夭折供養バスツアー
【夭折】…幼くして亡くなる事
「おい。堂長。明日の夕方から2日間の取材行ってきてくれ。」
俺は地方新聞社に勤める若手の記者だ。新聞ではなく雑誌の方に載せるオカルト特集用の取材記事が必要なのだそうだ。そこで口コミだけですぐに埋まってしまうと噂の
『夭折供養バスツアー』
に参加することになった。公式HPや広告などは無く、開催も不定期。ただし口コミだけは存在するという不思議なバスツアーだ。たまたま上司が調べ始めたタイミングで募集があり残り1となっていたので、急ぎ申し込めたのだと言う。
俺を除くと、平均年齢が大きく上がる部署。フットワークの軽い俺に大して重要ではない役割が与えられる。
「まぁかかる費用は全額会社で持つし、旅行に行くぐらいの気持ちで体験を記事にしてきてくれ。」
そんな事を言われても俺はまだ独身。当然子供なんていないので、子の供養のための参加者と何を話して良いか分からない。ただ1人で記事を書くような仕事を任されたのも初めてであったので、それなりにやる気にはなっていた。
翌日の夕方の17:15。駅前に行くとバスが止まっている。バスは中型のもので、中に乗り込むとまだ集合15分前ではあったがすでに人が多く乗っている。2列の席が左右に5つずつなので20人程が座れる大きさだ。
しかし、2列の内の通路側にしか人が座っていない。窓側が空いている。通り過ぎる際にちらっと見てみると、毛布や飲み物、お菓子が窓側の席に置いてあり、そこにさも誰かがいるかのようであった。
俺が奥の左側。指定された席に座る。これで10人か。
すると添乗員が
「皆様。この度は夭折供養バスツアーにご参加ありがとうございます。お客様20名様が揃いましたので、お時間少し早いですが出発させていただきます。」
人数が合っていない事は分かるが、亡くなった子も一緒に連れて行くという体で台本があるのだろうなぁと理解する。細かい部分も徹底しているなぁと感心していた。俺に子供はいたこと無いんだけど…。
走り出してから間もなく外は暗くなってくる。まだ日が沈むには少し早いが、天候が悪くなり雨が降り出しているからだろう。バスの車内の明かりも、夜行バスのように何故か消灯され暗い。ツアーの参加者も添乗員も何も話さない。俺はなんて陰気臭いツアー何だろう…と感じていた。
ツアーに参加した客は座席の半分の10人しかいないはずである。しかし外から街灯の灯りや町の灯りが入ってくるが、バス内に差すその影が多く感じる。時間帯のせい?バスの消灯のせい?雨のせい?雰囲気のせい?気のせい?それとも…霊のせい?バス内の息遣いをはじめ、大勢の人を感じる不思議な感覚があった。
バスはどんどん寂れた田舎の方へ向かい、20:00過ぎに古びたお寺に到着した。街灯も何もなく、お寺の灯りも酷く暗い。バスのヘッドライトに浮かび上がっている。指示は無くとも他の参加者達は慣れたように、バスを降りお寺の前に集まる。俺もそれに倣い一緒に並ぶ。
「目的地のお寺に到着しました。ここは亡くなった子供の供養するためだけに建てられたお寺です。江戸末期に子を無くした人達により建立されました。ここから皆様には一度本堂にて住職の挨拶を聞き、21:00から食事。しばらく休憩時間を設けまして、23:00から子供の供養の時間として2時間。深夜1時までを予定しております。」
うわぁ…。酷いスケジュールだなぁ。お風呂も無さそうだし、バスの中で誰もしゃべってなかったのは実は寝てたからか?しまったなぁ。
食事は少し広めの場所で皆でとる。もっとお寺の本堂のような大きな空間や、宴会場のような場所かと勝手に想像していたのだが、一般家庭と比べても天井が低く、圧迫感がある。この部屋に限ったことではないが照明が暗い。食事の途中も参加者は誰も話さない。外食の多い俺としては食事の味は非常に薄く、物足りない。ただしこんな空気の中で美味しい料理を食べても楽しめないと思うので、これからの事を考えて少し無理をして完食しておく。食事を終えると、そのままその部屋で23時前まで待機だそうだ。部屋に籠る陰気な空気に耐えられなくなり、手帳を取り出しここまでの行程や、感じたことをメモしておく。
すると横から参加者の一人が、
「もし…」
と話しかけてきた。
「ヒッ…」
