着いた満足げであった。