俺は心臓が飛び出す程驚いたが叫ぶことはぎりぎり堪えられた。とっさに手帳を鞄の中に突っ込んだ。立場を偽って参加しているのだ。中身を見られて、取材のためであるとバレればきっと気分を害すことになるだろう。
40歳程に見える男性参加者が話しかけてきた。
「息子さんですか…?娘さんですか…?」
「あぁ、えっと。息子です。」
「何歳でしたか?」
「はい。ご、五歳でした。」
「そうですか。そうですか。可愛い盛りですね。」
それだけ言い、スーッっと元いた部屋の隅に戻っていく。俺は口から出まかせを言った。
ところで、何故俺にだけ話しかけてきたのだろう。先ほどの男性は他の参加者の元には行っていない。俺が話しかけやすい雰囲気を出していたのだろうか。他の参加者はうつむき視線すら一度も上にあげていない。…もしかして毎回参加者が同じで俺だけが新参者なのだろうか?上司いわく、口コミの数は結構あったという話なのでそんな事も無いと思うが…
スーッと襖が空き住職が入ってくる。
「皆さま。そろそろお時間となります。本堂の方へお越しくださいませ。」
これまで陰気に俯いていた参加者達はすっくと立ちあがり、無言で一斉に部屋を出ていく。俺もそれを追い、いよいよか…と気合を入れておく。
本堂は一度通った時に見たのだが、異次元空間になっていた。明かりは全て蝋燭になっており、先ほどには無かった祭壇のようなものが存在している。5段の階段を上がったところに大きな盃のようなものが置いてある。少し離れたところに10の座布団が置かれており、そこに座るように案内を受ける。俺が本堂に足を踏み入れた時にはすでに9人は座布団に座っていた。俺は1つ空いている座布団のところへ移動して腰を下ろした。
住職はそれを確認すると話す。
「それではこれから供養に入ります。」
無表情でそう言い、今度は体を祭壇の方へ回転させて背中を見せ、お経を唱え始める。特別なお経ではなさそうだ。お経そのものを憶えていたり詳しい訳ではないが、リズムや音に聞きおぼえがある。
15分程、お経を聞く中で俺は少し拍子抜けした。結局、こういうのが高評価を得られるものなんだろう。ツアーなんて名前が付いてる事からちょっと真剣みが無いっていうか…。
ボーっと考えていると、お経が止む。住職が体を回転させてこちらへ向ける。
「それでは供養と結界の構築が終わり、霊を呼ぶ環境を整えておきました。これから75分間。私達は彼岸にいるに等しい状況です。気を強くお持ちください。では私はこれで。」
そう言って住職は立ち上がり、本堂隅の小部屋に入り、ガチャリと鍵を掛けた音がした。
その音が合図となったのか、最も奥の座布団に座っていた年は60頃の男性が祭壇の方へ歩いていく。階段を上がったところで座り、盃を覗き込むようにしている。座布団の位置からは何をしているのかは分からないが、間もなくその老人が盃に向かってぶつぶつと何かを話し出す。
すると、その老人の声とは別の子供の声が聞こえる。
え???スマホか何かで通話している?しかし、そのような操作をしていたようには見えない。祭壇で老人と子供が会話をしているようにしか見えない。5分程したところで老人は
「じゃあの…また来年な。」
と言い、ニコニコと笑いながら階段を降り、座布団に座った。
シーン…
1分と少しの静寂の後に、奥から2人目の人物がすっと立ち上がり、おもむろに階段を上がり、そこに座り盃を覗き込む。
「久しぶり…」
答えるように子供の声が聴こえて来る。やはり、その人物も子供と会話をしているように見える。もしかすると亡くなった子と会話をすることができるのだろうか?住職が言ったことは何も分からなかったのだが、パズルのピースとしては繋ぐことはできる。お盆のように、霊が出やすい状況を意図的に生み出し、そこにツアー客を呼び込んでいるのだろう。
3人目、4人目、5人目…
知らない人の声と知らない子供の声が続いていく中で、俺は恐怖する。これはいい加減な気持ちで参加をして良いものでは無かった。最後、俺の番になった時にはどうなってしまうのだろう。作法もマナーも分からないし、そもそも子をもうけたこともない。
6人目、7人目、8人目…
作法や手順を心得ていない人は一人もいない。全員が待ちわびていたかのように、盃まで移動して、それを覗き込み、会話を始めている。どのような話をしているかは明確には聞こえない。しかし参加者は皆、嬉しそうにしている。
9人目…
次が俺の番だ。しかし腹を決めるしかない。去年、お葬式に初めて参加した際にも特に誰から教わったでは無いが焼香の動きを真似てやり過ごしたではないか。これまでの参加者と同じように振る舞い、盃を覗き込み、何か話をしている振りをすれば良いはずだ。
9人目が祭壇から降り、座布団に腰を降ろす。
シーン…
この間の時間だけ無音が続く。
非常に時間が長く感じるがおそらく現在12時30分程であろう。これまでと同様に1分少しの時間を空けて、俺は立ち上がり、5段の階段を上がる。そこにも座布団が置かれており腰を降ろす。
上がってから分かったのだが、盃は水で満たされていた。力士が飲むような大きな盃。直径80cm程はあるだろうか。さて覗き込んでみて…
「タスケテ!」「お兄ちゃん!」「わぁぁぁん!」「助けてぇ!」「早く!早く!」「お願い!」「助けて!」「連れだして!」「僕も!」
盃の中に子供の顔が無数に浮かび、それぞれが一斉に必死な形相で助けを求めて来る。
「うわぁぁぁ!!」
俺は咄嗟にのけぞり、手を後ろに着いた。その反応を見るや否や後ろの9人がすぐに
「何じゃ貴様ぁぁぁ!!!!」
「お前何しに来たぁ!!」
「どこの回しもんじゃ!!」
怒鳴りながら、こちらに走ってきて、階段から引きづり降ろされて、がっちりと羽交い絞めにされた。年配、割と若い男性、老婆、中年の女性、全員が凄い力でぐいぐいと抑え込んでくる。
俺は訳が分からない。ただただ恐怖を感じた。
「え??痛い痛い!何?何??」
俺は何をミスしてこのような事になっているのかが分からなかった。むしろ驚かされたのはこちらの方だ。何故子供たちの顔が盃に…
そのドタンバタンという音を聞きつけてか、住職が本堂隅の小部屋から鍵を開けて入ってくる。
「1人参加者が足りないと思っていましたがやはりあなたでしたか。」
「そうじゃ!こいつ最初からおかしい思っとったんじゃ!」
「私の可愛い子を連れて行くつもりなのよ!絶対に許さないんだから!」
住職の発言にかぶせるように参加者が叫ぶ。住職は他の参加者を落ち着かせてから落ち着いた口調で話す。
「あなたはこのツアーの事を知らずに申し込まれたのですね。」
すると住職は目を瞑り、何かをぶつぶつと言い出す。
「なるほど。そうでしたか。あなたは会社の上司に騙されたのですね。くっくっくっ。このツアーに供養という大義はあります。しかし、あなたは見ましたよね?亡き子供に遭うことができます。ただし、それにはある条件があるのです。分かりますか?」
俺は抑え込まれながらなので痛みで思考が働かない。分からないと答える。
「子供が成仏できずに、現世に留まっているということですよ。言い方を変えると、現世に拘束しているとも言えます。他の参加者9人は全員がDVで我が子をうっかり殺してしまった人達です。愛が無い訳ではないですよ。愛があったからこそ酷い折檻をしていたのです。そういう意味では皆さま参加者達も現世にとらわれている亡者と言えるのでしょうか。参加者の皆さん、彼を放してあげて下さい。私が悪いようにはしません。」
そういうと少し時間をおいて渋々ではあるが、俺は拘束を解かれる。
「あなたは何も知らないと言うでしょうが、それは罪です。子供達に無慈悲な期待を抱かせました。あなたの体を見てみて下さい」
俺はそう言われて体を確認する、、
半透明な手が無数に、俺の服の裾や腕、足を握っている。その腕には青紫の痣。
こちらを見上げる顔がぼこぼこに腫れた子供の顔も見える。
「わしらの子供の一人を連れて行くつもりじゃろ!!」
「許さん!」
「絶対に渡さないんだから!」
「あなたには子供がいません。だからあなたが9人の内の一人を連れて帰る事ができると子供が期待しているのです。しかしそれを許す訳にはいきません。子を亡くした9人とその子供は一生離してはいけないのですから。」
朝5時
外が白み始める頃にバスツアーはお寺を出発し、都会の駅へ向けてバスを出発させる。そこには9人の参加者が窓際に座っており、朝日を浴びて皆の顔は憑き物が落ちたかのように晴れやかである。このツアーで最も利益を得るのはいつも住職なのであった。